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声なし姫の紡ぐプレア  作者: 焼肉一番


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15. 犯罪者

アゼムと呼ばれた御者は少女の声に反応し、シロウを確認すると弾かれたように操縦席から飛び降りて一直線に迫る。


「なっ?!」


 そのまま直前まで距離を詰めたアゼムはタンと地面を蹴って跳躍し、腕を振り上げてはその拳をシロウに振り下ろす。


「いきなり何だよっ?!」


 驚きはしたものの、シロウは余裕を持ってそれをかわした。アゼムの拳は地面に突き刺さり、剪定され落ちていた枝葉が舞う。


「気を付けるのよアゼム!」


 また赤毛の少女の声が聞こえるとアゼムは後ろを振り返って頷いて見せた。


「お前バカなのか?」


 よそ見をしたしたアゼムの後ろを取り、持っていたハサミを素早く突き付けてやる。


「抵抗はやめなさい犯罪者!」


 シロウからしてみればせめてそこは不審者だ。

 赤毛の少女がふんだんにフリルがあしらわれたスカートを翻しながら駆け寄る。アゼムの方は勝負あったと大人しくしているのだが随分と不用意な行動と言えるだろう。


「あ、おいこらこら待て待て、こっち刃物持ってる、お前のボディガード? 人質的な事になってるから、ねぇちょっと待って止まって?! まだ刺してないから!! おいって!!」


「この無礼者っ!! アゼムはあたしの僕従よ! 離しなさい!!」


 シロウが何を言っても少女は止まらなかった。この勢いでぶつかって来られては無抵抗でいても少女の方が勝手に怪我をするだろう。シロウはアゼムから離れ、大きく後ろへ下がった。

 すると、シロウの温情で無傷で済んでいたアゼムはすぐさまシロウに向き直って追い付く。


「おまっ……!」


 腕を振り上げては下ろし、かわされればもう片方の腕を振り上げては下ろす。

 ボコボコと勢い良く地面に穴が開いていき、綺麗な芝生もめくられる。だがシロウはどんどん悪くなる足場を蹴ってかわし続けた。


「なぁっ! 領主さんなんだろ?! 俺はここの庭師なんだって!」


「そんな筈ない! 裏切者の犯罪者よ! 良く狙いなさいアゼム!」


「裏切者って……?!」


「殺してやるわ! 大人しくするのよ!」


「おい何語で話せば聞いてくれるんだよ?!」


 穴だらけになってしまった地面に足を取られ跳躍が甘くなった。そこへアゼムの手刀が伸び、マズいとどうにか上体を反らせてかわすと、アゼムの手刀はシロウの剪定した庭木へズボと入って傷付けた。可哀想に、クマさん型の庭木はまるで心臓に穴が空いた様だ。


「いい加減に……!!」


 処女作だったクマさんを傷付けられ、さすがにシロウもムッとした。話しても分からない奴にはもう暴力しかない。

 一撃入れる。怪我はさせない。みぞおちを狙って動きを封じるだけだ。

 アゼムにはパワーと俊敏性があったが、少々守りは甘い。これなら狙えると拳を引き絞ったその時、別方向からとんでもない殺気を感じてヒュッと息を飲んだ。

 ベスティアだ。


「……っ!」


 ベスティアの左膝がシロウのこめかみに、右拳はアゼムの顎に、それぞれ猛烈な勢いでめり込んだ。二人は吹っ飛んで地面を転がったが、ベスティアは華麗に着地をして凛と言い放つ。


「いい加減にしなさい」


 話しを聞く前に暴力で解決したベスティアをやれやれと見上げるシロウ。本当は寸前でかわす事も出来たがあまんじて受けた。その方が場が収まる様な気がしたからだ。


「ベスティア、あんたが居てなんでこんな犯罪者を入れてるのよっ!」


 赤毛の少女が喚くが、ベスティアは極めて落ち着いた様子で少女に深くお辞儀をする。


「恐れながらキーラお嬢様、シロウは正式にうちで雇った庭師でございます」


 このキーラと呼ばれたお嬢様、リヴとはだいぶ違うお嬢様の様である。

 ボリューミーなウェーブの赤毛、吊り上がった眉、高圧的な態度に良く喋る口。何から何まで違うが不思議と瞳の緑は似ていた。


「冗談でしょ?! 何で犯罪者なんて雇うのよ!!」


 突然襲い掛かられ、ベスティアの説明を聞いても喚き散らすキーラにシロウはもう我慢ならなかった。


「あのなぁ! その危機管理能力はご立派だけどせめてそこは不審者だろうが! 一体俺が何し……!」


「シリル・ロウエンタール」


「!」


 キーラの口から出た次の単語に、全身が心臓になった様だ。


「はっ……?!」


 それを聞いたアゼムの瞳が再びシロウに向けられると、その瞳にまた違った色が浮かんだ。

 キーラの命令のままに、得体の知れない人間に向けていただけの敵意が、明確な、侮蔑すべき人間に対するそれに変わったのだ。


「……シリル……」


 こんな目で見られるのは初めてではない。だけどしばらく忘れていた。

 考えてみればうまく行き過ぎだった。こんなに簡単に別人になんてなれる筈もない。どうしてこのままその名前を忘れてしまえると思ったのだろう。

 何も言えなくなってうなだれるシロウ。

 あまりにも短い夢だった。昼食を食べて、お風呂に入ってからの予定だったではないか。せめてそうしたかった。


「一体何の騒ぎです?!」


 屋敷からカミルも飛び出して来て、カミルの後ろにはリヴも続いていた。


「説明して欲しいのはこっちなんだけど?! どうしてシリル・ロウエンタールがここに居るのよ?!」


 益々激高するキーラにマイペースなカミルがたじろぐ。


「シリル? ……シリル・ロウエンタール?」


「そうよ! 分からないの?!」


 キーラに詰め寄られるカミルの後ろで、リヴが折れてしまったクマの庭木に近付いて悲しそうに眉を下げた。


「あらリヴ、不用意に表へ出て来てずいぶん軽率だ事! 喋れないあんたがのこのこ出て来たところで何にも出来ないと思うけど?」


 ずいぶんな言い草にムッと顔を上げるシロウ。その視線に気付いたキーラは一層険しい顔でシロウを睨むとプイと顔をそらしまたカミルを責めた。


「とにかく早くこいつを追い出しなさい!」

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