目的地
トニーの先導で通気口の闇を這い、フランの音もなき暗殺術とアーシュのライフルの正確な掩護によって、要塞化された廃鉱山の警備兵たちを一人、また一人と静かに無力化していった。
全員の身体は、無数の弾をかいくぐり、岩肌に擦れて傷だらけになっていた。衣服は破れ、乾いた泥と血がこびりついている。
「――この奥だ、行くぞ!」
トニーの低い合図と共に、アーシュはミアの無事を祈りながら、最奥の重厚な鉄扉を力任せにぶち破った。激しい硝煙の匂いと、暗闇の先。
4人は、ミアが縄で縛られ、恐怖に泣き叫んでいる凄惨な光景を覚悟していた。
――だが、目の前に広がっていたのは、信じられないほど静謐な景色だった。
部屋の奥、豪奢な椅子が二つ並んでいる。そこには、あの薔薇の香水の匂いを漂わせたマダム・ジェイミーと並び、見たこともないほど絢爛できらびやかなドレスに身を包んだ、ミアが静かに座っていたのだ。
「え……? ミア……?」
息を呑み、唖然と口を開ける4人。
だが、こちらのボロボロの姿を視界に入れた瞬間、ミアの素朴な瞳が激しく動揺に揺れた。衣服の破れ目から覗く彼らの傷、流れる血。その痛々しすぎる姿が、自分を助けるための代償だったことをすぐに理解した。そして、それはミアの胸を猛烈な罪悪感で締め付ける。
ミアは溢れそうになる感情を殺し、トニーたちをわざと冷たく見据えて、凍りつくような声を放った。
「……帰って」
「え……?」
アーシュの思考が、一瞬で完全に停止した。頭を殴られたような、凄まじい衝撃が全身を貫く。
「何しに来たのよ。私ね、ここでお母さんと一緒に、このファミリーの跡を継ぐことに決めたの。もうあんたたちみたいな貧乏宿屋の人間なんて関係ないわ。目障りだから、今すぐ帰って!」
必死に震えを隠したミアの拒絶。
アーシュはその場に崩れ落ちそうなほどのショックを受け、ライフルの銃身を握る手がカタカタと激しく震え出した。
どの面を下げて彼女の手を握ればいいのか分からず、視界が真っ白に染まっていく。
「――お母さん!?!?」
4人の叫びが完全に重なり、部屋の天井を揺るがした。
「おいおい、どういうことだ……!? あの伝説のギャングのボスが、ミアの母親……!?」
トニーが目を剥き、流石のフランも無表情のまま微かに眉をひそめる。
4人の動揺を尻目に、ジェイミーが冷酷な、しかしどこか悲痛な声を響かせた。
「あんたたちに何が分かる。……私の5人の息子たちはね、裏社会の恨みを買って、全員無惨に殺されたんだよ。私のファミリーの血を引く子供は、もうこの末娘のミアしか残されていないんだ」
ジェイミーの指先が、きつくドレスの袖を握りしめる。
「この子だけは、何があっても絶対に殺させない。だから生まれてすぐに、安全のために素朴な民家へ預けて隠し通してきたのさ。だが、私が引退するこの時期が来た。同じ女であるミアに、私のすべてを、このファミリーの跡を継がせるんだ!!」
衝撃の真実に、アーシュはたまらずミアを見つめ、掠れた声で問いかけた。
「……ミア。お前、最初からそのことを知っていたのか?」
ミアはドレスの胸元を小さく掴み、潤んだ瞳を落とした。
「……本当のお母さんは別にいるって、育ての親からは聞いていたの。でも、まさか……裏社会の伝説のボスだなんて、私も知らなかった。……だけどね、アーシュ」
ミアはゆっくりと顔を上げ、ジェイミーの顔を見つめる。
「この人と初めて会った時、分かっちゃったの。……私と全く同じ、この茶色の髪。そして、鏡を見るたびに映る、私と同じこの薄いヘーゼル色の瞳。それを見たとき……あぁ、この人が、私を産んでくれた本当のお母さんなんだって、魂が理解しちゃったのよ……」
彼女のヘーゼル色の瞳から、大粒の涙が溢れそうになる。だからこそ、自分の血塗られた運命のせいで、大好きな宿屋の仲間たちを死なせたくないのだ。
彼女の「帰って」という言葉の裏にある、あまりにも健気な覚悟がトニーたちの胸を締め付けた。
その時、ジェイミーが冷たい視線をフランへと固定した。
「そして――『炎の死神』、フラン。あんたの恐ろしさは、私も骨の髄までよく知っているよ。メアリーが動けば、あんたが確実に私の前に現れることもね」
ジェイミーは血の気の失せた顔で笑いながら、部屋の左右を覆っていた巨大な黒い幕を、力任せに引き剥がした。
ガチガチガチカチッ!!!
幕の向こうから現れたのは、真鍮の銃身を束ねた、禍々しい重量感を放つ巨大な重機関銃――最新鋭の『ガトリングガン』だった。給弾ベルトには、指の太さほどもある冷たい銅色の弾丸が隙間なく並び、鈍い光を放っている。
「相手があんたであっても、この娘だけは絶対に渡さない!! この化け物め、近づくなら全員まとめて肉片に変えてやるよ!!」
圧倒的な破壊兵器を見せつけ、ジェイミーが狂気的な宣戦布告の叫びを上げる。だが、その絶望的な銃口を前にして、メアリーが一歩前へと踏み出した――。
メアリーは、ドレス姿のミアの目を真っ直ぐに見つめ、地を這うような、しかしどこまでも温かい声音で語りかけた。
「ミア。あなたが本気でその血生臭いギャングの跡を継ぎたいって言うなら、私は止めない。それが不本意でもあなたの選んだ道なら、今すぐここを去ってあげるわ。……でもね!」
メアリーは、自分の父親がかつて背負っていた「正義」の魂を込めるように、激しく言葉を重ねる。
「もしあなたが、私たちのいる『あの場所』を選んでくれるって言うなら、私たちは何百本のガトリングガンに囲まれたって、絶対に、安全に連れて帰る! 母親の都合なんかどうでもいい! あなたが本当にしたいことは、一体何なのよ!?」
空間を支配する、メアリーの魂の叫び。その言葉がミアの胸の檻を叩き割った。
ミアの瞳から、ポロリと、一粒の涙が零れ落ちる。それは堰を切ったように、また一粒、また大粒の塊となって、彼女の化粧を施した白い頬を激しく濡らしながら溢れ出して止まらなくなった。
彼女はドレスの裾をきつく握りしめ、泣きじゃくりながら、小さな声を絞り出した。
――「アーシュと……木の実、取りに行きたい……っ」
それを聞いたアーシュから小さく息が漏れた。
贅沢なドレスも、莫大な財産も、ファミリーの権力も、そこには一切入っていなかった。
昨夜交わした、他愛のない、不器用なあの口喧嘩の約束。それだけが、彼女の生きたい世界のすべてだった。
その短く、あまりにも純粋な言葉のなかに、彼女が「宿屋の仲間たちと、みんなで一緒に過ごす穏やかな日常へ戻りたい」という本音のすべてが詰まっていた。
多くの言葉を並べなくとも、その場にいる全員が、彼女の魂の叫びを完全に理解した。
「――よし。交渉成立だな」
トニーが腰の銃を再び強く握り直し、隣でフランが冷徹な笑みを深める。そして何より、絶望の底から一瞬で引き揚げられたアーシュの瞳に、この世の誰よりも美しく、凶暴なまでの闘志の火が激しく燃え上がった。




