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木の実がつないだ寝物語 2

先ほどのリスに未練を感じながらも、わたしは奥のほうに足を進めていった。


途中でちょうどよさげな木陰を見つけたので、そこで持ってきたお昼を食べた。ライ麦パンのサンドイッチだ。中には卵に鶏肉のソテー、レタスにトマトを挟んでいる。ただし一つしかおなかに入らなかった。父の土産の果物で喉を潤した後は、食べきれなかったものをゆっくりとバスケットにしまい、再び奥に分け入った。来た方向も気にせずに、ただただ進んだ。




出発してから何時間たったのだろうか、はっきりした方角は不明だが、家からかなり離れたところまで来ている気がする。

こんなに庭は広かったのだろうか?周りの景色はもう森といってもおかしくないほどの威圧感である。


しかし、進むたびに初めて見る草花があるので、帰る気にはならなかった。

まあ帰る道が既に分からなくもあったのだが。

そのうちそちらに夢中になって、足もとばかり見ながら歩くようになっていた。しまいには地面にしゃがみ込んで、目に入った花に触れ手触りを確かめたり、顔を近づけて、香りを楽しながら好き勝手に動き回っていた。


そのとき、目の前のこんもりとした茂みの奥に何か動くものを見つけた。

それまでの高揚した気持ちのまま、向こうに顔を突っ込んでみた。


私が顔をのぞかせた先には、腹ばいになって前足で木の実をもてあそぶ大きな黒い犬がいた。




その木の実に見覚えがある気がしたのでもっとよく見えないかと思わずかがもうとした時、顔の近くの枝がはでに折れてしまった。

それに気付いたのか、件の犬はかたまってこちらを見つめている。


私が今までこんなに近くで見た犬は、ティムさんのお店の番犬の3匹のドーベルマンくらいなものだが、彼らはつねに4本の足で地面を踏みしめ、いつでも飛びかかる準備は万全だとでも言うように、近づく人間を凛々しく見やっていたものだ。


だから、彼らよりもひとまわりもふたまわりも大きな体をもちながらも、べたりと体を横たえ、おもちゃでじゃれるような姿でいたこの犬につい目を丸くしてしまった。


決して、その犬に呆れたとかそんなことはないのだ。

それはもちろん、犬だからといって、体が大きくて立派だからといってそんなことをしてはいけないなんて決まりはどこにもないのだからね!

私は急いで驚いた表情を取り繕って、茂みから顔をひきぬくと、回り込んでその犬をもっと間近で見ようとした。


近くで見たその犬はサラサラの長毛にピンとたった耳、いまは元気がないがさっきまでは左右にゆらゆら揺れていた立派な尻尾を持っていた。瞳の色は先ほどの記憶ではこげ茶だったと思う。

今は私から顔をそむけてしまっているが、目はちらちらとこちらを窺うようにしているところは、おおきん体には違和感があるがかわいいと思ってしまった。


その前足には変わらず木の実が握られている。

やはりそれは父が土産にと置いて行ったあの木の実である。

図鑑で調べたところ、あれは父の旅先でしか取れない珍しものとのことなので、この森に自生していたわけではないだろう。

ではあれは昼食のまえに、リスに食べてもらえるようにと置いておいて3つのうちのひとつであろうか?



あのリスの口には合わなかったのかな?

それとも気づかないでそのままあったものを、この子が手に入れたのだろうか?

なかなか話そうとしないところをみると、好みだったんだろうか?


「その木の実が気に入ったのでしょうか?もしよければ今他にもあるからさしあげます。」

私はこの時、この大きな犬があのリスを殺してしまったのだとか、傷つけて無理やり奪ったのだとかは不思議と全く考えなかった。ましてや、目の前の自分に何らかの危険となるなんてことも想像になかった。

わたしはバスケットを下すと、残っていた木の実をいくつか取り出して犬の前にそっと置いてみた。



その犬は私の行動に反応したのか、近くにあったわき水のほうにそらしていた顔を勢いよく私のほうにむけた。

そして地面の上の木の実と私の顔を交互に見る。心なしか瞳の輝きが増しているようだ。


うむ、わたしには動物の表情を見分ける力はないはずだが、喜んでるのだろうな。

尻尾も大きく動いているしな。



「少し硬い実だけれどあなたの丈夫そうな歯なら平気でしょう。さっきは途中であったかわいいリスにも差し入れようとしたのだけど、振られてしまったんです。

いやじゃなければもらってください。私の家にはまだまだたくさんありますから。私一人ではは食べきれる自信がないから、悪くしてしまうんじゃないかと心配してたところなんです。」

ついつい真面目に話しかけてしまったけれど、その子は私が話し終えた後、木の実をもらってくれた。


言葉が通じたようでうれしくなって、いい気分のまま広げたままのバスケットを片付けようと体を伏せた私の耳に、低くてよく響く声が聞こえてきた。



「ああ、確かにこの木の実は歯ごたえがあるが、それもたまらない。

この魔の森の中にある食べ物も美味だとおもっていたが、それ以上だ。

それに先ほどは言葉も返さず失礼なことをした。リスの姿は他の動物がおびえないから重宝しているのだが、まさか魔の森に人の子がいるとは思わなくてな。」







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