4. シャンゼルさんちの別邸
ある程度……、最低限匂わない程度に身だしなみを整えたシロウは早速求人チラシの屋敷へ向かう事にした。
随時面接と書いてあるが早い方が良いだろう。こんな好条件の仕事だ、いつ誰に決まって締め切られるか分からない。
だが、屋敷のあるタンディエンはシャンゼルの僻地だ。早馬を頼んだとしても半日は掛かるし、普通の馬車に乗る金もない。となれば……。
「走るのも久々だが……ま、明日の夕方には着くだろ」
軽く屈伸し、タンと地面を蹴って走り出す。シロウは久々に前を向いている自分に期待し始めていた。
背を向けたスメラフィーズからまた歓声が聞こえて来るが、ああ勝手にやってくれとシロウはスピードを上げるのだった。
郊外へと続くしっかりとした石畳はだんだんとなくなり、露店の代わりに広がる麦畑。畑中の小路も狭くなっていく。
それからどれくらい経っただろうか?
麦畑を颯爽と走り抜け、日はとっぷりと暮れ、月明りを頼りに森の中を走り続け、また空が白んで、それも傾きかけて来た頃、その森の中に悠然と、だが森の調和を乱さない様な薄緑色の屋根が見えて来た。屋敷が本当にあった事にシロウはホッと胸を撫で下ろす。
あまりにも田舎過ぎて本当に貴族が住む様な屋敷があるとは思えない景色が続いたからだ。
どうやらこの辺りの森はもう敷地内らしい、屋敷までの道がきちんと整備されている。
まだ明るいが予想よりも時間が掛かってしまった。
さすがに息を切らせながら近付いていくと、白い豪奢な門から屋敷の入口まで、立派な庭園が続いていた。
そして立派な両開きの正面玄関の前には男が一人。退屈そうに腕組をして立っていた。
「なぁ? ここシャンゼルさんちの別邸だよな? 俺、面接受けに来たんだけど……」
屋敷の使用人だろうと思ったシロウは男にそう話し掛ける。すると男は不躾なシロウに不機嫌そうな顔をしたもののこう答えてくれた。
「俺もそうだよ。順番待ってんだ」
「ええっ! 順番?! じゃあすでに誰かが面接受けてるのか?」
「そりゃこんな良い条件の求人があったら人も集まるだろうよ、お前だってのこのこ来たんだろうに」
「それも、そうか……」
考えてみれば百万ゴルの報酬を出す求人がたった一枚、シロウにだけ渡される道理もないのだ。
せっかく一晩走ってやって来たが、これでは自分の番が来る前に誰かが採用されて終ってしまうかも知れない。シロウがそう思ったのが分かった男は親切にもこう付け加えてくれた。
「合格したら何人でも採用する方針らしいけどな」
「本当か?!」
シロウは改めて屋敷を見上げるが、三階建ての上品な建物が一棟。立派だがそう大きな屋敷ではない。もっと街に近い場所にある領主の屋敷を見た事があるが、それの三分の一くらいに感じる。ただ……庭は広大だった。
池やら花壇やら庭木やら、パッと見は綺麗だがよく見ると十分ではないのかも知れない。枯れたままの花や伸び放題の庭木なんかもある。なるほど人手は必要そうだ。
「でもさっき面接に入った奴はしょぼくれた顔で出て来たぜ。緑の屋敷の声無し姫はよっぽど偏屈なのかも知れないな」
「緑の屋敷の……? 何だって?」
「お前何も知らずにここに居るんだな? 声無し姫だよ。ここのお嬢さんはそりゃ可愛いらしいが、声が出ねぇらしい。もうずっとこの屋敷に引きこもってるってんだから、世間知らずのワガママ娘なんだろうよ」
「へぇ~、可愛いのか、楽しみだな!」
せっかくの男の前情報だったが、シロウはここのお嬢様が可愛いらしいと言う部分しか貰わなかった。声が出ない事も、ワガママである事も、シロウにはあまり関係のない事に思えたからだ。
しばらく待つと、前に並んでいた男と一緒にシロウは中へと案内された。入れ替わりにしょぼくれた顔の男が二人出て行く。脱落者だろう。
「お二人ずつ面接を行います。こちらへ」
そう言って頭を下げたのは黒のワンピースに白いフリルのエプロン、頭にもフリルのカチューシャと言う、いかにもな出で立ちの若いメイドだった。
「へへっ、こりゃどうも!」
男がだらしない顔でメイドをじろじろと眺め回す。その衣装だけでテンションが上がる男も多いだろうが、それを纏う中身の方も、中身だけで人目を惹きそうな可憐な少女であった。黒髪に黒い瞳、小さな身体に似合わぬ豊かな胸はメイド服の魅力を引き立たせる。
「あっ! あんたあの時の! そっかぁ、そんな格好で仕事してんだなぁ!」
そう、シロウに求人チラシを渡したあの時の少女だ。
「はい?」
「早い方が良いと思って早速来たぜ、よろしくな」
「初対面なのに随分馴れ馴れしいですね」
「えっ?! いやいやいや! 俺だよ! 忘れちゃった?! ほらこれくれたじゃん!」
シロウは髪をまとめたピンクのリボンを摘まみ、首を捻ってそれをアピールした。
「あ……ああ、髪型が変わっていたので気付かなかったわ。本当にお早い登場ね。と言うか馬車に乗るお金があるんじゃない。リボン返せ」
どうやらこの少女は人を記号でしか判断していない様だ。リボンを返せと手を伸ばされたのでシロウは慌てて向き直り言う。
「あれからすぐ走って来たんだよ!」
「……走って……? シャンテアで会った乞食よね?」
「乞食じゃないけどそうだよ!」
「シャンテアから走って……」
「プッ! はははは! こいつもう失格でも良いんじゃねぇかぁ?」
一緒に居た男が吹き出してそう言った。この男の口の利き方も大概失格で良いだろうが、少女は一つ溜息を吐いただけで終わらせた。
「ま、面接っていかに自分を印象付けるかが大切だったりするわよね。やり方は嫌いだけど。とりあえず付いて来なさい」
「ホントなのに……」
顔も忘れられていたし、言った事も全然信じてもらえなかったし、そもそも特別に呼ばれた面接でもなかったし、シロウは少々落ち込みながらも少女の後へ続いた。




