第4話 義妹がからかってきて可愛い。
「に、兄さん……に……く、唇を………ふさ、塞がれ………♡」
ンンッ、と蓮がわざと咳払いをすると、凛も冷静になり、しばらく沈黙した後、かすかに小さく息を吐く。
「ちょっと……呼んでみたかった」
その言葉は小さく、耳に届くか届かないか程度。頬はわずかに赤く、目は逸らしている。
その姿は、普段のクールさはありつつも、少し子供っぽかった。
蓮は、はぁ……、とため息をつく。
「………これからは気をつけてくださいね」
「…………ん、できるだけ」
凛はそう言って、口をつぐむ。
「……ふぅ、よかっ―――できるだけ!?」
蓮は、全然安心できなかった。
―――――――――――――――――
午後の光が差し込む俺の部屋。俺と神楽さんは、二人だけでテスト勉強をしている。
俺は二人でやらなくてもいいのでは、と言ったのだが、神楽さんはどうしても二人でやりたいらしい。
「兄さん、ここってどうやるの?」
俺より神楽さんのほうが頭がいいので、俺が分かる問題が分からないはずはないと、少し不審に思いながらも俺は丁寧に説明を始める。
「こうやって計算するんだ。ここは気をつけて――」
その時だった。神楽さんの肘が机越しに俺の腕に触れる。軽くだが、確かに俺の腕に触れた。
「………っ、ご、ごめんなさい……」
「えへへ、全然気にしてないよ」
高まる鼓動を鎮めて、俺は勉強に集中しようとする。
しかし、今度は偶然ではなかった。神楽さんが肩越しに身を乗り出し、耳元で囁くように言った。
「ここ、分かんないな〜。もっと教えて、兄さん♡」
……俺は息を呑む。さっきより距離が近い。甘えたような声も、耳にじわりと響く。
「か、神楽さん……もう少し距離を………」
「えへっ、ごめん兄さん♪」
と、俺の言葉を軽く受け流す神楽さん。
その顔も可愛くて、俺は理性が吹っ飛びそうになった。
その問題を教えると、部屋にはシャーペンの滑る音のみ。やっと勉強に集中できると思った矢先―――――
「えいっ」
神楽さんはいたずらっぽく笑いながら、わざと俺の手にぶつかる。いや、ぶつけてくるというより、わざと俺の反応を試すように触れてくるのだ。
「神楽さん……!」
俺は真剣な表情で神楽さんを見つめ、少し声を荒らげてしまった。
「本当にやめてください……!これは、こういうのは…………ちょっと」
俺をからかう神楽さんは可愛すぎて、俺の理性が消え去ってしまうかも知れない。そうすれば神楽さんにも嫌な思いをさせてしまう。
神楽さんは一瞬、動きを止めた。
口元に浮かべていた小さな笑みが、少しだけ引きつる。目はわずかに潤み、その奥に、ほんのり悲しさが滲んでいる。視線は床へと下がった。
「……そっか……ごめんね、兄さん……」
かすれた声が、沈んだ胸の奥から漏れる。
いたずらをしてお母さんに怒られた子供のような顔をする神楽さんに、俺は慌てる。
「ご、ごめんなさい……!俺、神楽さんを傷つけるつもりは……!」
神楽さんは小さく肩をすくめ、俯いたまま小さく自虐的に笑った。
「……いや、本当にごめん、ただの義妹がこんなことやって…………迷惑だよね」
その声はかすかに震えていて、クールな神楽さんとはまるで別人だった。
「兄さんが隣にいると心が温かくなるの……それで、調子に乗っちゃって………っ」
凛は自分の胸に、握りしめた手を当てる。
「ち、違う!神楽さんが悪いんじゃないです……そんなこと、絶対に思ってないから……!」
神楽さんは少し驚いたように顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめる。
「……………本当?」
「はい………その、問題なのは俺で………神楽さんがそういうことすると、俺が勘違いしてしまうかもしれないですし…………」
俺がそう言うと、さっきまでの悲しい雰囲気から一転、神楽さんは肩を揺らして目を輝かせていた。
「えへへ、勘違い、かぁ………♡」
神楽さんの小さく弾む声に、俺は思わず肩をすくめた。その部分を抜き取らないでほしい。
「ふーん、そうなんだ………勘違いじゃないけど…………」
神楽さんは、耳まで真っ赤にして、何か言葉を言った。
「……え?なんて言いました……?」
最後の方が聞き取れなかったので聞き返すと、「なんでもない」とはぐらかされてしまった。
すると神楽さんは上目遣いで微笑む。その表情は、子供っぽさと色っぽさが入り混じり、俺の理性を揺さぶる。
(……なんか、男嫌いでクールなキャラ崩壊してないか?)
