向こうから絡んでくるので徹底的に潰します。横領罪なんてどうですか?
私の名前はシャルナ。前世の記憶を持つ侯爵家の令嬢。ここは前世でプレイした乙女ゲームの世界。
ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢のポジション……になるはずだったが、転生した自分が設定上悪役であろうと未来の悲劇は回避すると決めていた。当たり前だろう。破滅したいなんて思ってないし。
婚約者であるバパーニ・ヴァタニアス侯爵令息。ゲームのメインヒーローの一人であり自分の婚約者だ。しかし、転生から数年が経った今、ゲームのシナリオ通りバパーニは学園で転生ヒロインであるクリエマ・グレイ男爵令嬢に夢中になっている。
(バパーニは婚約している身。にもかかわらず公衆の面前でクリエマに愛を囁き、私を侮辱するような態度を取り始めている。あり得ない)
前世の記憶を持つからこそ知っている。このままではバパーニの裏切りに気づかず、ヒロインの邪魔をしたと濡れ衣を着せられ最終的に家を没落させられる未来が待っていることを。
「絶対にそんな結末は受け入れない」
淑女の笑顔の裏で冷徹な計画を立て始めた。目的はただ一つ。バパーニを二度と立ち上がれないほど完璧な証拠で追い詰め、婚約破棄とそれに伴う慰謝料。彼自身の破滅を勝ち取ること。
シャルナは動き出す。貴族社会の冷酷な現実を知っていたため、感情に流されることなく行動を法廷で通用する証拠に変えることに集中した。
信頼できる中年の元騎士団員をシャルナ個人の秘書兼護衛として雇用。情報収集と証拠の保全に長けているから。
バパーニがクリエマに送った、婚約者であるシャルナへの誹謗中傷と愛の誓いを綴った手紙の写しを入手。筆跡鑑定士に鑑定を依頼し、偽造の余地がないことを確認させた。
学園の校舎裏、図書室の隅、市街地の目立たないカフェでの二人の密会を証拠能力の高い魔導写真機(写真の魔術版)で記録。特にバパーニがクリエマに高価な宝石を贈る瞬間や、人前での不適切な接触の瞬間を完璧に捉えた。
バパーニが婚約者との将来のために用意していたエーティリハチト家からの結納金の一部を、クリエマの学費やドレス代、高価なプレゼントに流用している証拠を会計記録から探し出す。
これは横領に等しい。
「全てが揃った。不貞、侮辱、横領……罪は一つではない」
学園の卒業パーティーの日を舞台と定めた。この日はバパーニが公にクリエマを伴侶として紹介し、シャルナを邪魔者として断罪する予定のゲームのクライマックスだ。
眩いばかりの光が溢れる卒業パーティー会場。貴族社会の重鎮たちが集う中でバパーニは壇上に立ち、指さして言い募る。悪意ありきの行動だな。
「皆様、私は本日をもって、シャルナ嬢との婚約を破棄いたします!彼女は傲慢で真に愛するクリエマを苛めてきました!真実の愛を選びます!」
周囲がざわめく。ゲームのシナリオ通りの展開。しかし、シャルナは微動だにしなかった。深紅のドレスを翻し、壇上に優雅に上がりバパーニの前に立つ。
「まあ、バパーニ様。お気の毒に」
シャルナは同情と軽蔑を混ぜたような、優雅で冷たい笑顔を浮かべた。
「皆様、どうか聞いていただけますか。この婚約破棄、私から申し立てるつもりでございました」
シャルナは秘書が用意した分厚い書類の束を、壇上のテーブルにドンと置く。
「バパーニ様。あなたは私の婚約者として、契約上の義務を負っていらっしゃいます。しかし、あなたはそれを破られた。それどころか私の家門の名誉を公衆の面前で貶めようとした」
シャルナは書類のトップにある、バパーニとクリエマの密会写真の数々を、会場に見えるように広げさせる。
「一つ、不貞の罪。これはあなたがこの場で糾弾しようとしたいじめの時期よりもずっと以前から、執拗に繰り返されていた。これらの魔導写真機による記録は日付と場所が特定されており、反論の余地はありません」
会場がどよめいた。バパーニの顔から血の気が引く。
「二つ、婚約者に対する名誉毀損。私の家門を侮辱する手紙の写しと、筆跡鑑定の結果。あなたが私を断罪しようとしたまさに今、あなたが犯した罪とも結びつく」
「そして三つ、横領罪。エーティリハチト家からの結納金として預けられていた資金を私ではなく、クリエマ嬢の私的な支出に流用した記録。あなたの家の会計士による署名入りの報告書です」
シャルナは一呼吸置いた。その場にいる全員が息を飲んでいる。
「よって、私は貴殿との婚約を貴殿の不貞、名誉毀損、横領を理由として破棄いたします」
バパーニをまっすぐに見つめ、冷徹に言い放った。
「これらの証拠に基づき、貴殿の家門と私個人への慰謝料、並びに横領された資金の返還を要求します。総額、金貨五十万枚。また、貴殿のこれらの行為は貴族の義務を大きく逸脱しており、この国の貴族院への告発も準備済みです」
バパーニは震え上がり口を開いた。
「へ、そ、そんな……シャルナ、待ってくれ!僕は……!」
「もう遅い」
