37. デジャヴ
「よう」
ベスティアも、キーラもアゼムも居なくなった今、リヴはシロウが部屋に居る時には良く顔を出す様になっていた。シロウに本を読む暇がないのは承知しているので本を勧めに来るわけでもなく、何となく来ては何となく居る。だが今日は手に何か持っている。また本かと思ったがどうやらノートの様だ。
「また何か持って来たな? 何だ? ノートか?」
シロウがそれに触れてやるとリヴは恥ずかしそうにそれを抱き締めた。
「何だよ、見せてくれるんじゃないのか?」
コクリと頷きおずおずとそれを差し出すリヴ。シロウは受け取ってどれどれと早速ページを捲ろうとしたがリヴがパッとその手を上から押さえつけて阻止した。
「……もしかしてこれ……」
シロウがニヤリと笑うとリヴはますます恥ずかしそうな顔をして上から抑える手に力を入れた。
おそらく、シロウに書いてみろと言われるがままに書いたリヴの物語なのだろう。悲し過ぎるセイレーン物語のリヴが考えた結末だ。
「分かった分かった、今は読まない。夜にでも読むから、な?」
自分が書いた物語を目の前で読まれる気持ちは想像出来る。シロウはそう言ってリヴを落ち着かせ、ようやくリヴの手から離させた。
「ハッピーエンドだろうな?」
当然頷くだろうと思ったのだがリヴはぶんぶんと首を横に振った。
「んーんっ」
そして人差し指を自分の唇に押し当てる。
「しっ」
「そうか、読んでからのお楽しみか」
コクン。
そうして、いつもの様になんとなく部屋に居るリヴにシロウはこう言ってやる。
「なぁ、俺は大丈夫だからな」
突然の様だが、シロウはずっとリヴに伝えたかったのだ。ベスティアがエウレスに向かってからずっと不安そうなリヴに、大丈夫だと。
「全部うまく行ってリヴの声もきっとちゃんと出る様になる。俺負けないんだ。何があっても俺は負けないから」
その言葉にリヴはただ頷いた。
自分を奮い立たせる為にこんな言葉を使う人間は多いだろう。戦士なんてほとんどがそうだ。だけどシロウの言葉は、それとは少し違う。
ある時からシロウは本当に、自分は絶対に負けないんだと分かる様になったのだ。
「本当だぞ? そうだ、スメラフィーズのデビュー戦で各上相手と戦った時だったな、圧倒的な力の差があったのに、俺は諦めなかった。見ている方はさぞ往生際の悪い選手だと思った事だろうな。何度倒れても、大量に流血しても、何本骨が折れようとも、俺は諦めなかった。諦めちゃダメだと思ったんだ。勝ちたいって言うよりは絶対に負けられないから、勝つか、どっちかのルール違反でもなけりゃやめられなかった」
シロウが言う事には、自分は強いから負けない……とか、そんな話しではないのだ。
「だからスメラフィーズを追放されるきっかけになったあの試合でも、俺は死の恐怖を感じながら負ける事はないと思ってたんだよな。だからまぁ安心して良いぞ!」
安心して良い、そのつもりで言った事だったが、どうもリヴの顔は曇ってしまった。
「辛くねぇよ」
死ぬかも知れないと思いながら、諦める事が出来ない。シロウは脳天気に話したが考えようによっては辛い事だ。リヴはそう感じた。
そんな顔をさせたかったワケではないのに……。
「俺はカッコ良い俺が好きなんだ! だから負けない! そんだけ!」
ふと、リヴの髪が吹きさらしの窓から入った風に煽られて舞った。光に当たると不思議な色になって綺麗だ。
心配そうな、困り眉毛のリヴに、その周りをキラキラ囲う糸の様に細い髪。
あれ? この感じ前にも……。
シロウは思い出の奥底をくすぐられる様な不思議な感覚を覚えたがそれを捕まえる事は出来なかった。
負けないと気付いたのはスメラフィーズのデビュー戦だ。じゃあ負けなくなったのはいつからだっただろう……?
リヴの顔を見詰めながらそんな事を考えていると、リヴが小首を傾げる。
「ああ、ごめん何でもない」
それから幾日も経たぬうちに、意気揚々とキーラとアゼムがやって来た。豪奢な馬車に乗って。
「来たわよ! スメラフィーズからあんたへの出場依頼!」




