14. 領主様
それから幾日が経っただろうか、リヴには随分懐かれてしまった様で、朝食前の時間を共に過ごす事が多くなった。
窓を開けてピアノを聞かせたり、せっせと読んで欲しい本を持って来たり、自分で考えた物語の登場人物を説明したりする。手つかずの庭木を何の形して欲しいかリクエストを聞くのもお決まりになって来た。
ここの庭木を全部可愛い動物にする。
その周りに花も咲かせ、噴水も生き返らせる。
何とも生産的な目標が出来た事でシロウは毎日を謳歌している。
庭師になってまだ数日だが、出来る限りこの生活を続けたいと思う程にはシロウはこの仕事と環境を気に入ったのである。
座っている仕事や頭を使う仕事、接客なんかも向いていない。でも庭師の仕事なら身体も動かすし、丁寧な言葉を使う必要もない。本当はこの屋敷の全員に丁寧な言葉を使う必要があるが、とりあえず顧客が減る事はないと言う意味でだ。
何度か業者の馬車が食料や日用品を持って屋敷に来たが、それ以外は静かなものだった。
カミルは基本的に部屋に籠ってこの土地に関する事業を進めている。
一度リヴと一緒に居た時に背中にもの凄い殺気を感じたのでギョッとして振り向いたらカミルだった事がある。やはりカミルは良く分からない。
それでもカミルはこの屋敷の執事としてはやはり優秀なのだろう。毎日代わる代わるやってくる商談をこなし、リヴに教育を施し、しっかりベスティアに休日を与え、その間はベスティアの仕事を請け負った。
つまりカミルに休日はない。
ベスティアは時々怖いけどきっちり仕事が分れているのでいつもガミガミ言われる事はない。
基本的に住み込みだが休みの日はわざわざ街へ出て過ごしたりする様だ。
街で何をするのかと聞いてみた事もあったが「プライベートと仕事はキッチリ分けたいの」との事。
リヴを含め少々変わり者ばかりの屋敷だがそれはシロウも同じ事。実際のところはともかく、シロウ的には良好な人間関係を築けていると思っていた。
しかしこの屋敷に居たいなら、良好な人間関係を築かなければいけないのは三人だけではない。まもなくシロウはそれを思い知るのである。
「今日は一時間早く昼食を用意するから食べたらお風呂に入ってちょうだい、午後にはシャンゼルの本邸から領主様がやって来るわ。ここでの事はカミルに任されているから採用に口出しはしないでしょうけど一応お目通しをしておかなければならないからね」
朝食の後にそう言われてシロウはそう気にも止めなかった。
「分かった。なぁ頼んでおいた砥石っていつ来る?」
「昨日頼んだばかりだからまだよ。本当に分かったんでしょうね? 食べに来なかったら片付けるからね」
「分かったー」
そう言いつつ食事を片付けられた事はまだない。そんなベスティアに甘えて今日もシロウはついつい仕事が一段落するまでとせっせとハサミを動かしていた。
「よし、これでネズミは完成だな」
懐中時計を取り出すと、ベスティアに言われた時間を十五分過ぎている。これならまだ許容範囲だと勝手に決めて呑気に片付けを始めるとカタカタと遠くから馬車の近付く音がした。いつもの業者が食料を持って来たのかと思ったがそうではなかった。
「ほえ~」
思わず間抜けな声が漏れてしまう程、見た事もない様な立派な装飾の施された上品な馬車なのである。もちろん馬も立派であれば、それを操る御者も随分逞しい体躯の青年だった。
絵に描いたような逆三角形の見事な上半身、それに相応しい強靭そうな太もも、その身体にはアンバランスな小さな顔。シロウが憧れる黒髪を短く刈り上げ、涼し気な青い瞳で前を見据えている。御者と言えば馬の扱いが上手い初老の男……と言うイメージだったシロウは色々とそこから目が離せない。
これはよほど大事な商談相手でも来たのかと思ったシロウだったが、そう言えばベスティアが本邸から領主様が来ると言っていた事を思い出した。予定では午後だと言っていたが早馬が優秀過ぎたのだろうか。
ふと馬車の個室のカーテンが開かれ、中の少女と目が合った。
リヴと同年代くらいの、鮮やかな赤毛の少女。馬車に負けない……いや、むしろ馬車の方が地味に感じる程豪奢な雰囲気を纏っている。
「こんにちはーッス」
目が合ったのに無視をするのもどうかと思い、シロウは馬車に向かってそう声を出した。
その声が聞こえたのかは分からないが、赤毛の少女の目はみるみる見開かれ、まだ馬車が動いていたにも関わらず個室の扉が開いた。少女が中から開けたのだ。
「アゼム!! 犯罪者よ! あの男を捕えなさい!!」
そして大声で物騒な事を口走ってはおもむろに走行中の馬車から飛び降りた。




