28. お手柄?
「なんでシリル・ロウエンタールがこんな辺鄙なとこに居るのよ……」
「お前が誘ってくれたんだろ」
「……」
それはほんの気紛れだった。どうせ雇われる事なんてないだろうと思ってた。だけど確かにキッカケはベスティア自身だ。
「俺が困ってたから助けてくれたんだろ」
「首突っ込んで来たのはシロよ。私は……庭の手入れをしたくない一心、で……!」
突然わああっ、と糸が切れた様にベスティアが泣き出しシロウは眉を下げた。
あのベスティアが泣いている。いつも無表情で、笑った顔なんてついぞ見た事もなかったが、泣き顔だって見た事がない。胸に生まれた黒い物は晴れる筈もないが、ベスティアが泣いているのだ。
「何が悲しいのか、教えろよ」
「シロが私に余裕ぶる」
「余裕じゃない! めちゃくちゃ痛かったし心も傷付いてるからな!」
「だったら言いたい事を言えば良い! 悲しい事を教えろ? 知りたいのは何の目的でこんな事したのかでしょっ!」
「同じだろうが!」
ベスティアの悲しさの原因を知れば、きっとこんな事をした理由も分かる。しかし本人がそう言うなら言い方を変えてやろう。
「なんで妙な薬まで使ってリヴを攫おうとした?! リヴに何がある?! ここで長い間メイドしてたのもこの日の為か?!」
シロウの声を遮るボリュームでベスティアが大声を出した。
「そんな筈ないでしょう?!」
それを聞いてシロウはホッとした。そんな筈ない。リヴの好きな花が何色か分かるくらいリヴの隣りに居たのは嘘じゃない。こうしなければならない理由があったのだ。それならどうにか味方してやれるかも知れない。そう思った。
「なら……!」
「良く分からない薬をリヴお嬢様にずっと飲ませてたのよ! リヴお嬢様の声が出る様、指示された薬を大量に! リヴお嬢様に飲ませ続けていた! 私はその為にここに潜り込んだのよ!」
ほとんどヒステリーみたいに、ベスティアは自分の罪をぶちまけた。いくら普段が冷静沈着でも、結局は年若い少女だ。自分ではもうどうしようもな感情がベスティアの中で渦巻いて、それを吐き出さないと壊れてしまうかの様に。
「ここへ来てようやく変化が現れたから次の作戦に移ったのよ!!」
「何だよそれ……」
「酷いでしょ!? 原因不明の高熱に犯された事もあるけどきっと薬のせいよ! あんなに痩せているのももしかしたらそうかも! 私は私の仕事を全うする為にずっとこの屋敷の人間を欺き……!」
「待て!」
シロウはおもむろにベスティアの口を手のひらで上から押さえ付けて強引に自分を責めるのを止めさせた。
「何するのよ!」
その強引さにベスティアはパンとその腕を弾くと、投げ出していた身体を起こした。
「つまりリヴの笑い声が出たのは……一言だけでも発する事が出来る様になったのは……、その薬のお陰って事か?!」
シロウが真剣な顔でそうベスティアを問い詰める。お陰……とは、本来悪い意味では使わない。
「お……おそらく?」
「すげぇ!! お手柄じゃないか!」
シロウは大きく笑って力任せにベスティアの両手を握り締めた。
「いたっ……!」
「あ、ごめん! でもさ、ちょっと強い薬だったのかも知れないけどずっと出なかったリヴの声が出る様になったなんて凄いじゃないか!」
どうやらベスティアを励まそうとして言っている事とも思えない。
「馬鹿ね、私がどこの人間で、リヴお嬢様の声を出させて何をするつもりかも知らないで……」
「ははっ! それもそうか! でも! それでもリヴの声が出た事は事実だろ? ドープする薬作ったり声出す薬作ったり、ベスって何屋なんだよ? 薬屋?」
「面白そうな話ししてるじゃない?!」
戦闘の気配がなくなったので様子を伺っていたキーラがシロウのデカい声に反応して屋敷から顔を出した。
「あたしにも詳しく聞かせてよ。でもその前に……アゼムはどこ?!」
「あっ」
すっかり忘れていた声を漏らし、シロウはベタに頭を掻いた。
「俺運んで来るから……待ってて」
ベスティアをここに置いて行こうとするシロウの行為に眉を顰めたキーラだったが、ベスティアの様子を見てそれを許した。到底もう一度リヴを攫おうとする気は感じられなかったし、変に曲がった足首を見て物理的にも無理だと思ったからだ。
「酷いなりね。その髪も。眼も」
シロウが行った後、退屈になったキーラがそう言って見下ろすとベスティアは表情を変えずに言った。
「アゼムも同じなりになっています」
「なっ……?!」
血が上りやすいキーラはつかつかとベスティアに歩み寄りパンとその頬を張る。ベスティアは甘んじてそれを受けた。
「一体何を言って何をさせたのよ!」
「……もし私があなたなら、キーラお嬢様の為に何が何でもあの犯罪者をここから追い出すと。例え勝てなくても、自分の為に戦ったあなたをキーラおじょうさまは憎からず思うでしょう。そう言ったら喜んでドープしたわ。本当に愚かな男」
「……!」
もう一度腕を振り上げて、キーラはグッと堪えた。
「あんたの為になるから殴るのはもう止めておく」
「別に罰が欲しくて酷い言い方をしたのではありません。事実を……」
「おーい! どこ寝かせるー?!」
シロウが自分よりも大きなアゼムを、いわゆるお姫様抱っこの状態で連れて来た。聞いた通り、アゼムの真っ白な髪を目の当たりにして奥歯を噛んでからキーラはベスティアを強引に立たせて言った。
「とりあえず二階に運んで! あんたも来るのよ」
「うっ……」
ベスティアの足の状況を見て、キーラは不本意だが肩を貸す事にした様だ。
シロウは後に続き、二階の、カミルの寝室のソファにアゼムを寝かせた。ベッドにはカミル。リヴはカミルの傍に座り、腫れあがった顔を冷やしてやっていた。
「アゼムの事も見てやっててくれ。それからこれ」
庭に落ちていた笛を渡してやると、リヴは掌の上の笛にポタリと涙を落とす。
「大丈夫だ、ちょっと色々事情聞いて来る。隣りの部屋にいるから何かあったらまたこれで呼ぶんだぞ」
「んっ」
リヴはついとシロウの服の端を摘まみ自分も行くと訴えた。カミルもアゼムも苦しんでいる様子はなく落ち着いて眠っている様だ。
「分かったよ」
そうして、話しを聞いた結果殺すかも知れないけどとキーラに前置きされつつも、ベスティアは折れた足の処置を受けソファで足を伸ばす事を許された。
そんなベスティアの周りに集まる様にシロウとリヴが立ち、キーラはいつもの一人掛けのソファに座る。




