10. 約束
シロウはリヴに見守られながらチョキチョキとやってみる。それにしてもリヴは不自然なまでに喋らない。こんなに人懐こく寄って来るのにだ。
「お前なんで喋らねぇの? もしかして喋らないんじゃなくて喋れないのか?」
遠慮のないシロウの物言いにリヴは嫌な顔をする事なくまたコクコクと頷いて伝えた。
「生まれつきか?」
今度は首を横に振るリヴ。
「なんで出なくなったんだ?」
また首を横に振るリヴ。
「わかんねぇのか」
コクコクと頷くリヴ。
「ふーん、そうなのか」
正直シロウはリヴの声が聴けない事に寂しさを覚えたが、リヴ本人は特に暗い顔を見せたりはしなかった。
「まぁ何かあったらとりあえず大きな音出せ。声が出なくてもそれで大丈夫だろ」
そう言われて首元から下げていた何かを取り出しシロウに見せるリヴ。
「ん?」
大きな銀色の、どうやら笛の様だ。笛にしては大き過ぎるし、随分と頑丈そうである。カミルがリヴの為にと用意した特殊素材の笛なのだ。
「あー、そう言うのがあるのな。なら別に不便はないか!」
リヴが平気そうなのに自分が残念がってはいけないと思ったシロウが何でもない事だと笑い飛ばす。それに実際、リヴが喋れなくてもコミュニケーションに不便はないとすぐに知るのだ。
「てか見てて面白いのか?」
手を動かしながら会話……と言っても音的にはシロウの独り言だが、リヴはいちいちコクコクと笑顔で頷いた。そして少し、首を傾げる。
「本当に初めてだぞ? 呆然としてたの見てたんだろ? だけどまぁハサミも刃物だからな。刃物の扱いはもともと得意なんだよ」
するとリヴはシロウの表情を伺いながら、ジェスチャーでまな板と包丁の様な動きをして見せた。
「ははっ! コックじゃねぇよ。そんな生産的な特技があったら良かったんだけどな」
リヴはぶんぶんと大きく首を横に振って否定し、シロウが整えた庭木を指差してニッコリ笑う。
「こんなもの、誰でも出来るだろ?」
また首を横に振るリヴ。その後で腕を痛そうにさする仕草。
「まぁ多少の腕力は要るだろうが……じゃ、こんなのどうだ」
だいぶ要領が分かったシロウはスピードを上げ、ただの庭木を細かく刈り込むと、それを可愛らしいクマさんの形にして見せた。
もしかしたらリヴが喜ぶのではと思ってやった事だが、リヴのリアクションはシロウの想像以上だ。目をキラキラ輝かせて両手を叩いて感激している。仕掛けたのはシロウだが何だかこれで良いのかと心配になる程だ。
「あんた十八なんだろ? こんなのでそんなに喜ぶなんて、普段何してんだよ?」
そう言われたリヴはきょとんとシロウを見詰めてから、パッと屋敷の方へ走り去ってしまった。
その背中を見送って、自分は何か無神経な事言ってしまったかだろうかと反省したシロウだったが、ふと屋敷の中からピアノの音が聞こえて来た。
「へぇ……」
しばらく優しい旋律に耳を傾けていると、ポロンッと不自然に音が途切れて窓からリヴが顔を出した。「どう?」と首を傾けたのでシロウは大きな拍手を送ってやる。
「やるじゃん!」
リヴはパッと笑顔になるとまた中へ引っ込んで、今度は両手に本やスケッチブックを持って駆けて来た。
「ほぉ~? 後は絵を描いたり……? 上手いな! 芸術的才能があるんじゃないか?」
ちょっと大袈裟に褒めてやってもリヴは素直に嬉しそうな顔をする。それにそれはシロウにとって本当に良いと思えた。まるで言葉の代わりに色々な事を訴えて来るような、躍動感と生命の喜びに溢れた絵だ。
リヴはまだ何も描かれていない白いページを開くとスラスラとクマの形になった庭木やハサミを持ったシロウを描いてみせた。スピードもかなりのもので本当に才能がある様だ。
「ははっ、男前に描いてくれたじゃねぇか。これで筆談したりもするのか?」
シロウにそう言われたリヴはまたページをめくって、今度はゆっくりと何かを書き始めた。表情もさっきまでと違い随分真剣だ。
その間、シロウはリヴと目が合わないのでただ待つしかなかった。
ようやく、スケッチブックをこちらへ向けて見せてくれたと思ったのだがそこには決して綺麗とは言えない……読むのにもギリギリな文字でこう書かれていた。
『ときどき するよ』
「ええっ?! それだけ書くのにあんな時間掛かったのか?!」
時間が掛かり過ぎる事に自覚のあった様子のリヴは恥ずかしそうに顔を半分スケッチブックで隠しながらこっそりと頷いた。
「絵描くのは速いのに……。文字書くスピードと引き換えにしたのか?」
シロウの冗談に可笑しそうな顔を見せて、リヴはまたスケッチブックに何やら描き始める。凄いスピードで描き上げたそれは、文字を書くのが苦手なリヴと、そんなリヴに少し困った表情を見せるカミルの絵だった。
「マー君リヴには甘そうだけど、さすがにもうちょっと文字も頑張らなきゃな~」
筆談よりもよっぽどスムーズに意思の疎通が出来る。おかしな話しである。
「後そっちは? あー、読書か」
またリヴは目を輝かせてコクコクと頷き、今度は本の束をシロウにぐいと押し付ける。よっぽど面白いらしい。勢いに負けてとりあえずそれを片手で抱える様に受け取る。
「おう、でも今仕事中だから……、分かった分かった今度読む」
今すぐに読めない事を理解したリヴは少し残念そうな顔を見せて、そして小指を出した。もう片方の手でシロウのハサミを放させ、その手を掴んで引き寄せるとシロウの小指と自分の小指を絡める。
「あー、はいはい約束な」
それは約束の厳守を誓うシャンゼルの風習だ。子供がやる事だがリヴならこんな事をしてももう驚かない。




