治療
少女はしぶしぶ縄をほどいた。
トニーは心配そうな顔でこっちを見ている。
すぐに赤ん坊の元へ駆け寄った。少女も私の背後から赤ん坊を覗き込んでいる。
その手にはしっかりナイフが握られており、刃先が背中からこぶし1つ分も隙間がないのを感じる。
……赤ん坊を見ると毎回恐怖感に襲われる。
子供が嫌いとかそういう次元の話ではない。自分で食べることも動くこともできず、いつでも誰からでも簡単に殺される存在だった時期があったことが恐ろしい。
しかもそれを覚えていないのだ。誰が守ってくれていたかも、その時期に殺されていても殺されたことすら覚えてないのではないか…
ハッと我に戻り赤ん坊の全身を観察する。
高熱、発汗、呼吸促迫、食べることも出来ないのだろう、少し痩せている。足に傷がありそこから膿が溢れている。足からの傷が化膿したため全身に炎症が進んだ可能性がある。
ジャケットからコインが入るくらいの小さな入れ物を取り出す。
少女が叫んだが、慌てていたのか先住民の言葉だったので何を言われたかわからない。
背中に刃先が当たるのを感じた。
素早く近くにあった水で傷口を洗い流し、ケースの蓋を開け塗り薬を赤ん坊の傷口に塗り込む。赤ん坊は痛みでわっと泣き声をあげたが、きついのかそれ以上は泣かなかった。
「一旦はこれで大丈夫だ」
少女は私がこれ以上何もしないのを確認し、手首に縄をかけた。トニーが座らされている小屋の奥へ移動するよう言われた。
「大丈夫か?」
と言われたので、とりあえず力なく頷いた。
上着のポケットから薬を取り出そうとした動きがいけなかった。あからさまに警戒の目を向けられ、私たちは上着を剥ぎ取られ、大切な薬まで没収されてしまった。見れば、トニーも同じように上着を奪われ、身を切るような夜風に晒されている。
夜が更けると、私たちは手首を縛られたまま地面に横たわるしかなかった。遮るもののない夜の空気はひどく肌寒く、体温を容赦なく奪っていく。身を縮めた拍子に、背中がトニーの背に触れた。
――温かい。その熱を感じた瞬間、生々しい実感が胸にこみ上げてきた。
生きている。私も、トニーも、まだこうして生きているのだ。どうにかして、ここから逃げ出す手立てはないだろうか。最悪の場合、トニーだけでも逃がすことはできないか……。
「トニー……」
声には出さず、心の中でその名を呼ぶ。本当に、とんでもないことに巻き込んでしまった。
今回の件が無事に片付いたら、もう彼を自由にしてあげよう。こんな危険ばかりの旅など、向こうだって二度と御免だと思っているに違いないのだから。
浅い眠りを繰り返すうち、いつの間にか意識を失っていたらしい。ふと気づくと、粗末な小屋の藁の隙間から、細い朝の光が差し込んでいた。横にいる赤ん坊に目をやると、少しは熱が下がったのか、今は穏やかな寝息を立てて眠っている。
そのとき、足音が響いた。見上げると、少女が鋭利なナイフを手にこちらへ近づいてくる。だが、不思議と恐怖は湧いてこなかった。少女の瞳や、その佇まいから、恐ろしい「殺気」がまったく感じられなかったからだ。
少女は私たちの前にしゃがみ込むと、静かに、落ち着いた声で切り出した。
「なわ、きる。ここ、みんなこないから」
その言葉で、すべてを理解した。
ここは病で命を落とす者が集められる隔離部屋なのだ。だからこそ、他の先住民たちは恐れて近づかない。ここで私たちの縄を解いたとしても、誰にも見つかる心配はないということか。
昨日の必死の行動が、ほんの少しだけ、彼女の心を動かしてくれたのかもしれない。この村に牢の類が見当たらないのを見れば、これまでに迷い込んだ人間たちがどうなったかは容易に想像がつく。
きっと、捕らえられてすぐに命を奪われたのだろう。私たちは、首の皮一枚で繋がっているに過ぎない。いつその刃がこちらを向くか分からない恐怖の中で、私たちは静かに息を潜めた。




