32. 修羅場
聞こえない筈の声が聞こえて来そうな程、リヴの心の中には色々な感情が沸き上がっているし、伝えたい事がたくさんあるのが分かる。大声を出して何かを訴えたい日もあるだろうし、声を上げて泣きたい日だってあれば、歌声を大空に聞かせたい日だってあるだろう。
「だからまぁ結果オーライだ、このままリヴの声が出る様になったら良いな!」
「なん……」
そう言って笑うシロウは少しだけ頼もしく見えてしまう。だがシロウが味方をしてくれたところで状況は何も変わらないとも思うのだが。
「よっし行こう」
シロウは軽快にカミルの寝室へと歩き出す。
「いっ……良い! 下ろしなさい! ここまで来たら逃げないわよ! 土下座する覚悟もある!」
「当たり前だろ? 俺だけやっても仕方ないんだし。単にしんどそうだからこうやってんだよ。そもそも足折れてるんだろ?」
「気合いで歩くからっ!」
「土下座が待ってんだ、気合いはその時に使え!」
大丈夫だから下ろせと腕の中でもがくベスティアを見下げたがやはりその腕にも力がないし、両足首はパンパンに腫れ上がっていたのでそのまま抱える事にした。
ベスティアはずっとモゾモゾと動いて抵抗していたが、カミルの寝室からリヴが出て来るのを確認すると身を固くして縮こまり、シロウの胸に顔を埋めた。
二人を見たリヴは「ん!」と首を傾げる。
「マー君起きたか?」
「ん!」
同じ発声で肯定し、リヴは二人をカミルの寝室へと迎え入れた。元々迎えに行くところだった様だ。
中に入ると……こちらはこちらで色々話しをしていたのか、中の空気は少し熱っぽく、カミルもアゼムも上半身を起こしていた。どうやらまだ進行形の様だ。
「良いわねアゼム? 何でも言葉通りに受け取るんじゃなくて、あたしの言葉だけを信じるのよ? あたしはあなたを無能な奴なんて思ってないんだからね」
意外にもキーラはアゼムを叱らず、真っすぐ言葉を伝えていた。アゼムはすっかり肩を落としていたが、キーラの言葉に少し、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をして頷いている。
カミルの方を見ると、傷だらけの痛々しい顔をこちらに向けていた。表情は……良く分からない。 シロウはベスティアを下ろし、背中をポンと押す。
「申し訳ございませんでした」
ベスティアが屋敷の床に額を付けてそう言ったのを見てすぐにシロウが続く。
「許してやって下さいっ!」
勢い良く頭を下げてゴンと額を床に打ち付けたがそのまま顔は上げない。とにかくその姿勢のまま相手の出方を待つ。それが土下座と言うものだ。
二つの頭の先にはカミルのベッド。その隣りにリヴの足もある。
「……」
カミルは無言のまま二人を見下ろし、リヴはおろおろとカミルと二人を交互に見ては泣き出しそうな顔をしていた。キーラはカミルが何も言わないのでまた一人掛けのソファを見付けてそこに座り、長期戦に備える。
「ベスティアさん……あなたがスパイだったなんて私は腸がどうにかなりそうなんですよ」
ようやく言葉を発したカミルに一体次に何と言うべきか、シロウは少しだけ慎重になったがベスティアが口を開いた。とにかくカミルが何か喋るまでは頭を下げ続けるのだと言っておいたので今だと思ったのだろう。
「返す言葉もございません」
ここまでは、良かった。
「それから……」
何を言う気だと頭を下げたままチラリと隣を見ると、ベスティアはおもむろに顔を上げてあろう事かこう言い放ったのだ。
「お金を貸して下さい」
「なぁっ……?!」
リヴ以外の全員がギョッとした。
「なっ……なっなっなっ、何を言ってるんですかあなたはーっ?!」
特にカミルはそう絶叫して髪を振り乱す。
「私はね! シロウ君がベスティアさんを縛り上げて来ることを予想していたのですよ! 何せ私ガチで殺されかけましたからねぇ! それがまさか二人仲良く入って来て、しかも……金をかせぇぇ~?!?!」
「ゆっ……許してやって下さ……いやごめんマー君! 一旦! 一旦待って?!」
何の相談も無しにいきなりこんな事を言い出したベスティアを咄嗟に庇おうとしたシロウだったがダメだった。
「おいベス! 何言い出してんだよ! ホントに土下座の意味分かってる?! やったら何でも許されるワケじゃねぇからな?!」
「分かってるけど小出しにするより良いかと思って……。あとベスティア、さん」
「今そう言うの良いから! 状況考えてベスティアさん!!」
どこか緊張感のないやりとりを始めた二人の前でガシャンと花瓶が砕け散った。花は活けていない観賞用の高級な花瓶だったが、たまらずベッドから飛び起きたカミルがそこへ叩き付けたのだ。
「誰も待つとは言っていませんからねっ?!」
しまったと再び床へ額を付ける二人だったが、カミルはキーラの座っていた椅子を後ろから抜き去る様に奪って振り上げた。
「いたぁい!」
当然キーラは尻もちを付いて悲鳴を上げたがカミルはお構いなしである。そのまま二人の後頭部を狙いに行った。
「甘んじて受けるかこの極悪人めがあああああー!」
かわす素振りも見せず、額を床に付けたままの二人に怒鳴り散らすカミルだったが、次の瞬間、カミルは高々と持ち上げた椅子をゴトリと背中側へ落としてしまう。カミルの豹変に恐れる事なくリヴが飛び出し、二人の後頭部を両方大事そうに抱えたからだ。
「お嬢様……!」
「バカ! 危ないだろうが!」
シロウはすぐに顔を上げて逆にリヴの頭をすっぽり抱え込んだ。カミルが止まってくれなかったら危なかった。
「お優し過ぎますリヴお嬢様! この女は! お嬢様を危険な目に合せたんですよ?! やっぱり私許せませんキィーーーー!」
自分が殺されそうになった事より、リヴを攫おうとした事をカミルは大いに喚いた。それでもベスティアはずっと額を付けたままだ。リヴに抱えられた時に真っ白な髪の毛が顔に纏わり付いて、それで顔が上げられないのだ。
シロウの腕の中から解放してもらい、そんなベスティアの髪を撫でカミルに目で懇願するリヴ。
「ああお嬢様そんな目で! そんな目で私を見るのは意地悪でございますうぅぅー!」
「落ち着いてくれよマー君!」
「はい! 落ち着いて考えましたが殺す事にしました!」
割れた花瓶、転がった椅子、喚くカミル、飛び出したリヴ、どうにか場を治めようとするが無力なシロウ、動かなくなったベスティアに傍観のアゼム。
「いい加減にしなさいっっっ!!!!」
混沌とした緑の屋敷で、そう言って一瞬でも場を静かにさせたのはキーラであった。




