フランの怒り
俺の必死の弁明を聞いたメアリーが、堪えきれずにぷっと吹き出した。
「あはは、何の策もないのに一体どうやって守ってくれるのよ?」
彼女は意地悪そうに微笑みながら、もう一度遠くの街並みに目を向けた。そして、少しだけ声を柔らかくして続ける。
「……でも、嬉しい。そう言ってくれるだけで、十分だよ」
彼女は俺の方を振り返ると、不自由な右腕の代わりに、左手をすっと差し出してきた。
「これからも、よろしくね」
俺は恥ずかしくなり、照れくさそうに笑いながら、彼女の手を握ろうと右手を伸ばす。朝の暖かい陽の光が、二人の約束を祝福するように優しく包み込んでいた。
――が、しかし! 指先が触れ合うまさにその寸前、背後の室内から、パチパチという乾いた拍手の音と足音が近づいてきた。
「フラン!!」
「聞いてくれよ、森へ行ったらさ……!」
俺たちは弾かれたように振り返り、口々に叫んだ。
今回の任務の報告を、少しでも早く彼に伝えたかったのだ。
だが、そこに立つフランの姿を一目見た瞬間、一瞬で息を呑み、口をつぐんだ。
フランの端正な顔には笑みが浮かんでいた。しかし、その笑顔に込められているのが、尋常ではない怒りと、肌を刺すような明確な殺気であることは一目瞭然だった。
「……楽しそうで、何よりです」
フランはつかつかと足早にトニーの間合いへと踏み込むと、凄まじい勢いでその胸ぐらを掴み上げた。
「僕、確かに言いましたよね……!? メアリーちゃんを、何があっても守ってくれって! あなたという『元保安官』が同行するからこそ、僕は不本意ながらもこの案件を頼んだのに……!!」
フランの手指が衣服に食い込む。睨み上げてくる彼の瞳からは、どす黒い怒りが溢れ出していた。
――美しい顔の人間というのは、これほど激しく怒り狂っている時ですら、どこまでも美しいままなのだな。
死線に立たされているはずのトニーは、掴まれたまま、どこか現実逃避気味にぼんやりとそんなことを考えていた。
フランの言葉は、ぐうの音も出ないほどの正論だった。おまけに昨夜の不祥事という特大の後ろめたさがある私には、返す言葉など一つもなかった。
胸ぐらを締め上げる拳からは、その小柄な体躯からは想像もつかないほどの、硬質で凄まじい腕力が伝わってくる。何か弁明をしなければと、俺が引き攣った口を開こうとしたその時、メアリーがフランの背中にそっと左手を添えた。
「私は、大丈夫だから。……心配してくれて、ありがとう、フラン」
激昂するフランを宥めるためだろう。彼女は言葉を一つ一つ、諭すように置いていく優しい話し方をした。
その言葉は、まるで魔法のようだった。私を射抜いていたフランの瞳から、どす黒い怒りがふっと消え去る。
彼は俺をゴミのように乱暴に突き飛ばすと、文字通りメアリーの元へと飛んで行った。
「メアリーちゃん、本当に大丈夫!? どこが痛むの!?」
フランは彼女の全身を前から後ろからと、くまなく執拗に観察し、右腕の包帯さえも躊躇なく外して傷口の具合を確かめ始めた。メアリーはそんな彼の過保護な過熱ぶりを嫌がる風でもなく、ただ穏やかに微笑んで身を委ねている。
やがてすべてを確認し終えると、フランは心底安心したように息をついた。だがすぐに不機嫌な顔に戻り、ブツブツと文句を並べ立てながら「まだ片付ける仕事が残っているから」と言い残して、嵐のように部屋を去っていった。
――私の前を通り過ぎる際、これみよがしに深い、深い溜め息を吐き捨てるのを忘れずに。
「……悪いことをしたな。本当に、生きた心地がしなかったよ」
俺は乱れた襟元を整えながら、大きく肩を落とした。
「ふふ、フランはいつも心配性だから。でも、もう大丈夫よ。これでもかなり落ち着いた方なんだから」
「そうか? ……それにしても、いつも仕事仕事って、情報屋っていうのも因果で大変な稼業だな」
俺が何気なく溢した言葉に、メアリーが不思議そうにまつ毛を揺らして見上げてきた。
「え?」
彼女は一瞬きょとんとした後、「ああ、そっか!」と一人で納得したように小さくポンと手を叩いた。
「トニーにはまだ、言ってなかったっけ。フランの本当の仕事」
「……え? 情報屋じゃないのか?」
メアリーは、小さく、優しく首を横に振った。そして、いつもの穏やかな笑顔のまま、とんでもない言葉を口にした。
「殺し屋よ?」




