22. 天使の様な笑い声
もう来ないだろうと思っていたが、キーラはまたシロウの仕事ぶりを見張りにやって来た。
「ふんっ!」
「おは……」
「今日こそ話し掛けるんじゃないわよ?!」
そうしてまた近くに一人掛けのソファを用意させ座る。長居するつもりの様だ。
「ふん」と言いながら近付いて来られた事など初めてである。
さすがに昨日の様に楽しく会話が出来る雰囲気ではないが、有難い事に今日はリヴもやって来た。キーラが先に来ている事に驚いて、そして大いに喜んでいる様だ。
「何をヘラヘラ笑ってんのよ」
本当に、とシロウは思う。
随分辛く当られている様だがリヴはそれでもキーラが好きなのだろうか? 同年代の同性の……友達と思っているのだとしたら、もしかしたらそれはリヴだけなのではないだろうか。
「キーラお嬢様に会えて嬉しいんだろ」
シロウのフォローにうんうんとリヴは頷く。きっとキーラもシロウの庭木を見たら癒されると思ったのだ。
「何で分かるのよ」
「何で分かんねぇんだ?」
真逆の質問で返され面白くないキーラはギリと奥歯を噛んだ。そんなキーラの表情には気付いていないのか、リヴは臆さずキーラの腕を掴んで立たせようとする。
「何よ!」
「俺が作った庭木を案内したいんだろ」
「だから何で分かるのよ!」
「顔見りゃ分かるだろ!」
同じ言葉をぶつけたキーラに、リヴはまたこくこくと頷いてキーラに微笑み掛けた。キーラは鬱陶しそうに溜息を吐く。
「リヴ、あたしは別に暇してここに居るんじゃないのよ。仕事してるの」
残念ながらそう言われたリヴはしょんぼりと寂しそうな顔を見せてからそっとキーラを解放した。そして笑って首を傾げる。この幼い仕草は喋る事の出来ないリヴの大事なコミュニケーション方法なのだ。
顔を見ればリヴの言いたい事が分かるとシロウは言った。何で分からなんだと小馬鹿にされたのが悔しくてキーラはまじまじとリヴの表情を観察し、なるほどと大きく頷いた。
「ふふん、これは私でも分かるわ。期待させやがってこの野郎、殺してやろうか? ね」
「いや違うだろ!! 寂しいけど仕方ないね、お仕事頑張って! だよ!」
「はぁ?! どうしてそうなるの? あたしはリヴの期待を裏切ったのよ?」
「どんな幼少期を過ごしたらそんなんなるの?!」
「あたしの幼少期? それはそれは可愛かったわよ。髪なんかツインテールにしていたわ」
「嘘吐くな」
「どうして嘘だと思うのよ」
「幼少期をツインテールで過ごした奴がこんな女に成る筈がない」
「こんなってどんなよ!」
「ほら怖い!」
「やましい事があるから怖いと思うんでしょっ!」
「おいアゼム正直に言え、こいつの事怖いって思った事あるだろう」
「な……ない」
怒涛の様な二人のやりとりに急に参戦を余儀なくされ、アゼムは分かりやすくうろたえてしまう。
「はははっ! おい完全に遅れたし噛んだぞ! やっぱ正直な奴だなぁアゼムは!」
期待通りのリアクションを得られたシロウは大笑いして喜んで、キーラは顔を赤くしてアゼムを睨み付けた。
「どういう事よアゼムッ!」
「ふぐっ!」
言いながらキーラがアゼムの両頬を思い切り抓ると口の形が変形して息が漏れ、おかしな声が出る。シロウはそれにまた大笑いした。
「はははっ! ふぐって言ったぞアゼム! 顔も不細工になってんぞー!」
「アゼム~~~!」
「いっ……いひゃい……」
「ははは……!」
アゼムの慌てぶりと変顔がツボに入ったシロウが腹を抱えて笑っていると……思いがけずそこに可愛らしい笑い声が混じった。
「あはっ……! あははっ!」
屈託のないその笑い声は瞬時に場の空気を変え、眉間に皺を寄せていたキーラも、苦痛に顔を歪めていたアゼムも、ふわりと暖かな何かに包み込まれた感覚に陥る。
「あはははっ!」
リヴが笑っていた。三人のやりとりを可笑しそうに眺めていたリヴが、声を出して笑ったのだ。
「リヴ……」
呆然とその姿を眺めるキーラだったが、シロウはそのまま笑い続けた。
「はは、なんだ笑えるんだな! すげぇ良い声じゃん!」
と、ダァン!! と大きな音がして屋敷の玄関が勢い良く開き、中から矢の如くカミルが飛び出して来た。勢いのままにこちらに走って来るその姿にシロウは目を見張る。もの凄いスピードと力強さだ。
「え、実はマー君も戦える系?」
「聞いた事ないわ……」
言う間にカミルは風を巻き起こしながらシロウ達を一旦通り過ぎ、ズサと急ブレーキをかけてまた戻ると髪を振り乱してこう言った。
「今天使の様な笑い声が聞こえましたけど?!?!」
「すげぇ聴覚だ、やっぱ特殊能力で戦える系なんじゃ……」
「聞こえましたけど!!!」
すぐに答えないシロウの両肩をガッシと掴み激しく揺さぶるカミル。
「うあっ、あっ、あっ、リヴだよ! リヴが笑ったんだ!」
首をガクガク揺らしながらシロウがそう答えるとカミルはその行為をピタリとやめてゆっくりとリヴに向き直った。まだ腕はシロウの肩を掴んでいる。
「まさか……」
リヴは口をパクパクさせて首を傾げていた。どうも自分でも何が起きたのか良く分かっておらず、喋る事は出来ないようだ。
「シロウ君……その類の嘘はここでは厳禁なんですけどぉぉ~~~??」
その様子を見てカミルがシロウの肩に指を喰い込ませる。
「いだだだだ……! 嘘じゃねぇ! キーラも聞いただろ?!」
「聞いた……。信じられないけど……」
カミルにも天使の笑い声が聞こえたのは事実だ。そしてシロウもキーラも、それを聞いたと言っている。
「じゃあ……本当に……」
カミルはようやくシロウの肩から離れて一歩リヴに近付くとリヴはニコリと笑った。




