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声なし姫の紡ぐプレア  作者: 焼肉一番


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38. 実行フェーズへ

 スメラフィーズと言う言葉にシロウの心臓が高鳴った。

 間違いなく今までで一番大事な戦いになるだろう。気合いを入れなければ……。


 カミルに仕入れてもらった髪染で久し振りに髪を黒く染めた。そしてあの頃と同じ様に短く切る。これもカミルにやってもらったのだが、本当にカミルと言う男は何でも出来る。


「すげぇよマー君、現役時代に通ってた床屋よりカッコ良いくらいだ」


 鏡に映る自分は我ながら良い男で、昔のギラギラしたシリル・ロウエンタールがそこに居た。


「何が現役時代ですか、引退したわけじゃなかろうし、それ以上の事をやってもらわなければ困るんですからね」


 そう言われて苦笑いしているシロウをキーラが回り込んでジロジロ見ると意外にも素直に褒めてくれた。


「な……何よ、だいぶ良い男になったんじゃない?」


「俺の事大好きじゃん」


「調子に乗らないでよっ!!」


 キーラがそう言って怒り出すのは想定内で、予想通り過ぎる反応にシロウは白い歯を見せて笑う。

 そして自信を付けたシロウはリヴの方を向いて反応をみて見るが、その反応にこちらの方がドキリとしてしまうのだった。


「へへ、俺カッコ良い?」


 悟られない様にそう軽口を叩くが、リヴは頬を染めてうっとり頷くのだ。リヴの言いたい事は手に取るように分かるシロウだが、これは誰が見ても……シロウに見惚れている様である。

 と、視界に銀色の何かが迫って咄嗟に上体を反らせてかわした。


「あっぶ……」


 ハラハラと髪が数本空を舞った。カミルのハサミだったのだ。


「ちょっと前髪が長過ぎる気がしたので切ってさし上げようかと」


「いやいやこれで完璧だから大丈夫! てかその勢いで切ったら前髪全部なくなるじゃん! 髪型の印象って前髪命だよ?! 知ってる?!」


 チと舌打ちするカミルを押し退けてキーラがぐいとシロウに何かを突き出した。


「で! なるべく派手にやりたいからこんなのも用意したわよ!」


 突き出されるままにそれを受け取ると、それはどうやら入場用のコスチュームの様だ。

 キーラの趣味なのか、それは戦う男と言うよりは、お城の騎士か、はたまた王子か。赤と白を基調にし、金色のボタンや肩章で華やかに装飾されたコスチュームだった。


「あれからすぐに最高の仕立て屋に大急ぎで作ってもらったんだから、クオリティは保証するわよ」


「おいおい派手過ぎないか?」


 満足そうなキーラには悪いがシロウには自分がこれを着て登場するところが想像出来ない。


「派手にしてんのよ。思いっきり派手にして人を集めるの! まぁシリル・ロウエンタールが復帰するって言ったら勝手に集まるでしょうけど、期待して集まったお客さんが、あれ? シリルってこんなしょぼかった? って思ったら嫌でしょ?」


「別に嫌じゃないけど……。それにこんな格好じゃ戦えないぞ」


「ったくダメね、前にも言ったけどシリルは見た目が地味過ぎる。スターならもっと見た目にも気を遣わなきゃいけないの! それに最高の仕立て屋に頼んだって言ったでしょ? 身体を動かすのに邪魔になる様な事はないから安心しなさい!」


 そんなものかと思ってまたリヴの方を盗み見ると、今度は両手を胸の前で組んで目をキラキラさせている。なるほど、リヴが好きな本に出て来る主人公みたいな格好だからなと納得してシロウはコスチュームを受け入れた。


「さ! じゃ行くわよ、試合は明日なんだから。今からスメラフィーズの近くの宿に泊まって体調を整えておいてちょうだい」


「明日?!」


 急な展開にシロウは息を飲む。


「そうよ? 期限は二週間って言ってあったんだけど早いに越した事ないでしょ?」


 本来対戦カードは一ヶ月以上前には決まっているものなのだが、その辺の常識はキーラには分からないらしい。エレトの方は分かっている筈だが、もう急に試合が決まったからと言って勝敗に影響するとか、そんな繊細な話しではないのが正直なところだ。


 おそらく、エウレスはシロウの対戦相手に貴重なラーナ種のドープ薬を使うだろう。

 シャンゼル領主から資金援助を得る為にどうしてもシリル・ロウエンタールを倒そうとするならば粗悪品のドープ薬では勝てない事は実証済なのである。それにスメラフィーズの代表として出る為にまずは覆面を付けずに出ようとする筈だ。


「ベスの方は万事うまく行ったって報告が入ったんだよな?」


「ええ、ある業者が松葉杖の女性に頼まれたと手紙を持って来てくれました。当日使われる予定のラーナ種と粗悪品のドープ薬をすり替える事に成功した、と」


「当然! うまくやってくれなくっちゃね」


 キーラがニッと口角を上げる。


「これで後はシロウ君が負けなければ良いだけの話し。勝たなくても良いんですがね」


 そう、シロウの仕事は対戦相手の覆面を剥ぎ取って、身体上の変化が出ているであろう戦士を観客の目に晒す事だ。スメラフィーズの代表として出ている戦士を。

 ドープ薬を入れるタイミングは試合直前だろうとの事。会場入りする前に飲んで身体に変化が現れれば覆面ででも出ざるを得ない。逃げれば不戦勝になるし当然シャンゼル領主の投資も受けられないので無茶な量を摂取する可能性も予想出来る。かなり厳しい戦いになるかと思われるがそれだけ覆面を剥いだ時の身体的変化は誰が見ても異常だと分かるだろう。


「じゃ、行ってくる」


 特に準備する物もないのでキーラに急かされるままにシロウは緑の屋敷を後にする。

 リヴにしてみれば一人また一人と危険な場所へ大好きな人を送り出すような気持ちだ。


「安心して待ってろよ」


 そんなリヴに気付いたシロウは正面玄関まで見送りに来ていたリヴの頭をポンポンする。全然安心してる顔にはならなかったが。


「お嬢様の事は任せてさっさと行って下さい。それからその頭ポンポン二度としないで下さいよねっ! まったくちょっと髪整えたくらいでイケメン気取り止めて下さいよ気持ち悪い、怪我させるわけにはいかないんで今回は我慢しますけど」


「はいはい、じゃー! またな!」


 カミルのお小言が長くなりそうだったのでシロウはパッと背中を向けてキーラの馬車に乗り込んだ。


「頼むなアゼム!」


 御者の席に座るアゼムにそう声を掛けた。

 あれからアゼムとは一言も口をきいていなかったし、もちろんお互いに謝罪をするでもない。そして普段からこれくらいの挨拶は当然の様に無視されていたのだが……。


「任せてくれ」


「! ……へへっ」


 ぶっきらぼうにアゼムにそう言われ、馬車の小窓から顔を出し行って来ると明るく手を振るとリヴも手を振り返した。


「傷薬は大量に用意しておきましたよ! エウレス製のをね」


「さすがマー君!」


「さぁ行くわよ、出しなさいアゼム!」


 そうして慌ただしく森の小路に入って行くその馬車を、二人は見えなくなるまで見送ったのだった。

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