16. 尋問
もう、出て行こう。
結果騙してしまっていたのだ。ここに居られる筈もない。ベスティアに吹っ飛ばされて尻もちを付いたままだったシロウは立ち上がり言う。
「大丈夫だ、すぐに出て行く。ごめん……俺、本名言ってなかったな!」
エレトの入れ知恵だったが、やはりこんな嘘など吐くべきではなかったとシロウは後悔した。もう誰の顔も見れないと、俯き加減で歩き出したシロウの腕がはしと誰かに掴まれた。それは小さな両手だった。
「リヴ……」
リヴがキーラと同じ目をしていたらどうしよう、見ないで出て行こうと決めたシロウだったが振り返るとそこには、ただ傷付いた顔をしたリヴが居た。
きっと知らないのだけなのだ。シリル・ロウエンタールがどんな人物なのか。世間知らずなリヴが知らないだけで、すぐにカミルにこの手を引き剥がされる、そう思ったのだが……。
「誰です? それ?」
カミルはそう言って首を傾げた。
「はぁ?! 嘘でしょ?! シリル・ロウエンタール! あのスメラフィーズの悪魔よっ!」
さすがにシロウも嘘だろうと思った。いくらこの屋敷が辺鄙な場所にあるからと言ってシャンゼル領内であればスメラフィーズの噂くらい伝え聞く筈だ。
「リヴお嬢様に向かって頭が悪そうだと言いやがったシロウ君がクソ悪魔なのは間違いありませんが、それでもうちの優秀な庭師なんでね。そうそう居ない人材なんで出て行ってもらっては困るんですが」
「えっ……」
本当に知らないのか、カミルはそう言ってシロウを庇った。
「ベスティア! まさかあんたまで知らないって言わないわよね?!」
キーラに詰め寄られたベスティアは珍しく狼狽えた顔を見せる。
「も……もちろんその名前は知っています。ですが、彼が本当に? あのシリル・ロウエンタールでしょうか? 私の記憶ではもっと……そもそも黒髪であったかと」
「そんなのいくらでもごまかせるでしょっ! だいたい本人がそうだって言ってるじゃない! 嘘でシリル・ロウエンタールだと名乗るメリットがある?!」
そこまで言われてベスティアはマジマジとシロウの顔を見る。でもまだピンと来てはいない様だ。
もともとベスティアは人を記号的にしか判断しない。出会った翌日にも関わらず、シロウが髪をくくっただけですっかり分からなくなる程度には。
それでもカミルと違い、これがどう言う事なのかは分かっている様である。
「カミル、あんたね、知りませんでしたじゃ済まない人間を雇ってるのよ?!」
「どうでも良いですよ、何せ私はお嬢様に欲情するか否かでしか人を選びません」
「んなっ……!」
一切悪びれず、あまりにも真っ直ぐにそう言ってのけるカミルにキーラは絶句した。キーラだけじゃない、それに驚いたのはシロウも同じだ。
「バカかあんた?! 何て事言うんだよ! そんなの分かんないだろ?!」
「はぁ?! 分かんない?! 分かんないじゃ困りますよ、あなたお嬢様を見て頭悪そうしか言わなかったじゃないですか! するんですか?! するなら即刻クビですけど?!」
「しねぇよ! あ、いや、そうじゃなくってだな……だいたいそう言う事を本人を目の前にして言うのはデリカシーがないんじゃないか?!」
「お嬢様を目の前に頭が悪そうだと言ったあなたからデリカシーなんて言葉が出て来るとは思いませんでしたよ!」
「頭が悪いんじゃねぇ! ただ世間知らずなだけだ! お前がここに閉じ込めてるからじゃねぇのか?! もっと外へ連れ出せ!」
「ななななな何故あなたなんかにお嬢様の事で説教されなきゃならないのです?! いい加減にしないと減給……!」
「黙りなさい!!!」
不穏な空気が一変し、シロウとカミルが良く分からない言い合いを始めたがキーラがそれを大声で止めさせた。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ! 知らないならあたしが教えてあげるわ、シリル・ロウエンタールがどんな人間なのか!」
その名を出されてシロウはまた口を噤んだがカミルは怯まなかった。
「……分かりましたキーラ様、私がきちんとそれを理解したうえで彼を雇うなら問題ありませんね? ではじっくりお話しをお聞かせ下さい。あなたの口からもね、シロウ君」
語る事もないと立ち去りたかったが、その腕はまだリヴに両手で握られたままだった。
「分かった……」
場所を変えましょうと言うカミルに付いて屋敷へと戻る。
キーラは腕組みをしたまま憮然とした顔でそれに従い、ベスティアに吹っ飛ばされていたアゼムもすぐにキーラの後に続いた。
応接室だろう、シロウは入った事のない広い一室へ入り、テーブルを挟んでカミルと対面して座った。もちろん椅子は他にもあったがキーラは座らなかった。当然アゼムもだ。
お茶を持ってくると言ったベスティアもここに居る様に命じられ、リヴと共にカミルの横に座る。シロウはまるでこれから全員に尋問される様な格好だと思ったが、それも間違いではない。




