第5話 好きな、男の子なの………♡
「それで、なんで凛は瀬川くんと一緒にいたのかな?」
綾はにこやかな笑顔を浮かべながらも、鋭く凛の目を覗き込む。友達としての好奇心と少しのからかいが混ざった眼差しだ。
凛は一瞬、視線を逸らす。頬がほんのり赤く、凛の胸の奥が小さく跳ねる。
「……えっと、その………………………」
声は小さく、かすれ気味。クールな凛の声とは思えない、どこか甘く、恥ずかしそうな響きがある。
「好きな、男の子なの…………」
吐き出した言葉に自分でも驚いて、凛はすぐに顔を手で覆った。しかし耳まで真っ赤なことは隠せていない。
綾は目を丸くし、言葉を失った。
数秒の沈黙が流れる。
凛は心臓が痛いほど跳ねるのを感じながら、指の隙間からチラチラと、綾の顔をうかがう。
「………あ、あの凛が………恋!?!?」
恋、という単語を聞いて、凛はビクッと肩を震わせる。
「…………ていうか『兄さん』って何?」
綾の単純な疑問に、凛は蓮と家族になったということを話す。
それを聞いた綾は、さらに目を丸くして
「ええええええ〜!?凛と瀬川くんが義兄妹ぃぃぃ!?!?」
凛は唇をぎゅっと結ぶ。恥ずかしさで胸がいっぱいだったが、その表情には蓮と家族になれた喜びもにじんでいた。
「でもさ、凛って男の子苦手だったじゃん。瀬川くんの何が違うの!?」
綾の問いかけに、凛は小さく息を吸った。
視線を落とし、ゆっくり口を開く。
「……兄さんは、優しいの。前に、私が熱を出したときも……」
「えっ?なに、看病とかしてくれたの!?」
「……うん。おかゆ作ってくれたり、熱測ってくれたり……ずっとそばにいてくれて」
凛は、そのことを思い出すだけで、頬が熱を帯びるのを感じた。
綾は机をばんっと叩いた。
「なにそれ!瀬川くんめっちゃ優しいじゃん!」
「……うん」
凛は小さくうなずく。親友に蓮の良いところを知ってもらえたのが嬉しくて、表情には出さないつもりでも、唇の端がゆるんでいる。
そんな凛の様子を、綾はじっと観察していた。
「……ふ〜ん」
「な、なに………?」
「いやぁ……凛ってば、顔に出すタイプだったんだなって」
「っ……!」
慌てて視線をそらす凛。だが綾はにやにや笑いながら、さらに追撃してくる。
「でもさぁ、早くしないと凛のだーい好きな『兄さん』が取られちゃうんじゃない?」
「………え?何言ってるの?」
凛は思わず綾を見返した。
「だって瀬川くんって、背高いし、優しいし、頭も結構いいでしょ?しかも落ち着いてて真面目そう。女子人気、めっちゃ高そうだよ?」
「………」
「あ、そーいえばこの前クラスの女子が瀬川くんのことカッコいいって言ってたかも〜」
にやりと意地悪く笑う綾。
「その子に兄さん取られちゃうかもよ〜?」
凛の胸が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。
「嫌だ」
凛は、即答していた。自分でも驚くほど、感情がそのまま口から出てしまっていた。
「兄さんが他の子に取られるなんて絶対にいや。………ていうか、もう兄さんに女子が近づかないでほしいし話もしないでほしい」
教室の静寂にその言葉が落ちる。
「……えっ」
思わず綾は目をぱちくりさせる。
冗談半分で焚きつけただけなのに、返ってきたのは想像をはるかに超えるヤンデレ発言だった。
「凛…………重っ」
「はっ……!」
はっとして、凛は自分の口を両手で塞いだ。
一気に顔が真っ赤になり、耳まで染まっていく。
「な、ななな……なに言ってるの私……!」
ガタンッと音を立てて机に突っ伏す。
黒髪がさらりと肩からこぼれ、隠そうとするかのように顔を覆った。
「~~っ、忘れて!今のなし!」
凛は机に突っ伏したまま、髪で顔を隠して小さく呻く。
その背中を見て、綾はにやりと口角を上げた。
「へぇ〜〜……なるほどなるほど。凛ってば、大大だーいすきな兄さん取られたくないんだぁ〜っ♡」
「っ……!ち、違っ……!」
「違わな〜い。だってさっきハッキリ言ったもんね? 『他の女子に近づいてほしくない』って」
「い、今すぐ忘れて!ほんとに……!」
綾は机に頬杖をついて、楽しそうに凛を覗き込む。
「ていうか、凛が『私の兄さんは誰にも取られたくない』って言ったの、普通にヤンデレすぎて引きそうになったし」
「……っ!」
凛は机に頭をゴンッと打ち付けて、さらに深く突っ伏した。
綾の笑い声が教室に響き、凛は顔を両手で覆ったまま、ただひたすら「うぅ〜〜!」と呻き続けるのだった。
♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡
とある昼休み―――
机に突っ伏している凛に、綾が近づいてくる。
「ね、今度の土日にクラスでお花見するんだけど、凛も来ない?」
「…………」
「おーい、凛ちゃ〜ん聞いてる〜?」
綾は、片手をメガホンのようにして凛に呼びかける。
「返事が ない……。
ただの しかばねの ようだ」
「………うるさい、今私ちょっと機嫌悪いからどっか行って」
「まあまあ、大好きな兄さんをお昼ご飯に誘って断られた凛ちゃん、ちょっと聞いてよ」
凛の頬が熱を帯び、思わず握った拳を机の下に隠す。
「―――っ!綾、大っ嫌い………!」
本気で機嫌悪い凛。綾は流石にからかうのをやめる。
「ごめんて、でもこれは凛にとっても良い話だよ?」
「…………何?」
凛は机に突っ伏したまま、機嫌が悪いのを隠そうともせずに言う。
「あのね、今度の土日クラスの皆でお花見行こうって話してるんだけど、凛もどう?」
その瞬間、凛はピキーンと閃光が走った感覚を覚えた。
「…………兄さんも誘っていい?」
綾は指で輪っかを作る。
「もちろんっ!」
「じゃあ………行く」
その後、凛は蓮をお花見に誘い、蓮は皆も行くんだったら、と承諾した。
凛は、私と二人だけだったら嫌だったんだ、と落ち込むが、蓮とのお花見が楽しみだったのですぐに上機嫌に戻った。
「ふふっ、楽しみ………」
「あれ〜ぇ?凛、さっきまであんなに不機嫌だったのにどうしたの〜?」
凛はぱっと顔を赤くして、振り向く。
「そ、そんなこと―――」
「ふふっ、ばればれだよ。顔に出てるもん」
綾は指先で凛の頬をちょんとつつく。
凛は思わず顔を伏せる。耳まで熱を帯び、呼吸が乱れる。
「も〜、恋する乙女は可愛いですな〜」
凛は机に顔を埋め、耳まで真っ赤になって呻く。
「ち、違う……そんなことない……!」
綾は笑いをこらえつつ、凛の肩に軽く肘を置く。
「ま、でも楽しみだよね、兄さんと二人の時間♪」
「………うん」
目を伏せて本音を漏らす凛に、綾は同性ながらキュンとくる。なんだか負けた気がした綾は、凛をからかう。
「ぐぬぬ………まあ、凛と瀬川くんが二人きりになれるとは限らないけどね!」
凛は、拳をぎゅっと握りしめ、決心するように言い放つ。
「………絶対に二人きりになるもん」
次回、凛ちゃん思わず箸をぶん投げそうになる(嫉妬)




