47. 欲しかった声援
「よぅ」
腕の中のリヴにそう言って笑い掛けると、リヴは血塗れの顔をシロウの胸に埋めた。
そして闘技場にもう一人、ベスティアがエレト目掛けて落ちて来ると負傷している筈の足で追い打ちをとそのまま踵を落とす。
「がっ……はぁっ……!」
それは確実にエレトにダメージを与えたがベスティアも立っている事が出来ずその場に崩れ落ちる。
「見とけ、負けねぇから」
まだ終わりじゃないと思ったシロウはリヴをそっと下ろすとベスティアとエレトの間に躍り出て、案の定すぐに起き上がったエレトに剣を向ける。
「シリルーーーーっ!!!」
強い憎悪と恨みを焚いた瞳を向けられ、やっぱり悲しいなぁとシロウは眉を下げた。
エレトの意識を絶たない限り、エレトも負けないだろう。シロウは突き出されたエレトの腕を難なくかわし、エレトの脇腹から肩口にかけて、剣を振り上げた。そしてそのまま剣を手放し、エレトの顔面を鷲掴みにすると、体重を掛けてエレトの後頭部を思い切り地面に叩き付ける。
「うおああああ!」
ドンと倒れたエレトの大きな身体からブシュと鮮血が舞い、口からも血しぶきが飛んだ。
「ごめんなエレさん、俺、子供の頃からドープしてんだよ。身体にじゃないけどな」
ようやく意識を手放したエレトに向かいそう言うと、エレトの後頭部からじわじわと血が広がって来た。エレトの倒れた先には、いつもリヴが首から下げていた特注の銀の笛が落ちていたのである。
こうして、シリル・ロウエンタールは狂気と化したエレト・エルディを倒した。
だが、スメラフィーズが歓声に包まれる事はない。観客が戦士に襲われると言うあり得ない事件が起こってしまったのだから。
かつての英雄はわらわらと出て来たスメラフィーズ関係者に厳重に取り押さえられて運ばれて行った。
「はぁ……」
シロウはドサリと尻もちを付いて脇腹に手を沿える。我ながらこれで無事なのが信じられない。
カミルは落下の衝撃でまだ起き上がれずにいるが無事な様で、ベスティアも足を抱えて蹲っているが生きている。
「全員生きてるぜー、ギリギリだけどなー」
観客席からアゼムがこちらを覗き込んでいるのに気付いて緩く手を振ってやる。
そして三人が三人とも立ち上がれない中、リヴはベスティアに駆け寄ったのだった。
「ベス……テア」
「!」
ちゃんと発音は出来ていなかったが、それが自分の事であると分かったベスティアはハッと息を飲んだ。そしてリヴはベスティアの頭を撫でる。
「リヴお嬢様……」
ベスティアの無事を喜んで微笑み、ただ頷くリヴを見て自分は許されたのだと思ったベスティアは真っ直ぐにリヴを見れない。
「いつか俺が考えた物語のラストみたいだな」
シロウが満足げにそんな二人を見て言った。ベスティアには何の事か分からないがリヴは大いに頷いた。
「エレさんに聞いたけど……あの……妹の事さ……。それでも俺、ベスは正しい事をしたと思うし……最初から信じてたし、リヴもそうだって事だ」
シロウにそう言われて、観念した様にベスティアもポツリと零す。
「でも……もうおしまいよ。私が自らエウレスを潰してしまったもの。本当は妹が良い研究材料になってるもの気づいていたけど、それでもみすみす妹を死なせたくなかったから……ごめんなさい……」
「なーんか良く事情が分かっていませんが! またもやお嬢様を危険にさらした言い訳にはなりませんがね?!」
寝そべったまま聞いていたカミルがそう言って入って来たのにシロウは純粋な疑問をぶつける。
「危険って言えばそもそも何でリヴがここに居るんだよ? マー君なんで近くに居なかったんだ?」
「うっ! 痛い痛い! いたたたた……!」
カミルは急に身体の痛みを訴え出した。大方、リヴはここに来る事をカミルが良いと言わない事を見越し、目を盗んで来たに違いない。それをカミルは自分の過失だと思っている。
リヴを危険な目に合せた責任を感じている様だが、あのエレトに立ち向かってピンチを救ったのも紛れもないカミルの一撃であろう。
「えーっと、これ、どう収めりゃ良いの……?」
そこへ、試合前に会場を温めていた司会者がやって来た。前代未聞の展開に困惑はしているがどうにか場を収めようと言うプロ意識の様なものはあるらしい。
残っている観客もきっと説明を求めているに違いない。
「シリル・ロウエンタールの勝ちと言う事です」
ベスティアが司会者に言った。エレトに攻撃を加えたのはシロウだけではないし、もはや試合の勝ち負けと言うレベルの話しではない筈だが。それでも、ベスティアは声を大にした。
「エレト・エルディの姿を見て分かったでしょう!」
騒然としていた観客達はベスティアに注目した。
「エレトは戦神スメラを裏切りドープしました。そして理性をも失い、神聖なスメラフィーズを汚した。観客をその手にかけた。だけどシリルには敵わなかった。これがどう言う事か聡明な皆々様にはお分かりかと」
つまり一年前もシリルはドープなどしてなかった。ドープなど必要なかった。
スメラフィーズの代表として出たエレトが悪ならば、本当の英雄はシリル・ロウエンタールだった。
ざわざわと観客席に新たな衝撃が広がって行く。
「こりゃもう俺達の仕事じゃないな、頼んだぜ男前」
シロウはそう言って司会者に丸投げすると、重たい身体をどうにか動かして闘技場を去ろうとした。すると……。
「シリルー!」
一人の観客のその声をきっかけに、たちどころにスメラフィーズはシロウを称える声に溢れた。
「行くなシリルー!」
「帰って来てくれシリル!!」
「シリル! シリル!!」
欲しかった、スメラフィーズの声援。しかしシロウはぐるりと観客席を見回し、何も言わずに闘技場を出る事にした。




