25. ミョルニル
タンッと地面を蹴ってまたこちらから仕掛ける。捕まえるのは困難だ、とにかく手を出してすぐに距離を取る。一撃で仕留める様な攻撃ではなく細かく、でも同じ場所を狙う様にした。
それで多少の攻撃は当たったが覆面男にダメージはない。
「あぶっ……!」
だがこちらがもらえば一撃で致命傷になるだろう。攻撃の合間に強烈な一撃が度々風を切ってはシロウの肝を冷やす。
その一撃が樹木の枝を吹き飛ばしたのをシロウは空中で捕まえ、それを振り回した。素手で戦うより枝でもあった方が体が慣れているのである。
バァン……!
しかしそれもあっという間に破壊される。空を舞う木片の向こうで覆面男と目が合った。
殺気にまみれているのか、無感情なのか、はたまた笑っているのか……。
「この野郎……」
想像したら猛烈に腹が立った。
「この野郎!」
先程やられた事をやり返す様に、シロウは覆面男の顔面に手を伸ばしこめかみ辺りを掴んだ。当然抵抗されたが意地でも離さない。その腕を引き剥がそうと覆面男が両腕でシロウの腕をギリリと締め上げたがそれでも離さない。
「誰なんだよてめぇ!」
言いながらシロウは顔面を捉えた手を少し放し、覆面だけを掴んで次の瞬間にむしり取ってやった。スメラフィーズでの戦いなら覆面選手の覆面に手を掛ける事はマナー違反、暗黙の了解でやってはいけない行為だが今は関係ない。
「……!」
ビリリと布が切り裂かれる音がして覆面は破れ、そうして現れた覆面の下の男は、笑ってなどいなかった。
「えっ……」
覆面男はすぐに離れたが、その瞳は笑いとは対極の色を浮かべていたのである。
「お前……」
呆然と呟いて、どうにかこの状況を理解する。あり得ないとは思いながら、シロウはその男の名を呼んだ。
「アゼム??」
ランタンで照らされたその顔は間違いなくアゼムなのだ。
だが……違う。
髪も真っ白だし、瞳はまるで偽物みたいな真っ赤な色をして怪しく光っていた。
暗がりのせいで良く見えないにしても、あの黒髪が真っ白に見える事はないだろうし、ましてや瞳が紅く光るなんて事があるだろうか。アゼムでは……ない、筈だ。
「うわあああああー!」
アゼムに似た男が雄叫びを上げて殴り掛かって来る。
「うっ?!」
頬を掠ったそれは刃物みたいにシロウを斬り付けた。拳で出来る傷ではない。そのまま男は大声を上げながらやみくもにシロウに拳を繰り出すがどうにかかわし続ける。男の方の息が上がって来た。
「死ね……!」
その声も、やはりアゼムに似ている。
「死ねぇ! 死ねぇ……!」
「待てっ! ちょっと待ってくれお前……?!」
「キーラを傷付けるな!」
「やっぱアゼムなのかよっ! 訳が分からない落ち着いてくれ!」
シロウはアゼムの拳を掻い潜って掴み掛り、力任せに地面に押し倒した。到底敵うはずもないと思ったのだがアゼムはハァハァと荒い息を吐いて倒れ、そのままシロウに抑え込まれる。早々にスタミナが切れたのか、そこから逃れようともがく力はみるみる弱くなっていく。
「うがぁっ……! うおああああ……!」
実際のパワーとは相反して、アゼムは獣の様な声を出してシロウを睨み付ける。
「もう……寝てろ!!!」
シロウは思い切り首をしならせ、先程外した頭突きを正面から思い切りアゼムに浴びせた。
「かはっ……!」
アゼムは後頭部を地面に埋もれさせながら呻り、ガクリと全身の力を弛緩させた。
「ミョルニルだ」
本人が名付けたわけではないが、シリル・ロウエンタールの頭突きはファンの間で神の槌、ミョルニルと呼ばれていた。派手な必殺技を持たないシロウを盛り上げる為にそう呼んだだけの、ただの頭突きである。
「言ってる場合じゃねぇ!」
失神したアゼムにカッコ付けてからシロウはすぐ屋敷に走った。
リヴの笛の音が心配なのだが、やはり足は重い。頭痛の原因も頭突きのせいではなく内側から来ている。
戦闘のダメージはそう残ってはいないがどうにか庭園まで走ると、そこでシロウはまた信じられない光景を目の当たりにする。
月は雲に隠れていたが、屋敷からの明かりで見えたのは糸が切れた操り人形の様にぐにゃりと空を舞うカミル。
「え……」
どうして空を舞っているのか、あの高さから地面に叩き付けられたらどうなるのか、果たして意識はあるのか、一瞬で様々な思考が脳を駆け巡ったが、それは全く整理されないまま新しい情報がシロウの目に飛び込む。
そのぐったりしたカミルにベスティアが追随せんと飛翔し、空中で身体を前転させたかと思うとその踵でカミルを地面に叩き付けたのだ。
「……!!」
ヤバい。
スメラフィーズで悲しい事故も見た事はある。
それは事故ではなく故意だったのかも知れないが、試合の末に死んだ戦士が最後にどれくらいの衝撃を受けたのか分かる。あれはヤバい。そうシロウは思った。
カミルは受け身を取る事も出来ずにぐしゃりと地面に叩き付けられ、ベスティアは悠々とその隣りに着地した。




