木の実がつないだ寝物語 1
一人には慣れていた。
もちろん自分はまだ成人していないので、完全な独り暮らしとかいうわけじゃない。
いつも飛びまわっているけどしょっちゅう旅先から長い手紙を書いて送ってくる父さんがいるし、その父さんは数カ月に一度は帰ってくる。このまえは研究先でもらったという謎の木の実や果物を大量に置いて行った。
それに、かなり昔に建てられたという我が家は、がたついてはいるがかなりの広さがあり、その書庫には大量の書物がある。わたしは外で友人と遊びまわるよりも、自宅で古びた本をめくるのが好きだったくらいなので、一人のときに時間をつぶす手段に困ったことはない。
けれどその弊害か、あまり口がうまくない、かわいげがないといわれてしまうが、とくにそれで具体的に困ったこともなかったから放っておいた。
しかし隣町には、死んだ母さんの妹で、大きな商家に嫁いだシェリーさんと、その旦那さんのティムさんと10歳になるいとこのフィーもいるのだ。シェリーさんたちは彼女の実家でもあるこの家にたびたび遊びに来てくれて、手作りの料理を置いて行ってくれている。たまにはわたしが向こうのうちで食事をごちそうになることもある。
でもそれ以外はたいてい自分のことは自分でこなしているのだ。ある時期から父さんが忙しくなって、一人で家にいるようになって、はじめは何をすればよいかわからなかったのが今ではうそのようだ。わたしが街で評判のしっかりした子になるのは必然だろう。
今では自宅に一人でいるのをなんとも思わなくなった。
あまり家の中に他人に入ってほしくはないから、掃除とか料理とかの家事はできるだけ自分でするようにしている。8歳になる前から3年間続けたいまではなかなかの腕前だと自分では思っている。
しかし、広すぎる庭の世話までは一人ではなかなか手が回らず、街の植木屋さんに頼もうかと最近おもいはじめた。
なぜかすごく雑然とした庭なのだ。木肌がすべすべした奇麗な立木がたくさんあったかと思えば、私の腰くらいの高さで切られた太い切り株があったりする。ほかにもほぼ枯れ果てた花壇があったり、草ぼうぼうの一画からは放置された大きめの机と何脚かの椅子を発見したりもした。
「自分で何とかするとしても、よその人に頼むにしても、ますは全体の状況を把握することが先決ですね。」
今日は時間もあったから、一日中それに時間を費やしたって構わないだろう。何か新しい発見があるかもしれない。
そう思って、わたしは今まであまり踏み入れたことのない奥のほうにまで意気ごんで入って行ったのだ。
歩いて行くうちに、周りにだんだんとあまり見慣れない木や花が増えていることに気付いた。
自分はよく図鑑も見ているし、近所の山に出かけてもいるから、このあたりの植物は知った気になっていたが、自惚れだったようだ。
家に帰ったら早速名前を確かめねば。
いくつか花をもってかえろうだろうか。
ああだけれど近頃家の中の植物度が大きいからな。
ついつい増えちゃうんだよな。
でもこの花なんかすごく珍しそうだしなあ…
いろいろと考え事をしながら歩いていたところ、目の前にふわふわしたものが飛び出てきた。
これは見たことがある。シマリスだろう。茶色のアーモンドのような瞳と目が合ってしまった。
相手も、自分が飛び出た先に人がいるとは考えなかったのだろう。
着地した姿勢のまま固まっている。
私には小動物の表情を読む技術は残念ながら備わっていないはずだが、心なしかそのリスは驚いたように見えた。
「おや、まさか本当に庭の奥で何か発見できるとは思いませんでした。うん、大きな尻尾がなかなか愛らしいですね。あなたを持ち帰りしてはいけないでしょうか。
家にはたくさんの木の実があるんです、きっとあなたの口にも合うと思うのですが。」
しかしその思いとは裏腹に、そのリスは私から視線をそらさぬまま、じりじりと後退し始めた。
なかなか器用らしい。
体と同じくらいの大きさの尻尾は、その動きに合わせてふさふさと揺れている。
おそらく私を警戒しているのだろう。
いきなり現れた人間に警戒心を持つのはいいことだ。
下手に信用してはどんな目に逢うかわからないからな。
もしこの子が人の子だったら、その可愛さに目をつけられて危ない目にあうかもしれない。
む?もし人の子ならさっきの私の発言もなかなか危ないな。
また余計なことをつらつら考えているうちに、リスは姿を消してしまっていた。
残念には思ったが、私はおやつにともってきていた木の実を消えたあたりにおいて、また奥のほうに進み始めた。
騒がせた詫びのつもりだったが、あの子は気付いてくれるだろうか。