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声なし姫の紡ぐプレア  作者: 焼肉一番


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3. ピンクのリボン

 募集主はシャンゼル領内タンディエン地区主。勤務地のお屋敷はこのシャンゼル領の僻地の様だ。


「幾度となく貼り出してるけど誰も決まらないわ。お陰で仕事が追い付かないのよ」 


「あ……、でも、よ、俺……」


 もしこんな仕事が出来たら最高だろう。

 この街から遠く離れたところで住み込みとなれば、こんな埃だらけのフードを被る必要もない。

 だが青年はそのフードを後ろへ跳ね上げ、自分の顔が良く分かる様にと少女を正面から見据えた。

 現れたのは、薄汚れてはいるものの健康そうな、感じの良い青年だ。垂れさがった目じりが人懐こそうな印象を与えるが、碧い瞳は気高い美しさも感じる。

 青年は受け取った求人チラシをキュっと握り、まるで判決を待つ様に少女の反応を伺った。


「そうねぇ、切るお金もないんでしょうからこれ使ったら?」


 少女はそう言うと、今度はカバンからリボンを取り出してそれを青年に渡した。肩まで伸びた不潔そうな髪をまとめろと言うのだ。


「良いのか? 俺が行っても」


 その反応が意外だった青年はそっとリボンを受け取り、そう言ってはまた反応を伺った。


「チラシをあげただけよ? ただまぁ……ちょっとあの男が鬱陶しかったのは事実だからほんの少しのチャンスとそのリボンをあげるわ。どうせ受からないだろうから暇だったらで良いけど、せいぜい身綺麗にして来るのね」


 そう言うと黒髪の華奢な少女は足早に去って行った。青年はその背中を見送り、もう一度そのチラシとリボンを確認する。リボンの色は……ピンクだ。


「身綺麗に……」


 それから洗濯に使われる公共の洗い場を見つけると、誰も居ないのを見計い、落ちていた洗剤で服も身体も洗う。誰かに見られたら厄介だと手早く済ませているとふと、聞き覚えのある声が聞えた。


「シ……!」


「……?」


 声のした方を見ると褐色の肌の大きな男が両手で口を押さえている。


「……シロウ」


 大声で名前を呼ぶ事が憚られた様で、青年と目が合うと彼は緩く微笑みんだ。


「エレさん!」


 シロウと呼ばれた青年は嬉しそうに駆け寄ったが男は気まずそうに頭を掻いた。シロウには彼がこんな表情になる意味も良く分かっている。


「久し振りだ!」


 シロウよりも一回りも大きいその男はエレト・エルディ。

 恵まれたその体格を見れば誰でも彼がスメラフィーズの戦士なのだと思うだろう。

 だが、正確には元・戦士である。まだまだ老いてはいない。三十そこそこであるが、怪我もなく全盛期を終えられる戦士は少ないと言う事だ。


「ああ、ずっと連絡も出来なくて悪いな」


「ははっ、仕方ねぇよ! アパートだって追い出されてんだ、どうやって連絡したら良いか分かんねぇだろ」


「まぁそうだが……すまねぇ、あれから何も……」


「エレさんエレさん!」


 エレトが暗い顔をするのでシロウは明るい声でそう呼び掛けた。


「偶然エレさんに会えて俺嬉しいんだからそんな顔しないでくれよ。それに俺、働き口が見つかるかも知れない」


「働き口……? そ、そうか!」


 エレトの申し訳なさそうな顔がパッと明るくなる。


「もともと俺は何で稼いでも生きて行けりゃいいんだ。ただ働き口がなかったからエレさんをあてにしちまってただけで」


「お前ならどこででもうまくやっていけるさ! 良かった! 良かったなぁ!」


 エレトがあんまり手放しに喜ぶのでシロウは少し慎重になってこう続けた。


「でも……仕事紹介してくれた奴、俺の顔はちゃんと見たと思うんだけど名前も聞かずに行っちまったんだよな。人手がなくて困ってはいるみたいだったけど……面接は別の奴だし、そこで名前言ったら終わりの可能性もあるよなぁ」


「そりゃお前馬鹿正直に名前言わなきゃ良いだろ!」


「えっ?」


 シロウに働き口が見つかるかも知れないと聞いたエレトはそのテンションをなんら落とす事なく、シロウのネガティブな考えを乱暴な提案で一蹴した。


「今や見る影もねぇんだ!」


「え……エレさん?!」


 悲しいがもっともだと、シロウは肩まで伸びてしまった頭髪を掴んだ。切る金も、当然染める金もないからこれだけでも別人に見えるかも知れない。

 金になりそうな服や装飾品も売ってしまったし、一年前に比べたら確かに見る影もない程質素な格好だ。遠くのお屋敷で働いているであろうあの黒髪の華奢な少女は本当に自分の事を知らなかったのかも知れない。


「でも名前言わなかったら何て言えば良いんだ?」


「適当な偽名を言うんだよ。シロウで良いじゃないか」


「いやこれは愛称だから! 偽名とか人聞きの悪い言い方しないでくれよ」


「ああ、ちょうど良いぞシロウ。罪悪感があるなら間違えて愛称を言ってしまったバカになれば良いんだ」


「なるほど……? それなら嘘は言ってないな?」


「ああ! 嘘は言ってない!」


 エレトの表情がずっと明るい。久し振りにエレトのこんな表情を見たシロウはこの人に心配を掛けてはいけないんだと思う。


「……まぁ、やれるだけやってみるよ」


「エレト!」


 少し離れたところからエレトを呼ぶ声が聞えた。どうやら仕事の途中らしい。


「ああ、ほら、忙しいんだろ! 行ってくれ!」


 本当はもう少し話しをしていたいが、そうも言っていられないのだ。恩人であるエレトにほんの一瞬でも会えた、この偶然で満足しなければ。 


「悪い! 頑張れよ! 応援してるからな!」


「ああ!」


 そう言ってシロウは忙しなく去って行くエレトの背中を見送った。

 何だか少しおじさんになった様にも見えたがやっぱりエレトはシロウの憧れであり恩人である。この一瞬でパワーをもらえた気がするのだ。


「よーし!」


 彼を安心させる為にもまずはちゃんとした生活を手に入れよう。

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