30. プレア
「セイレーン物語の魔女が姫の声を奪ったのって……」
「声に強大な魔力が秘められていたからよね」
シロウとキーラが顔を見合わせる。
セイレーンの声に秘められた魔力。ドープ薬の精製に成功したエウレス。二つの話しが、二人の中でハマってしまった。
「その通りです」
何も言ってはいないが、悟ったと見てベスティアが言う。
「ドープ薬を作るのには、セイレーンの声が必要……。エウレスがリヴお嬢様を攫ってでも手に入れたいのはそう言う事です」
セイレーンが絶滅したとされる今、本当にそんな事が可能なら他には真似の出来ない唯一無二の薬が作れる事になる。いずれそれはスメラフィーズとの取引に留まらない、世界的な組織になる可能性だってあるだろう。
しかし、リヴには声がない。
「なるほど。それでエウレスが作ったコエガデールみたいな薬をリヴに飲ませる為にベスは屋敷に潜入したわけか」
「ふぁっ?!」
声が出ない事を差し引いても、会話の流れに付いて行けてなかったリヴが小さく叫んだ。ずっと空を見て話していたベスティアがリヴに視線を合わせてからそれを肯定する。
「ええ。言われるままに。言われる量を」
この屋敷の食事を作っていたベスティアには簡単な仕事だったろう。
「あ……う!!」
「……分かりませんよ」
リヴが何かを訴えているのを、ベスが冷たく引き離す。
「言われるままに言われる量を……か。そんな風にやってたら口論にもならないと思うけど?」
「何の話しよ」
初めてベスティアにあった日、ベスティアは誰かと言い争っていた。休みの日にわざわざ早馬で街まで出ていたのはエウレスへの報告、新しい薬の受け渡し等の為だったのだろう。
「まぁだいたい分かったわよ。主にエウレスがクソ野郎だって事がね。ラーナに逃げられて、そのまま死なれちゃったから代わりをリヴにやってもらおうってワケよね。薬で無理やり声を出させて、ようやく兆しが見えたから攫う事にして、ところが間抜けな事にシリル・ロウエンタールを雇ってしまっていた。だからアゼムを騙してシリルを引き離したけど、それでもシリルは負けなった」
「想定外はカミルもでしたけど……。クソ野郎、かつ間抜けで間違いありません」
「たぶんラーナも間抜けだったんでしょうね」
「ラーナ様がエウレスで薬の研究に協力していたのは、それが人々を救う為の薬と信じていたからだそうです。だから真実を知った時、すぐにラーナ様はエウレスを逃げ出し……」
「うちへ来ちゃったんだ? あのバカ親父、たぶん何の事情も聞かずに受け入れたんでしょうね」
「どうでしょう? 世間からラーナ様を隠す様に辺鄙な屋敷へ住まわせて居たところを見るとエウレスに気付かれぬ為だったのかも知れません。お陰でエウレスが逃げ出したラーナ様の消息を知ったのはラーナ様の死後」
どうだかと肩を竦めるキーラ。
「まだ娘が居るかと思えば緑の屋敷の声なし姫だったってわけだ」
「カミルは事情を知っていたのでしょう。あえてこの噂が街まで届くよう動いていた様に感じます。ここへ通う業者、たまの休みに出掛ける飲み屋、リヴお嬢様の声は出ないと触れ回っていました。例えエウレスにお嬢様の所在が分かられたとしても大丈夫なように」
わざわざリヴの声が出ないと広めるのは、カミルにとっていかなる心情であっただろうか。だがリヴを危険に晒さないと言うのはカミルにとって何より大切な事だったのである。それはしっかりと効果を得て、「緑の屋敷の声無し姫」等と、街で噂される様になったのだ。
「せっかく欠陥品だって教えてやってたのにわざわざスパイを送り込むなんてエウレスもしぶといのね」
「おい」
「何よ?」
酷い言い方に聞こえたのでキーラを窘めたが本人にまったく悪気はないらしい。リヴはまだ状況が飲み込めていない様な顔をしているがこの件に関しては気にしていない。
「な……何でもない」
「それにしても何で欠陥品なのかしらね? 子供の頃は出てたのに途中で魔力を手放すなんて間抜け過ぎない?」
「だからおい!」
「だから何?!」
「ああうっ!」
声を荒げる二人を止める様にリヴが声を絞り出す。言葉にはならなくとも、やはり声を発する事が出来ると言うのはだいぶ違う。しかし二人を静かにさせたのはベスティアの言葉だった。
「これはエウレス側の見解ですが、リヴお嬢様の声を奪ったのはおそらくラーナ様です」
「え?」
シロウが聞き返すと、リヴがネグリジェをキュと掴んだのが横目で見えた。
「じゃあ……欠陥品でも何でもなく、敢えてラーナがそう願ったってのか……?」
「あくまで勝手な見解ですが、ラーナ様の性質を考えると二度とセイレーンの魔力が正しくない事に使われない様、亡くなる前……リヴお嬢様が六歳になる頃に声を封じる呪い(まじない)を掛けたのではと」
「呪い?」
「願いの言葉に魔力を乗せて発する……これが、プレアと呼ばれるセイレーンの魔術です」
「プレア……」
プレア。
それは炎を操るわけでも、大地を揺らすわけでもない。しかし正しく行使しなければ最恐の魔術になりえる。
「何よそれ。それですべてが叶うの?」
「どこまで影響出来るか知りませんが声を奪うくらいは出来そうです」
「奪うくらいって……」
では命も奪えるのではないか。そんなつもりはなくとも、カッとなって吐いた暴言で死なせてしまう事はないのか。そう考えるととても恐ろしい。
ラーナが自分の死期を悟っていたならば、一緒に居て見ていられないならいっそと、声を封じた気持ちも理解出来る。
「リヴお嬢様の声が出ない原因がプレアと仮定して、エウレスはそれに対抗できる薬を考えて来たのよ。何年経っても効果は現れなかったのに急に変化が見えた。薬のせいか、月日がそうさせたのかは正直分からない」
リヴが自分の喉元を指先でそっと撫でた。そこにラーナの想いが詰まっているのだ。しかしそれがなくなる兆しが見える。




