1. 闘技場のスーパースター
ひんやりとした石作りの通路に、カツカツと足音が響く。
ここを通れるのは選ばれし者だけだが、シリル・ロウエンタールはこうして反響する自分の足音を楽しむどころではない。
通路の向こう、光の先には何万と言う観客が彼を見下ろし、その挙動に注目するのだ。対角から現れた対戦相手とどんな苛烈な戦いを見せてくれるのだろうと。
金を儲けたい、俺も強くなりたい、ただ、血が見たい。様々な思いが渦巻いて肌に纏わり付く。
ドッ……!
光の下に姿を現すと途端に歓声が沸いた。歓迎されているのだ。となれば自然と口角が上がる。シリル・ロウエンタールは本来お調子者だ。
ここはスメラフィーズ。
雨の日も風の日も大金を賭けた戦いが繰り広げられる円形闘技場だ。
嘘か誠か、闘技エリアの土が赤いのは戦士達の血を吸ったからだとか。
対戦相手はもう先に入場していて、ただ静かにこちらを見据えていたが、初めて戦う覆面の男だ。
名前も見た事がないし初めてで間違いない筈だがおかしな既視感を覚えた。
――気のせいか……?
観客に覚えてもらう為、敢えて顔を隠したり、派手な髪色にしたり、奇抜な衣装を纏ったりする奴は多い。きっと今日の対戦相手もそうなのだろう。似た様なプロデュースの選手が居たのかも知れない。
だがシリル・ロウエンタールにそんな事は必要ない。むしろ地毛の明るい色を嫌い、黒く染めている程だ。
ずば抜けて若い、と言うだけでも目を引くが、とにかく強い。
そう、観客は全員、今日シリル・ロウエンタールがどんな勝ち方をするか、それを見に来ているのである。
少しでも格闘知識のある者なら……いや、世間の噂に敏感な者なら……いや、この街に住んでいる者であれば、彼の出場する試合で彼に賭けない者は居ない。
まだ出場回数はそう多くはないものの、スメラフィーズのスターだった戦士達を次々と破り一度の負けもないのだ。間違いなく彼こそが新しいスーパースターだろう。
大歓声に迎えられ大きく手を振り、まだあどけなさの残る表情でそれに答える。
ゴォンと鐘の音が青空に響いて対戦の始まりを告げた。
観客に手を振り返すのに忙しかったスーパースターは、それでやっと対戦相手に向き合ったのだが……。
「?!」
十分あった間合いが瞬時に詰められ、まだ抜刀もしないまま懐に入られてしまった。相手も抜刀していない。と言うか素手で戦うスタイルの様だ。
それにしても速過ぎる……!
素手でも剣でも、条件は皆同じ。魔術以外の方法で相手を叩きのめせば良い。
魔術の使用は禁忌とされているが、そうしなくとも使えるものなどとうの昔に潰えているので実質武器を使うか否かだけだ。最近は武器の扱いが苦手な者も多く、そんな戦士はこうして身体能力を活かしてゴリ押ししてくる。
一度いなして距離を……、そう思ったが間に合わなかった。
「ぐふっ……!!」
強引にみぞおちに入れられたパンチは息が吸えなくなるほど効いた。咄嗟にガードはしたものの、ガードの隙間から入ったそれは今までに経験した事のない様な威力だったのだ。
「かっ……はっ……ゲホッ!」
今のであばらは折れた。咳と共に血も吐いたので内臓にも損傷が出たのだろう。
シリル・ロウエンタールが膝を付いて血を吐いている。
かなりのスピード展開に観客たちはまるで水を掛けられた様にシンと静まり返った。だが……。
ドォッ……!!!
そんなのは一瞬だ。
次の瞬間には聞いた事のない様な観客の声で大地が震えた。
悲鳴も怒号も歓喜も、全部混じった大勢の絶叫だ。
だが大方は相手に不覚を取ったシリル・ロウエンタールへの罵声だったかも知れない。
この一戦には大量の金が賭けられている。
予想が覆る様な事があれば一体どれだけの人間がどれだけの金を失うだろう。そしてシリル・ロウエンタールはどれだけの信用を失うだろう。
ダメージを負ったせいか、この絶叫のせいか、対戦相手の覆面から覗く眼に何か良く分からないものを感じる。
そうか、もしかしたらこれが恐怖か、彼がそう理解した時には……。
成す術なく喰らった二撃目で身体は大きく宙を舞ったのだった。