義妹になって初日の、トゲトゲしい態度とは真反対ともいえるこの状況に、俺は頭を悩ませた。
―――――――――――――――――
「ふぅ〜、テスト終わったね、兄さん」
すべてのテストが終了した日の放課後、蓮と凛は教室に残っていた。
「そうですね」
蓮がそう返すと、凛は頬をムッと膨らませて
「ねえ兄さん、そろそろ敬語外さない?」
と言い、蓮の腕を人さし指でつつく。
「いや、俺たちそんな仲良くは―――」
「は?」
「めっちゃ仲良いです、はい」
凛の怖い笑顔に、蓮は心臓が今までとは違う意味でドキッとした。
凛は、蓮の言葉を聞いてニコッと笑うが、すぐにハッとしてまた頬を膨らませた。
「それと、兄さん私のこと『神楽さん』呼びだよね。なんで?」
「いや、それは……そんな仲良くな―――」
「は?」
「いいえ、あなたと私は蜜月な関係にあります!」
「えへへ、嬉しい」
凛のご機嫌をとる蓮。凛は頬を赤らめて、蓮を見つめる。
「じゃあ兄さん……これからは『凛ちゃん』って呼んで」
「え……?ちゃん付けはちょっと………」
「は?」
「…………っ、いや、これは譲れない……!流石にキモいし」
「む〜っ……………!」
凛は、とても不満そうだ。しかし『必殺・怖い笑み』でも譲らない蓮を見て諦めたのか、妥協案を考える。
「………じゃあ『凛』って呼んで」
「………っ」
「はやくっ………呼んで」
蓮はぐぬぬぬ、と唸ったがついに観念したのか、口を開く。
「り―――」
「凛」
と、その時――――
教室に、第三者の声が響き渡った。
「「――――!?」」
蓮と凛は、びっくりして距離をとる。
「凛、大丈夫?放課後一緒に帰ろうって言ってたから…………」
ドアから現れたのは、凛の親友の早川綾。明るい笑顔と好奇心旺盛な目が二人を見つめる。
凛は慌てて背筋を伸ばし、蓮の隣に座り直す。
「う、うん……別に平気」
頬が赤くなっていることを、必死に隠す凛。しかし、親友の綾にはバレバレだった。
「あれ〜?凛こんなところで男子と二人きりってどういうことなのかなっ?」
綾は笑っている。その目は完全に、この状況を楽しんでいる様子だ。
「い、いや……なんでもない」
凛は必死に、うるさい鼓動を取り繕う。
「本当?ちゃんと目を合わせて言って?」
と、その時
「は、早川さん……違うんだ……!これは、その………そ、掃除当番で……」
苦し紛れの言い訳。しかし、綾はポンッと手をついた。
「あっ、そうだったんだ〜ごめんね、あたし勘違いしちゃって」
「う、うん……じゃあ俺、もう帰るよ」
蓮はそそくさと帰っていった。
「じ、じゃあ、私たちも帰ろうか、綾」
「うん、そうだね―――――って……なるとでも思った?」
「うっ……………!」
やはり親友は誤魔化せなかったようだ。
次回、やはりバレた。友達、すごい。




