29. エウレス
「で? 一体どんな話しを聞かせてくれるんだ?」
「こっちから聞きたい事を聞いた方が手っ取り早いんじゃない? そもそも、あんた何者なのよ」
「エウレス」
聞かれた事に、ベスティアは単語で答えた。
それは説明不要の、シャンゼルの巨大組織である。
「前職じゃ良く聞いたな」
「そうね、戦士なんてやってれば怪我も多いでしょうし、薬とは縁が深い。あんたみたいな戦い方してれば尚更でしょ」
それはある薬屋だ。ここ数年で多角展開し大きな組織になった。薬と言えば山で採れた薬草や庭で育てたハーブを調合し、個人で売るのが通常だったのだがその当たり前を覆した唯一の存在と言える。今では薬と言えばエウレスだ。
「随分大きな組織になったけど……、まさかいけない薬を作っていたなんてね。そのいけない薬を使うとしたら……もちろんスメラフィーズ……か」
「あっ! おい! 確かにエウレスには世話になったけど俺はドープなんか買ってないぞ!」
キーラからの視線を感じてシロウは猛然と抗議する。
「……そうなのかもね」
意外とあっさりそう言ってくれたキーラにシロウは肩透かしをくらう。今までいくらやってないと言っても裏切者の犯罪者だと聞く耳を持ってくれなかったのに。
「ず……ずいぶん素直に信じてくれるじゃないか」
「まぁね。シリルの対戦相手が覆面を付けていた理由が分かっちゃったかも知れないと思ってね……」
そう言って険しい顔を見せるキーラ。
「え?」
ピンと来ていないシロウにベスティアが言ってやる。
「キーラお嬢様のご推察の通り。エウレスはドープ出来る薬、ドープ薬を作りスメラフィーズと繋がりました。しかし、ドープするとこの様に身体に変化が現れてしまう。それを隠す必要がありました」
「え? ん? ああっ?! いつだったかマー君が言ってた……誰かがスメラフィーズにドープを提供して賭博の結果を操ったんじゃないかって……! 思い通りに行かないから俺を追放したんじゃないかって……! あれがマジだったって事か?!」
「賭博の件は直接関わっていなかったから分からないけど、そうやってエウレスが資金を増やしていたのは事実……」
「ほら言っただろう! 俺はやってないって!!」
まさかこんな形で自分の無実が証明されると思っていなかったシロウは興奮してキーラを責めた。
「ええ、よくもシリル・ロウエンタールに濡れ衣を着せて追い出してくれたわね! 実際は薬の出来よりもインチキ賭博で大きくなって行ったって事でしょ?! 許せない!」
「へっ?」
一言謝れと言ってやろうとしたが何故かキーラの方が熱くなっている。
「あまりにも理不尽よ!」
ダンッ! と床を踏み鳴らして悔しさを爆発させるキーラにシロウの方が冷静になる。
「あ、いやまぁ悔しいよ? 悔しいけども、俺ぁ別に生きていければどんな仕事でも拘りないって言うか……」
「はぁっ?! そんな事言ってるからシリルはダメなのよ! シリル・ロウエンタールの代わりは絶対出て来ないんだから自分の希少性をもっと大事にしなさい!」
俺の事大好きだな。いつか言った言葉をもう一度口に出しそうになって飲み込んだ。
「庭師の仕事も向いてる気がするし! と、とにかく一旦それは置いておこうぜ?」
そう言われキーラは鼻息を荒くしながら一度深呼吸をする。
「ふんっ! まさか本当にドープ出来る薬を作れたって事も驚きね。よっぽど優秀な薬師でも居るのかしら」
ドープや魔術の使用の禁忌は定められているが、まだ魔術を操る者が居た時代からの名残であり、実際は意味のないルールだと思われていた。
それだけにシロウのドープによるスメラフィーズの追放はかなりセンセーショナルであったし、ドープの方法も伏せられていた為、シロウが古の魔族の生き残りだ等との噂も広まったものだ。
「その優秀なエウレスさんが、こんな辺鄙な土地の声なし姫に何の用だったってのよ」
キーラの喜怒哀楽に付き合っていたらキリがないと訓練されているのか、それともそんな元気もないのか、ベスティアは無表情のまま話しを続けた。
「セイレーン物語はご存知ですか?」
まずはそう言うと、バカにするなとばかりにキーラがすぐに答えた。
「ド定番の児童文学でしょ」
「はい、セイレーンが絶滅したとされ長い年月が経った今や、セイレーンそのものがおとぎ話の様な扱いを受けています。ですがセイレーンは実在した種族です。そしてセイレーン物語に出て来る内容は、実はとても現実に近い」
シロウもその本はリヴに借りて読んだので知っている。だがどの辺りが現実に近いと言うのだろうか。海で暮らすセイレーンの姫が声の代わりに足を貰い、陸の上の王子様に失恋して死ぬと言う、救いのない話だった筈だ。
「極端に男が生まれにくい種族のセイレーンはいつしか海から陸に上がり、他種族と交わったと言います。そしてリヴお嬢様のお母上、ラーナ様は、陸に上がったセイレーンの血を引いていました」
「えっ?!」
セイレーンが実在した種族だと言う事は知識では分かるが、まさか身近に迫るものだとは思ってもいなかった。シロウは思わず大きな声を上げたがキーラは冷静を保ったまま鋭い質問を返す。
「と、言う事はリヴも?」
「そうです」
「えっ! だっ……だけど、見た目には何も変わらないよな……?」
シロウがそう言ってリヴを見ると、リヴは特に驚いた顔はしていなかった。この事実がまだ信じられないのか、それともすでにこの事を知っていたのか。
「そうね。でも陸に上がったセイレーンと人とを身体的特徴で見分ける事は出来ない。違うのは……声」
――声。
リヴにはその声がない。




