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声なし姫の紡ぐプレア  作者: 焼肉一番


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26. ベスティアと薬

「あーーっ!!」


 少し離れたところでリヴがか細い声を上げる。


「何してるのアゼム! 早く来て!!!」


 キーラは玄関扉にしがみ付く様にしてそう叫んだ。アゼムがどこで何をしているのか把握していない。


「ベス!!!!」


 シロウが叫ぶとベスティアはピクリと肩を震わせてこちらを振り返った。


「な……」


 こちらに駆け寄るシロウを見てベスは表情を強張らせたようだ。


「何やってんだ!!」


 ベスティアはパッとリヴの方へ走り寄り、勢いのまま乱暴に腰の辺りを捕まえた。すでに何度かもみ合った後なのか、リヴの首に笛は掛っておらず引きちぎられた様に紐だけがぶら下がっている。


「ああうっ」


 ベスティアはその小さな身体でリヴを抱え肩に乗せると、そのまま走り出そうと少し腰を落とす。リヴを連れ去ろうと言うのか。身体が重くてなかなか距離が詰められない。


「クソッ……! 待っ……」


「うおあああああ!!!」


 まさに走り出さんとするベスティアの足を這いつくばりながら必死で掴んだのは、強烈なダメージを受けた筈のカミルだった。


「マー君!?」


 信じられない。あの高さから、あの勢いで、あの角度で、何一つ無事でいられる要素はない。


「チィッ……! このっ……! このぉーっっ!!」


 ベスティアはしがみ付かれていない方の足でカミルを踏み付けるが、カミルは決して放そうとしなかった。


「ベス! やめろ!」


 迫るシロウから距離を取りたいのか、ベスティアはリヴを諦めて手放し、ザッと後方へ飛んだ。


「お嬢様……大、丈夫……です、か……?」


「あーっ、あああーっ!」


 立ち上がれないままのカミルがリヴの身を案じるがリヴに怪我はなさそうだ。懸命にこくこくと頷いて自分の無事をアピールしたリヴが、一体どこに触れて良いものかとボロボロのカミルに狼狽えている。


「何のつもりなんだよベス……」


 ベスティアの顔を月光が照らしたが、すぐに雲が月を覆ってしまう。表情が良く分からない。


「……マー君下手したら死ん……」


 急に距離を詰められ放たれた手刀に反応してシロウが首だけを動かしてかわした。


「死んでたぞ」


 ベスティアから感じる明白な敵意に傷付きながらもシロウは何故だか冷静だった。


「惜しかったわ」


 そう言ってベスティアはエプロンのポケットから錠剤の入った瓶を取り出して蓋を開けると、手のひらに移してそれを何錠か飲み込んだ。


「……ふっ!」


 瓶を投げ捨て、ベスティアがシロウに手刀を繰り出す。同じ様に首だけでかわしたシロウだが、繰り返される攻撃にたまらず身体ごと後退した。


「クソッ……」


「アゼム……! どこなのよ……!!」


 ほとんど悲鳴の様なキーラの声にシロウが後退しながら叫ぶ。


「アゼムは戦闘不能だが無事だ! マー君を屋敷へ運んで手当てしくれ!」


 距離を取られる事を嫌ったベスティアが追い掛けて的確に急所を狙い続ける。そしてそれはだんだんスピードも威力も上がって行くように感じた。

 だが実際は違う。シロウのスピードが落ちて来ているのだ。


「もう……、何がどうなってんの、行くわよリヴ!」


 アゼムの無事を聞いて少し冷静になったのか、ここにいては危険が及ぶと思ったキーラはシロウの指示通りリヴと一緒にカミルを屋敷内へと誘導した。カミルがどうにか這いずって中へ入るのをベスティアの攻撃かわしながら見届ける。


「何でだよベス!」


「ベスティア……さんっ!!」


 とうとうそれはシロウの頬を掠め、そこからわずかばかり血を流させる。


「このっ……!」


 シロウは素早く頬を掠めた手刀を捕まえた。その事にベスティアは驚いて目を見開いたが今度はシロウの脇腹目掛けて蹴りを放つ。が、それももう片方の手で防がれた。

 片手と片足を捕まえられ、鼻先にお互いの顔がある。シロウはこのまま額をぶつけてやろうと思ったが、雲が流れて月明かりに見えたベスティアの顔に躊躇した。

 隙と見たベスティアが強引に身体を捻じってシロウに捕まれていた手足を解くと地面を蹴って大きく後退し、先程瓶を投げ捨てところまで戻った。


「何でそんなに動けるのよ……」


 忌々しそうにそう言って足元に転がったままの瓶を蹴り上げて掴むと、蓋の開いたままの瓶から直接流し込む様に錠剤を飲み込むベスティア。空になった瓶がまた地面に落とされると、ベスティアは苦し気に肩を上下させた。


「はぁっ……、はぁっ……!」


「何飲んだんだよ……」


 様子のおかしいベスティアに、知らずシロウの足は一歩後退していた。


「はぁっ……あ……あ、ああ……!」


 自分で自分を抱きしめる様な仕草で蹲り、もう一度顔を上げたベスティアの口元からはだらりと涎が垂れていた。そして黒い筈のベスティアの瞳はまるで塗った様な不自然な赤に変わり、髪は一瞬にして真っ白になっているではないか。そう、アゼムのそれと同じ様に。

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