19. 風呂場にて
もう食事にも風呂にもあり付けないかと思ったシロウだったが、また一日の汗を流そうと浴室へとやって来た。
いつもと同じ時間だったがどうやら先客がいる。カミルと時間が重なった事はないしきっとアゼムだと思ったシロウは脱衣所から引き返そうと思った。
「どうぞ、遠慮しなくても結構ですよ」
しかし、中から聞こえて来た声はカミルだ。
「なんか意外。マー君俺と風呂とか嫌がるかと思った」
「何故です? やましい事をしていないなら恐がる事ないでしょう」
「そう言う意味じゃないけど……」
いつもきっちりシャツのボタンを一番上までしめて忙しそうにしているカミル。そんなカミルと一緒に風呂に入るなんて想像もしていなかった。カミルの身体は細くて白くて、スメラフィーズで見て来た男たちとは明らかに違う。当然だが戦う身体ではない。
「じろじろと不躾ですねシロウ君」
「え、そんなに見てねぇよ! 興味ないし!」
「……まぁ、スメラフィーズのスーパースターさんから見たら、私の身体が貧相で滑稽だと思うのも分かりますがね」
スメラフィーズを戦って来た男の身体を見たカミルは自虐的にそう言った。
「俺は強かった訳じゃなくて負けなかっただけだよ。だから身体もこんな。滑稽なのはこっちだろ」
傷だらけの身体をさすりながら今度はシロウが自虐する。
パフォーマンスの一つとして鍛え上げた肉体を晒しながら戦う戦士も居るが、シロウは決してそんな事をしなかった。あまりにも傷が多いからだ。
別に隠している訳でもないのでたまにこうして人に見られると大概ギョッとされるくらいには多い。
「負けないって事は強いって事でしょう? アゼム君も言っていました」
「ん~……俺の試合見たら分かると思うけど、俺必殺技とかないし攻撃は喰らうし喰らったら怪我するし、俺より強い奴いっぱい居るんだ、ホントに。でも俺は強い奴にも負けない。負けないから次に繋がって、次も負けないからだんだん……そうだな、一般人よりは強いと言えるかな」
「よく分かりませんね」
「見たら分かるよ。俺は英雄の息子でも武人の弟子でもないからな」
シロウのいう事は本当だった。
賭ける事は誰でも出来るが、スメラフィーズで試合を見るにはそれなりの金が掛かるし人気の試合であればすぐに埋まる。
試合結果だけを聞けば人は誰でもシロウが最強だと思うだろう。だからスーパースターだと言う事になってしまったが、実際に試合を見た人間はボロボロになりながらも決して諦めないシロウに魅力を感じていたのである。
「そうですか、しかしそんなシロウ君でもさすがに負けるのではと思わせた謎の覆面が現れたと」
「正直俺は負けるとは思ってなかったけどな。でも恐かったよ。間違いなく一番強かったし、観客が俺の負け……死を想像したのも理解出来る」
「やはり私にはどっちもどっちに感じますよ」
「何が?」
「どっちがドープしてても驚かないって事です」
「え……?」
一瞬思考が停止する。相手のドープを疑うと言う発想がなかった。
「でも追い出されたのはシロウ君だけ。その覆面男とスメラフィーズ何だか違和感を覚えます」
シャンゼルで暮らす者はスメラフィーズを疑わない。
長い歴史で築き上げた信頼がそれを許さない。
実際にドープしていないシロウでさえ未だにこれは何かの間違いで、それが晴れればスメラフィーズに戻れるかも知れないと思っていたのだ。
「違和感って、何だ?」
「鈍いですねぇシロウ君、もし私が同じ立場で本当にドープしていないのであれば、自分はハメられたのだと考えますよ」
「ハメられた?!」
「覆面男にドープを施し、スーパースターのあなたがまさかの敗北。それで儲けるのは覆面男が勝つと分かっている者、つまりドープしていると知っている者だけです。おそらくスメラフィーズ上層部と……ドープを提供した者……」
「なんだよ……それ……」
「ところがあなたは、あろう事かドープした相手に勝った。これは、勝ってはいけないシナリオで勝ってしまったと言う事です。ドープした戦士より強い規格外のあなたは、試合結果が読めないから追放された。味方に引き込もうにもドープが必要ないシリル・ロウエンタールは靡かないでしょうしね」
停止したままの思考が少しずつ流れ出したが、やはりシロウにはピンと来ない。スメラフィーズの上層部にはいつもシロウの味方をしてくれたエレトだって居るのだ。
「なんてね! 全部、ただの私の想像ですよ。確かめる術もありません」
シロウがらしくない表情を見せたのでカミルはそう言って両手を上げた。確かめられたとして、スメラフィーズを神聖化してるこの国の人間ならスメラフィーズからの正式発表を信じる。よほどの説得力がなければどうしたって悪はシロウだ。
「でももし、あなたがドープに屈しない事で、そんな輩が慌てふためいただろうなと思うと……ふふっ、面白いですねぇ。ざまぁみろです」
「面白くねぇよ! 結局俺が追い出されてるんだからな! ざまぁは俺じゃん!」
「はははっ!」
見た事のない顔でカミルが笑った。いつも忙しそうに眉間に皺を寄せているか、シロウを憎らしそうに睨むか、リヴに優しい目を向けるか、バリエーションはそんなところだったのに。
「随分面白そうに笑ってくれるじゃねぇか」
シロウがふてくされた様に湯舟に沈むと、カミルはお先にと浴室を後にした。あんな事があったのに機嫌は良さそうだ。
カミルが味方で居てくれる限りここを追い出される事はないだろうが……、キーラが嫌がらせをして来ないとは言い切れない。
せいぜいミスなく、精一杯仕事に励もう。




