フランの過去
最初は刃物のように刺々しく、誰も寄せ付けない冷たい態度をとっていたフランだったが、彼女が運んでくれる温かいスープの匂いや、小さなリオールが言葉通り無邪気に懐いてくるぬくもりに触れるうちに、彼の凍りついていた心は、少しずつ融かされていった。
だが、衣食住のすべてを「人を殺す対価」としてしか与えられてこなかったフランには、彼女たちの無償の優しさが、どうしようもなく不安で仕方がなかった。
ある日、フランはカトリーナの目を真っ直ぐに見つめ、ひどく真面目な顔で尋ねた。
「……カトリーナ。俺は、あなたたちのために、何をすればいい? 誰か殺してほしい人間は、いないか? あなたたちを苦しめる悪党がいるなら、俺が今すぐ一人残らず息の根を止めるよ」
カトリーナは、そのあまりにも物騒な提案に、綺麗なヘーゼル色の目を丸くして心底驚いたような顔をした。
「え……っ? そんな、誰かを殺してほしいなんて、そんな恐ろしいこと、あるわけがないでしょう?」
彼女は困ったように微笑み、フランの傷だらけの手を、自分の温かい手のひらでそっと包み込んだ。
「私があなたに『してほしいこと』はね、ただ一つだけ。……一刻も早く元気になって、またたくさん笑ってほしい。本当に、それだけよ?」
――元気になってほしい。生まれて初めて、自分の「刃としての価値」ではなく、自分の「生」そのものを望まれた。その眩しすぎる言葉のぬくもりに、フランは胸の奥が熱くなり、どう応えていいか分からず、ただ子供のように戸惑うしかなかった。
「……それからの日々は、僕の人生の中で、最も質素で、最も輝かしい時間でした」
フランは愛おしそうにリオールの背中を撫でながら、遠い日の湖の青さを思い描くように言葉を紡ぐ。
朝は近くの畑を耕して瑞々しい果物や野菜を収穫し、それを街へ運んで売り払い、ほんの少しの肉や魚を手に入れる。
そんな湖のほとりに建つ、小さな古びた小屋での質素な暮らし。晴れた日の午後は、三人で湖のほとりに並んで腰を下ろし、身体を寄せ合って、日の光にキラキラと眩しく反射する水面を眺めた。何の実にもならない、たわいのない会話をしては笑い合う――。
組織に拾われて以来、毎日誰かの悲鳴を聞き、指先を血で汚し続けてきた僕にとって、それは初めて体験する『血の匂いのしない世界』でした。
自分の心が、穏やかに、人間らしく融かされていくのがはっきりと分かったのです。だが、その神様からの贈り物のような幸せは、長くは続きませんでした。
ある日、僕が一人で夕食の薪を拾いに森の奥へ入った時――藪を分ける足音と共に、見覚えのある影が僕の前に立ち塞がった。
「――あんた……一体、何をしてるのよ」
モネだった。現在のあの露出度の高い妖艶な姿からは想像もつかないほど、当時の彼女はまだ、虚飾のない、地味で頑丈な衣服を纏っていた。
「死んだと思ってた。……あんたが消えてから、私、ずっと、ずっと探してたんだからね……っ!」
怒りと安堵で瞳を潤ませる元相棒を前に、僕は純粋に、まるで宝物を見つけた子供のように顔を輝かせて、今の暮らしの素晴らしさを夢中で彼女に伝えた。
カトリーナがどれほど優しく、この生活がどれほど穏やかであるかを。
だが、モネの心には、その言葉は響かなかった。
「あんたの生きる世界はそこじゃない。……こっちよ」
彼女は冷徹に言い放とうとした。……けれど、僕の見たこともないほど幸せそうに満たされた笑顔を見てしまったモネは、それ以上、言葉を続けることができなかった。
――しかし、本当の地獄は、彼女が組織の拠点へ戻った後に待っていたのです。帰還したモネの微かな異変を、組織の先輩である、一人の男が見逃さなかった。男は「どうしたんだ? 様子がおかしいぞ」と、裏社会の人間とは思えないほど、驚くほど優しく、穏やかな声でモネに語りかけた。
モネは絶対にフランの居場所を口にしないと心に固く誓っていた。けれど、その男から「大変だったな」と、優しく、優しく頭を撫でられた瞬間――誰からも愛されず、冷徹に育てられてきた彼女の心の防壁が、その偽りの温もりに一瞬で融かされてしまった。
「……フランが、生きていたの……」ぽろっと、漏らしてしまった一言。「そうか、生きていたか。良かったな、モネ」男はなおも優しく微笑み、モネはすっかりその言葉に心を許してしまった。




