24. 響く笛の音
あの日以来リヴは度々笑い声を発する様になり、一音くらいは発声出来るようになったが、やはり何かを伝えようとすると言葉にはならなかった。
カミルは大喜びした後で神妙な顔になったり、無理をしている様子もないリヴに無理をするなと言ったり、今まで以上に様子がおかしい。
キーラとは何だかんだ仕事を見張られているうちに会話を重ね、もしかしたら馬が合うのではとお互いが感じるくらいには仲良くなってしまった。しかしキーラの誤解は解けていないので根本は何も解決していない。アゼムもキーラと同じ気持ちの筈だ。
そしてベスティアには……あれ以来分かりやすく距離を取られていた。
ゆっくり話す暇もないし、休みの日には早馬でどこかへ出掛けてしまうし、常にキーラが居るし、もともと何を考えているか分からない。もしかしたらシロウがドープしたと思い込んで軽蔑しきっているのかも知れない。
「キーラお嬢様、ちょっとアゼムに力仕事をお願いしたいのですがよろしいですか?」
珍しくベスティアが寄って来たと思ったらシロウの方は見もしないでこう言った。
「良いわよ」
キーラは軽く返事をしたがシロウは違和感を覚える。自分は今まで力仕事を頼まれた事など一切ないし、ベスティアの怪力は初日からお目に掛っている。一体どんな力仕事だと言うのだ。
「俺がやるよ」
こう言ってみたが断られた。
「結構。あなたには最優先で庭を整えてもらわないと」
ベスティアはそう言ってそそくさとアゼムを従えて屋敷へと戻ってしまった。
確かにアゼムなら暇と言う事か、それならばそれで納得しようと、シロウは少しモヤモヤしたものを感じながら仕事に集中することにした。
何となく気分の晴れないままその日の仕事を終えると、神妙な顔をしてカミルが執務室から出て来るのに蜂合わせた。ベスティアも一緒だ。
「お疲れーッス」
いつもの調子で挨拶をするシロウにカミルが言う。
「シロウ君、申し訳ないですがちょっと残業してくれませんかね?」
「え、暗くなると作業出来ないぞ」
「その仕事じゃないわよ。もっと向いてる仕事」
そう言って話しを繋げたのはベスティアだ。何だか含みのある言い方にシロウが首を捻って聞き返す。
「向いてる仕事って……何だよ?」
「どうもこの辺に賊が出たらしいのです。シャンゼルの保安騎士団から注意喚起のお手紙が届きましてね。あらかたは捕まったらしいのですが逃げた賊が近くに潜んでいるかも知れません。見回りに行ってはくれませんか」
なるほど、戦闘になる可能性がある仕事だ。ベスティアに他意はないかも知れないがここ最近の態度で嫌な受け取り方をしてしまう。
「万が一屋敷が襲撃される様な事があったらマズいから、こっちは私とアゼムでしっかり守るわ。もちろん保安騎士団も見回ってるだろうから屋敷の周辺だけで良いの。お願いね」
そう言ってベスティアはシロウに何かを差し出した。素直に受け取るとそれは大粒の飴玉だ。
「なんだこれ、腹の足しにならねぇよ」
「なるから食べなさい」
シロウがそれを口の中に放り込むの見るとベスティアはこう続けてくれた。
「夜食は後で食べさせてあげる。お願いねシロ」
「おう、まぁまぁ美味いや」
飴玉一つで機嫌を直し、シロウはまた外へ向かう。周辺だけと言われたが、庭園を含む屋敷から二~三十メートルくらいのところに、屋敷を囲む様にランタンが設置されている。それに火を付ける様にと言われたのでその手前までで良いだろう。それでも小路を外れるとすぐに森の中を歩く事になり月が出ていなければ頼りはこのランタンだけだ。
ぐるりと屋敷を一周しランタンを付けたが、人が立ち入った様な形跡はない。しかし賊が捕まったと言う情報はまだないし、シロウはもう一度周辺を歩く事にした。
「はぁ……はぁ……」
それにしても妙に息が切れる。
確かに一日仕事をした後ではあるがたかが屋敷を周回しただけなのにだ。足も重いし急に頭痛まで襲って来た。
「変だな……」
気合いを入れなおそうと右手で左腕を強く抓ってみるがあまり効果はない。
ピィーッ!!
「?!」
突然、屋敷の方から笛の音が聞こえた。
何かあった時に吹く様にと、リヴが首から下げていた笛。すぐにそれに思い至った。反射的に屋敷へ向かおうと重い足で地面を蹴ると、ザンッ! と暗がりから殺気の塊がシロウを襲う。
「はぁっ?!」
木の葉を散らしてすぐ目の前に迫るのは……覆面の男だった。
「速い……!」
もちろんあの日スメラフィーズで戦った覆面とは色も形も違ったが、どうもシロウは覆面を付けた男と因縁があるらしい。
重い身体でどうにかくるりと受け身を取りながら地面に転がると覆面男の拳がシロウの髪を掠めて勢い良く木にぶち当たる。
「あぶねぇな!」
言いながら自分から覆面男に仕掛ける。だいぶ速い様だが捕まえられない相手ではない。
突き出した右拳がかわされるのは想定内。シロウはその動きを予測してそこに思い切り頭突きを喰らわせてやると首をしならせていた。だが、その頭は覆面男の額に届く前に、ガッシと大きな掌で捕まったのだ。
「なっ……!」
あり得ないパワーでこめかみに指が喰い込み、そのまま地面に後頭部を叩き付けられ星が舞った。
「ぐあっ!」
地面に縫い付けられる格好のまま、ギリギリと指で頭を締め付けられる。もう片方の腕が振り上げられたのを見てシロウは素早く膝を畳んで真上に蹴り上げた。だがそれさえも覆面男はいとも簡単にかわしふわりと後方へ飛び退く。
この桁違いのパワーとスピードはシロウにあの日の試合を思い出させた。だが、まだあばらも内臓も無事だ。




