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声なし姫の紡ぐプレア  作者: 焼肉一番


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39. ブーイング

 キーラが用意したスメラフィーズ近くの宿は、スメラフィーズで大量に金を落として行く大事な客をもてなす為の立派な宿であった。窓の向こうにはすぐ近くにスメラフィーズが見える。

 石造りの円形闘技場。はて、こんなに巨大だっただろうか? そう感じたシロウはどうやら少し飲まれているのかも知れなかった。


 明日にはもう、あそこに立っている。


 初めての試合の前日の夜も、同じ様に考えていた。嫌でも楽しみでも時は過ぎる。明日の今頃は結果が出ているのだ。今朝はまだリヴとカミルとあの屋敷に居たのに……。

 いつもなら考えない事を考えている自分に、どうにも神経質になっていると気付いたシロウは「やめた!」と大き目の独り言を言って上等なベッドへ潜り込んだ。柔らか過ぎて眠れないかもと危惧したが要らぬ心配であった。

 さぁ明日は、シリル・ロウエンタールの復帰戦だ。


「……ふぁ……」


 思った以上に良く眠れてしまった事で、昨日の神経質な自分は何だったんだろうと思うシロウだったが、まだだいぶ時間は早そうだ。それなりに昂ってはいるらしい。

 それに、すでに窓の外に見えるスメラフィーズの周りに人が集まり始めている。ざわざわと人が集まる気配がもうここまでやって来るのだ。昨日の今日決まったカードだと言うのに、まだまだシリル・ロウエンタールの名は廃れちゃいないらしい。それは悪名なのであろうが。


「そんなに俺がぶちのめされるところが見たいのかね」


「あら、起きてるじゃない!」


 ノックもなしに部屋のドアが開かれキーラとアゼムが姿を現した。


「よう、おはよ。二人も早いじゃないか」


「ふん! 何だか外からもう熱気が伝わって来るようで寝てられないわよ」


 どうやらそう感じていたのはシロウだけじゃないらしい。


「あんまり人が集まってからスメラフィーズに向かうとうるさいでしょうし、起きてるならもう行くわよ!」


「おう!」


 シロウの力強い返事にキーラは安心した様に頷き、いよいよシロウは一年振りにスメラフィーズへと向かった。

 キーラ達は関係者席へと通され、シロウは戦士の控室へ。今日は他に試合はないらしい。他の戦士の姿はない。対戦相手の控室は建物の対極に作られているので一緒にならないのだ。きっとあちらの控室で対戦相手も一人きり……いや、大勢のスタッフに囲まれてマッサージでも受けている頃か。


 キーラが用意したコスチュームに着替える。キーラの言う様にかなり動きやすく作られている。一緒に渡されたブーツも、これまで使った戦士用シューズより上等だ。もちろんルールに則った上で作られている。それ以外にも王子様よろしく、白い手袋なんかも添えられていたがそれは慣れないので遠慮する事にした。後でキーラに何を言われるか……。


 次は武器だ。

 スメラフィーズで武器を使う場合、スメラフィーズが用意したもの以外は使えない。シロウはいつもスタンダードな片手剣を使っている。斬ると言うよりは叩く様な剣だ。

 握った時にしっくり来る一本を選ぶ。


「良し……」


 納得の一振りを選ぶと、素振りをして軽く汗を流した。大丈夫、調子は良い。


「シリル選手」


 ある程度汗を流し、椅子に座って静かに呼ばれるのを待っているととうとうその時がやってきた。


「はーい」


 シロウはわざと緩い返事を返した。あのシリル・ロウエンタールだぜ? 緊張してるなんて知られたらカッコ悪いだろうが。そんな思いからだった。

 ひんやりとした石作りの通路。カツカツと響く足音。

 ここを歩き切れば、始まる。

 通路の向こう、光の先、何万と言う観客……。 


 ブウゥゥゥゥゥーーーッ!


「うっ?!」


 予想はしていたが、シロウを出迎えたのはかつての大声援ではなく凄まじい勢いの大ブーイングだった。


「すげぇな、俺の嫌われよう……」


 あまりの事にシロウはどこか他人事の様な気分になって来る。

 しみじみと観客席を見回してから闘技場内中央を見ると、そこに一人の男が立っていた。見るからに対戦相手ではない。着飾った、顔の良い男だ。

 一年前には居なかったが、スーパースターを失ったスメラフィーズが廃れない様、パフォーマンスを向上させる目的でエレトが入れた司会者だ。場を煽って盛り上げる。


「さぁ来たぜシリル・ロウエンタールがーっ!! 一年前にスメラフィーズを追い出された偽りの英雄シリル・ロウエンタール! 罪深きこの男がもう一度スメラフィーズのスターになる事は出来るのか?! 俺達でしっかりと見極めようじゃないかぁーっ!!」


 ドッ……! と会場が沸き上がる。


「おっとその前にしっかり宣誓してくれよ~?! 一切魔術、及び魔術の施されたアイテム、薬等を使っていない事をね!」


 こんな事も一年前には言われなかった。


「宣誓~! ドープしませーん! した事もありませーん!」


 宣誓のやり方なんぞ知らないシロウはお手上げの様なポーズでそう言った。最後の一言は余計だったと思うが言っておきたかった。すると会場は……。


 ブウゥゥゥゥゥーーーッ! 


 大ブーイングだ。


「戦神スメラに誓ったな! はいはいみんな、ブーイングはそこまでだ! とくと見せてもらおうじゃないかー!」 


 ドッ……! 今度は大歓声。 


 どうやらこの男は人気者らしい。軽薄そうな男だが舌が良く回り、シロウに向けられていたブーイングがこの男が喋るとちゃんと歓声に変わる。


「お待ちかねーっ! 対戦相手の入場だぜー! みんなビックリするなよー?! シリル・ロウエンタールの相手をするのはなんと……この選手だーっ!」


 さて、一体どんな丁重な覆面を付けての登場かと待ち構えたシロウだったが、反対の入場口から出て来たその選手は一切覆面など付けていなかった。


「え……?」


 意外過ぎるその姿に、シロウから間抜けな声が出てそのまま固まってしまう。

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