7. 合格
「……こんにちは」
これで合っていただろうか。シロウはとりあえずそう言ってぎこちなく笑いかけてみる。
するとシロウと目の合ったリヴはハッと息を飲んで肩を竦ませ両手で口元を隠した。頬は紅潮しその緑色の瞳にはうるうると涙が溜まっていく。
「え? あれ? は、はじめし……うおっ?!」
様子のおかしいリヴにそうやって言葉を重ねてみたが、リヴはその言葉をすべて聞く前にワッとシロウに抱き付いた。
「わーーーーーっ!!! うわーーーーーっ!!! おやめくださいリヴお嬢様! こいつはまだ面接中なんですよ! と言うか不採用不採用! てめぇこらリヴお嬢様に抱き付かれてんじゃねぇ!!」
「いやいやいや俺何も! 何もしてない!」
「うるせぇ出て行け!!!」
カミルに引き剥がされ追い出されそうになるシロウを助けようと、リヴはカミルの腕にしがみ付いてその暴挙を止めようとした。必死に首を横に振っている。
「はぁ、はぁ、大丈夫ですかお嬢様? こいつに何か洗脳されてこんな事をしたわけではないのですね?」
カミルの腕にしがみ付いたまま今度はぶんぶんと首を縦に振るリヴ。こんな一瞬で洗脳出来るわけがないだろうと言ってやりたかったがどうにかカミルが落ち着いてくれた様なのでシロウは黙っていた。
あまり刺激しない方が良さそうだ。
「まぁ……良いでしょう」
カミルは鋭い目でシロウを見る。まるでシロウの挙動を一切見逃すまいとでも言う様に。
そして何故か瞳を潤ませたままのリヴは、改めて満面の笑みでワンピースの裾を抓み片足を斜め後ろへ、そしてそのまま軽くお辞儀をした。貴族の作法は分からないのでシロウもシロウなりのお辞儀を返す。
「はいさてシロウ君!!!」
「はい?!」
何か間違えたのか、カミルは明らかに怒っている様に見える。
「正直に! 今! お嬢様を見てどう思いましたか?! 正直に言いなさい!!!」
一体何故怒っているのか、シロウはさっぱり心当たりがないのでもう一度リヴを見る。
清潔そうな白のワンピース……、これを後ろ前に着ていた様だが襟元が全然違う。
それに初対面のシロウに向かってここまで屈託のない笑顔を見せられるとは、あまりにも警戒心がなさそうだ。それどころか抱き付いて来た。もしかして一目惚れでもされただろうか? だとしてアプローチの方法があまりに幼稚。お言葉に甘えて正直に言うなら……。
「頭悪そうだなと」
ガッ……!
言い切る前に、シロウは激高したカミルに胸倉を掴まれた。
「うわぁっ! ちがっ……! えっと……!」
「てめぇぶっ殺されてぇのか!!! 合格だこの野郎!!」
やってしまった。とにかく何か言い訳を! と、思ったら合格を告げられ、シロウは間抜けな声を出す。
「へ?」
鼻先に突き付けられるカミルの形相。これから一緒に働きましょうと言う人間がこんな顔をする筈がない。きっとどちらかが間違っているのだ。恐らくは合格と聞こえたのが間違いなのだ。シロウはそう思ったが、リヴがパチパチと手を叩く。合格したシロウを祝う様に、とても嬉しそうな笑顔で。
「俺……、ホントに合格?!」
リヴは歯を見せて笑い、大いに頷いた。
かくしてシロウはとあるお屋敷の庭師として職にありつけたのである。
「そうだって言ってんでしょ!」
「やった……」
新しい自分、新しい人生を手に入れた。もしかしたらうまく行くかもと、ただ名前を言わなかっただけで。
本当は大勢が面接試験に落ちた仕事なのだから名前を言わなかったからだけではないのだが、シロウはそう思った。
「やったぁ~!! ははは! ありがとう! 俺一生懸命働くよ!」
手を叩いて祝福してくれるリヴにシロウは大きな笑顔を見せる。
「名前はシロウ! シロウって言う名前だから! よろ……!」
シロウがあんまり嬉しそうだからだろうか、リヴも終始幸せそうな笑顔を見せていたが突然カミルが間に入って捲し立てた。
「もうこの部屋でやる事はないから早く出てって下さいよ! 何いつもまでもお嬢様のお部屋の空気吸ってんですか!! はい終わり! 終わり終わりーっ! ではリヴお嬢様、失礼いたします」
慌ただしくシロウは部屋から追い出され、そのままカミルに個室を案内された。
「なぁ、俺本当に合格で良いんだよな?」
あまりにも嬉しかったのと、あまりにも手ごたえがなかった事で、シロウは思わず余計な事を聞いたがカミルは大いにイライラした様子でこう言った。
「何言ってんですか?! 自信ないんだったら応募してこないで下いよっ! 仕事に応募するって自分がそこに相応しいと思うから来るわけでしょっ?! 合格と言われてそれを疑うようならさっさと辞めてもらっても良いんですよ?! それともこちらが何度も合格だと伝えてあなたを欲しがらないと承認欲求が満たされないんですかぁぁ~~?!」
「すっ、すんません大丈夫です!」
「ふんっ! このっ! ナルシストの強欲張りの……、このっ! バカがっ!」
カミルはずっとイライラした様子で、お前の感性は死んでいるだとか、一目見た時から気に入らなかったとか、明日までに禿げろだとか、ささくれが肘までめくれろだとか、この面接を乗り切ったシロウに数々の暴言を吐き、とうとうもう顔も見たくないと言って個室に追いやった。