シャルナは感情を完全に排除した声で引導を渡した。
「あなたが私をこの場所で断罪しようと決めた瞬間から運命は決まっていたの。愚かなバパーニ様。あなたが失ったものは私の愛ではないわ。あなたの財産、地位、貴族としての未来、全てです」
クリエマは恐怖で顔を覆い、バパーニを置いて逃げ出す。バパーニはその場で膝から崩れ落ちた。
シャルナは会場のざわめきと、バパーニの絶望的な顔を背後にして、胸を張って会場を後にした。背中は令嬢のそれではなく、全てを手に入れた勝者のそれだ。完了。
後日、バパーニは貴族院から厳重な処分を受け、爵位の一部と多額の財産を失いエーティリハチト家への賠償に追われることになった。
クリエマは貴族社会から完全に孤立し、市井の人として暮らすことになったと聞く。
シャルナは自由を手に入れた。手に入れた賠償金と自身の家門の支援を受けて、慈善事業と貿易を始める。
(未来を自らの手で切り開くのは、なんて気持ちが良いの。ああ、癖になりそう)
青空を見上げて微笑んだ。もう、人生にゲームのシナリオはない。シャルナ・エーティリハチトという一人の独立した女性として新しい人生を歩み始めたのだ。
完璧な断罪から、半年後のことである。
バパーニはシャルナの要求通り、巨額の賠償金を支払うために所有していたほとんどの領地と財産を売却せざるを得なくなった。
父親である侯爵は息子の愚行が家門の存続を脅かしたことに激怒し、バパーニを事実上の勘当とする。
学園卒業後に入隊予定だった近衛騎士団の席も失い、残されたのはわずかな資産と貴族社会全体からの冷たい眼差しだけ。
「くそっ……シャルナめ!彼女さえいなければ…」
バパーニは狭く薄暗い、市街地の賃貸アパートの一室で酒を飲みながら悪態をついた。華やかな学園のヒーロー、侯爵家の次期当主だった男の面影はどこにもない。顔はやつれ服装はみすぼらしい。
頼ろうとした旧友たちはエーティリハチト家の報復を恐れて誰も彼に関わろうとしなかった。貴族社会において、完璧な証拠で婚約者にやり返された男というレッテルは、毒のようなもの。
何とか市街で肉体労働の職に就こうとしたが、生まれつきの傲慢さと貴族としてのプライドが邪魔をし、すぐに周囲と衝突。
仕事を転々とする羽目になった。転落を加速させたのが真実の愛と信じた女、クリエマだ。
クリエマ・グレイはバパーニが断罪された夜、会場から逃げ出した後、すぐに彼のもとを離れた。
彼女にとってバパーニは貧しい男爵令嬢である自分を救ってくれるヒーローであり、金蔓だったから。
「何の役にも立たない男といる意味なんてないわ」
バパーニが財産を失ったと知るやいなや、彼からの連絡を一切絶った。しかし、彼女もまた貴族社会から厳しく糾弾される。
シャルナが公開した証拠の中には、クリエマがバパーニを唆して金銭をねだる内容の私的なメモも含まれていたためだ。
「金に目が眩んだ泥棒猫」
貴族社会がクリエマに貼ったレッテルだ。学園を追放され、実家である男爵家も娘の不祥事によって社会的な信用を失墜させた。
クリエマは自力で生きることを強いられたが裕福な生活に慣れきっていたため、まともに働くことができない。
自身を美しいと自負し、美貌を利用して再び裕福な男を見つけようと夜の酒場に入り浸るようになった。
ある夜、酔いつぶれて路上をさまよっていたバパーニは偶然、薄汚い酒場の前で別の男に媚びを売っているクリエマの姿を見かけた。
「クリエマ……!」
彼は叫び駆け寄った。クリエマはヒーローの見る影もないバパーニを見て、嫌悪感を露わに。
「近寄らないでバパーニ!あなたのせいで私の人生はめちゃくちゃになったのよ!」
「僕のせいだと?君が高価なドレスをねだったから、僕がシャルナの結納金に手を出さざるを得なくなったんだ!全て君のせいじゃないか!」
二人は愛を語り合った口で互いに責任をなすりつけ合い、罵倒し合った。彼らが夢見た真実の愛とは程遠い、醜い泥試合。
結局、二人は酒場の用心棒に追い出され、暗い路地裏で別々の方向へ立ち去った。互いを失った痛みも、愛を失った悲しみも残されていなかった。
残されたのは自己憐憫とシャルナへの憎しみという、二人の人生を蝕むだけの黒い感情のみ。
一方、シャルナは学園卒業後、貿易会社を設立し、貴族の娘としては異例の実業家としての道を歩み始めていた。
元婚約者のバパーニから奪い取った慰謝料を原資に、自らが運営する女性のための職業訓練学校を設立。
貧しい生まれの女性たちに貴族に頼らず、自立して生きるための知識とスキルを与えていた。
「人に頼らず、自分の足で立つこと。この世界を生き抜くための最も確かな武器」
シャルナは生徒たちに優雅に力強く語りかける。瞳には過去のしがらみや、バパーニへの憎しみはもうない。あるのは未来への希望と自らの力を信じる光のみ。
人生は乙女ゲームのシナリオではなく、自立した歴史なのだ。
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