31. それは最上級の謝罪、あるいは請願の意
「もし、本当にリヴの声が戻るのならエウレスは絶対にリヴが欲しい……。そりゃ何年も掛けてるんだもの当たり前ね」
「リヴの母ちゃんに逃げられた経験を活かし、リヴは強引に攫う事にしたってワケかよ」
「やっぱりクソ野郎ね! あーあ!」
キーラが少し面白い事の様に言う。呆れたのか、一人掛けのソファの背もたれにドサリと体重を預けたかと思ったが、ポンと足を前へ出して立ち上がった。
「アゼムとカミルの様子を見て来るわ。カミルはそろそろ起こしてベスの所業を聞かせてあげましょ。処分をどうするか、カミルの意見を聞かなくちゃね」
プイと部屋を出て行くキーラの後ろ姿と、クソ野郎と罵られたベスティアを交互に見てからリヴもキーラに続いて部屋を出た。どちらも心配なのである。
しかしシロウはベスティアに前のめりだ。
「つまり俺を無職にしたのもエウレス、リヴを攫おうとするのもエウレス、ベスを泣かせるのもエウレス、どう考えても俺達が喧嘩する理由はない。ちょっと一緒に考えようぜ」
「考えるも何も、私はそのエウレスなのよ」
顎を撫でてそう言ったシロウに、終始無気力そうに喋っていたベスティアが早めに突っ込んだ。リヴが居なくなった事で少し話しやすくなったのもあるだろう。
「少しは考えた方が良いぞ? だってリヴなら乱暴な事しなくてもエウレスに行ってくれたかもって俺は思う」
シロウはそっとベスティアに耳打ちする。こんな事になっても、リヴのベスティアを見る目は暖かかった。騙して連れ去るなり、真実を言って同情を引くなり、どちらにせよベスティアはリヴの信頼を得ていた様に思う。ベスティア自身はその事に鈍感だったのかも知れないが傍から見れば明らかなのだ。
「意外ねシロ……。人の善意を利用する様な、そんな卑劣な考え方をする人だったなんて」
リヴを攫おうとした張本人から心底軽蔑した様な言い方をされてシロウは少し笑い、こう続けた。ベスティアを殺す事なんて到底出来ない。シロウが思うにもう十分リヴに情の湧いているベスティアだ。かと言って逃がす事も出来ない。ならば選択肢は一つだ。
「一緒にエウレスをぶっ潰すぞ」
「……ふっ」
シロウ的にはこれしかないがベスティアは何をバカなと笑った。シロウはエウレスと喧嘩しようと言っているのだ。
「出来たら爽快かもね。でもどうやってエウレスと言う巨大組織を潰すの? やっぱり上の人間を殺すとかかしら」
冗談めいてはいたがベスティアが少しだけ具体的な事を口にする。
「俺人殺した事ないぞ」
シロウはそれに真顔で返す。もちろんあえての冗談だ。
「私だってない」
それがふざけた返答だと気付いていないのか、ベスティアも真顔で返す。
「さっき俺に殺してやるとか言ったじゃないか。マー君だって死んでてもおかしくなかった」
「正直イキったわ。カミルも生きててくれて良かったと思ってる。シロやれる?」
「自信ないな。半殺しくらいなら出来ると思うけど」
「中途半端が一番よくない。仕返しされるわ」
「じゃーどうするんだよ」
「……」
冗談とも本気ともつかない小気味良いやりとりが途絶えしばらく沈黙が続いた。ベスティアはどうやったらエウレスにひと泡吹かせられるのかと考えを巡らせている自分に驚く。
「殺すとかじゃなくて……もっと別の方法……シロの戦闘力と、お金がたくさんあれば……」
良くまとまっていないし、ぼんやりと思い付いたそれはあまり現実味がなかったがベスティアはぽそりとそう言った。
「何か作戦思い付いたのか?! 俺なら誰にも負けないし、金はカミルがいっぱい用意出来るんじゃね?! キーラも居るし!」
また短絡的な事を言うシロウ。
本当はシロウだって簡単な事と思っているわけではない。だけどベスティアにはそう思ってもらいたいのだ。
「それが良い作戦かどうかは置いておいて……こんな髪の私を見たら、カミルは……何て言うかしらね」
自分の髪を忌々しそうに掴んで見詰めるベスティアにシロウは狼狽えなかった。それどころか、どこか自信に満ちた表情でこう言ったのである。
「……土下座……って、知ってるか?」
「えっ」
土下座。それは最上級の謝罪、あるいは請願の意を表す行為である。
地べたに両膝と両手を付け、さらに額も地に付くまで伏せる。地域によっては通用しないが、このシャンゼル領周辺の地域では広く知られる行為だ。
そしてそれはプライドを捨てた、屈辱的な行為だとされる場合も多い。なりふり構わず相手の許しを請うのだから出来ればしたくないと思うのが一般的だ。
「謝って許してもらえって言うの……?」
そう言ったベスティアの肩にポンと手を置いてシロウが歯を見せて笑う。
「一緒にやってやるから! な!」
「ふっ……シロが一緒でも、何の効果もなさそうよ」
さっきまでの自虐的な笑いとは違う笑みを見せるベスティアを見てシロウは今だとばかりにベスティを強引に立ち上がらせ、そのままひょいと抱えた。
「きゃぁっ!」
「まぁ心配すんな! リヴの笑い声を取り戻してくれた功績により俺が絶対味方してやるから! リヴの母ちゃんのプレアがドープ薬作るのに加担してた事とリヴは関係ないんだからよ!」




