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声なし姫の紡ぐプレア  作者: 焼肉一番


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45/48

45. 「やめて」

「何でだ何でだ何でなんだチクショウ!!」


 エレトの攻撃はだんだん単調になり、かわすもの楽になる。かわせばかわす程エレトの頭に血が上ってますます単調になる。

 熱くなり過ぎない事、戦闘における基本でありシロウにそう教えたのはエレトだと言うのに。空振りは一番疲れる、そう教えたのもエレトだと言うのに。


 どうにかかわしてどうにか一撃を返す、そんな調子だった試合内容が今や一変、シロウの剣撃がエレトを無数に傷付け、エレトの拳はシロウをすり抜ける。


 やはりシリル・ロウエンタールの試合は面白い……!


 この展開に観客はすっかり思い出してしまった。ここでエレトが負けるなどあってはならない逆転劇なのに、いつしかそれを求めてしまう。脇腹から血を流しながらもシロウが勝つところが見てみたいと。


「うおあああああーっ!」


 シロウの剣柄が、エレトの鳩尾に入った。


「がっ……はっ……!」


 ワアアァァァッ! ――


 あろう事か、シロウの攻撃でとうとうエレトが膝を付いた瞬間に歓声が沸いたのである。

 ドープしてスメラフィーズを追い出されたシリル・ロウエンタールが、再びここで歓声を浴びるなど誰が想像しただろう。

 だが観客の見る目と言うのは馬鹿に出来るものではないのだ。

 懸命な方、純粋な方、そう、偽りのない方に、理屈ではなく心が動かされてしまうのである。


「く……そ……」


 これで終わる筈がないとシロウは剣を握り直したがエレトは立ち上がって来なかった。良く見るとエレトの身体は右腕だけ異常に肥大していたり、指の何本かがおかしな方向へ曲がっていたり、明らかにドープ薬の影響が出ている様に見えた。いくらラーナ種と言えど容量を間違えれば粗悪品と同じだ。

 もしかしたらシロウが与えた攻撃以外にも痛みがあるのかエレトは苦しそうに息をして、それでもシロウを睨む様に顔を上げた。しかしもう、勝負はあったと見て良いだろう。


「……エレさん、もう……」


「があああーっ!!」


 雄叫びを上げて立ち上がり、まだ終わりじゃないと腰を低く構えたエレトだったが……。


「うっ?!」


 低く呻いて自分の両手で耳を塞いだ。


「……?」


 そのまま何かを探る様な顔を見せて観客席を見回すエレト。


「どうしたよ、エレさん」


 もしかしたらエレトにもリヴの声が聞こえたのではと思ったシロウはそう言って様子を伺った。そうだとしたら耳を塞いでもきっと無駄だ。

 そうして何かを見付け一点を見詰め出したエレトの視線の先を追うと、やはりそこには懸命に口をパクパクさせ続けているリヴの姿があった。今はシロウの耳にも胸にも何も聞こえてこないのだがエレトには聞こえる様だ。


「うるさいな……なんであいつの声が一番デカいんだ……」


「疲れちゃったんだろ?! もう終わりにしようぜ?!」


 ブツブツ言いながらリヴを見るエレトのただならぬ雰囲気に嫌な予感がしたシロウはエレトを窘める様な言葉を投げてみるがエレトには聞こえなかった。


「ああ、あいつが、そうなのか……」


 何かに気付き少し感心した様な表情を見せた後でそれはすぐ憎悪にまみれた。


「うるせぇ……」


「こっち見ろよ!」


 シロウは自分からエレトに仕掛ける。しっかりと両手で剣を握り、真っ向からの攻撃。


「うるせぇうるせぇうるせぇ……!」


 それでもだ、それでもエレトはリヴから視線を逸らさず、とうとう自分を苦しめている原因に向かって飛び上がった。シロウの正面攻撃が虚しく空を斬る。


「なぁっ?!」


 スメラフィーズの観客席は一番近い所でも二階以上の高さがある。その高さをジャンプ一つで悠々と飛び上がり、観客席の縁に降り立ってリヴを睨むエレト。


「おいっ! 試合中だろ?! 降りて来いよ!!」


 どうやったらあの高さをジャンプで上がれるのだ。おそらくまた身体に異常な負荷を掛けて飛び上がったのだろう。到底あの高さを追う事は出来ない。シロウはどうにか最短距離で観客席に上がれるルートはないかと周りを見渡すが足場に出来そうな場所は見付からなかった。


「なっ?! あれリヴ?! 何でリヴが此処に居るのよ?!」


 ちょうど対面の席に座っていたキーラも、エレトがリヴの真ん前に立ち見下ろしているのが分かった。

 リヴはエウレスにとって大事な存在、傷付ける様な事はない。そう思うのだが、理屈より先にキーラはアゼムに命じた。


「リヴを守りなさい!」


 アゼムはその言葉に従ってすぐに動いたが、どう考えても間に合う筈がないとも思っていた。

 観客達も突然のエレトの客席ダイブに動揺や歓喜が入り混じる。目の前の触れる所にスメラフィーズの英雄が立っているのだから。

 エレト、エレトと名前を呼ばれるがエレトはリヴから視線を外さず、驚きのあまりきょとんとエレトを見上げるリヴにこう言った。


「もう良い。ドープなんてこれっきりいらねぇ。今日あいつを殺せれば、もう良い。だからお前ももう、いらねぇ」


「あ……あ……」


 自分に向けられたのが殺気だとリヴも気付いたのだろう。リヴはキュッと身体を縮こまらせてその瞳に恐怖を滲ませた。

 エレトが躊躇わず手を振り上げたのが見えてシロウの身体はザァと血が逆流した。


「やめろ!!!」


「?!」


 間に合わない。シロウの声が届く筈もない。届いたところでエレトが止まる理由がない。その筈だがどうした事か、エレトの動きが止まった。

 ここからでも分かるくらいに殺気に溢れていたのにどうしてあれが止められたのか分からない。あの勢いを止められるとすればそれ以上のパワーを持った何かが必要だ。恐怖、驚愕、そういった類の何かが。


「……」


 エレト自身、なぜ自分が急停止したのか分からずにいた。だが事実はこうだ。


「やめて」


 と、リヴの声が聞こえたから。

 聞いてやる義理などない筈。それなのにエレトは止まった。


「……?」


 自分自身に戸惑っている様子のエレトを観客がざわざわと覗き込んで来る。まさかリヴを殺す気でここに来たとは思っていないのだろう。

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