第11話 嬉しすぎてしんじゃう……♡
今日は土曜日。そして、昨日のあれ以来顔を合わせていない神楽さんが帰ってくる日。
俺は帰ってきたらすぐ謝れるように、玄関の前で5時くらいから待機している。
すると、その時――――
ガチャリ、と。
鍵が開く音がした。
蝶番の鳴る音とともに扉が開く。
神楽さんは、扉に体半分を隠して、こちらを覗いていた。そしてその視線は俺のほうへ向き―――
「「……………」」
目が合った。
俺は、急いで頭を下げて―――
「「―――っ、ごめん!!」」
………………
「「―――――え?」」
全ての言葉が一致した。
俺たちは顔を合わせて、目を丸くする。
しばらく沈黙が流れ、先に口を開いたのは俺だった。
「神楽さん、昨日はごめん…………神楽さんの機嫌を損ねちゃって」
すると神楽さんは、首をぶんぶんと振って、慌てて口を開く。
「兄さんが悪いんじゃなくて……!私が勝手に傷ついただけだし………」
と言って口を結ぶ。目を伏せている彼女の表情は暗い。
やはり俺は神楽さんのことを傷つけていたんだ。
「いや、俺が悪いんだ……!本当にごめん…………俺、《《何でもするから》》……許してほしい」
俺は神楽さんに頭を下げた。ぱっと出た言葉。言葉は薄いが、気持ちは本当だ。
「……………」
彼女から、返事は無い。
沈黙ということは、許しの否定。
それでも俺は、頭を下げたまま言う。
「二度とこんなことはしない。だから、俺の至らないところを教えてほしい………俺、何が悪かったのかわからないんだ」
一秒が数分に感じる。心臓の鼓動だけが、本当の時間の進行を教えてくる。
俺は、おそるおそる顔を上げる。そして、両眼に神楽さんの顔が映る――――
「―――か、神楽……さん?」
あれ……?
そこには予想外の光景。
彼女はニヤついていた。彼女の目からは、嬉しさと期待が見える。これはどういうことなのだろうか?
「神楽さん………怒ってるんじゃ……?」
「全然?」
「え………?」
「ふふっ……兄さん、さっき『何でもするから』って言ったよね?」
その瞬間、俺の背中に悪寒が走った。まるでオカンに隠し事が見つかった時のような。
………………。
神楽さんはおそらく「何でもする」と言ったのを口実に俺をこき使うつもりなのだろう。
「――――っ」
俺は息を呑む。
神楽さんは、口角を上げてこちらを見ている。
「じゃあ―――」
心臓が高鳴る。もう、逃げられ――――
「私の肩、揉んで………?」
神楽さんは、可愛らしい上目遣いで、少し頬を赤らめながらそう言った。
最後の方は耳を澄ませていなければ聞こえないほどの声量だった。
「お願い、兄さん………♡」
困惑していた俺だが、神楽さんがそんなことを言ってきたものだから、断れるわけがない。
「………わかった」
玄関にいた俺たちは、神楽さんの部屋へ移動した。彼女の部屋の中は、なんだか甘い匂いがした。
初めて入る女子の部屋。しかもそれが神楽さんの部屋だなんて……………。
「じゃあ………やるよ?」
俺は、女の子座りをする神楽さんの背中へ回って、彼女に声を掛ける。
「待って。こっち側がいい」
すると、神楽さんは前の方の床を軽く叩いた。どうやら背中側じゃなくて正面から肩を揉んでほしいらしい。
「正面から……?」
神楽さんの不可解な言葉に俺が眉をひそめていると、彼女はこちらを見て
「………だめ?」
と、今にも泣きそうな表情で言ってきたので全く抗えなかった。
「……いくよ?」
「うん」
俺は、力を入れすぎないように慎重に神楽さんの肩を揉み始める。しかし、彼女の肩は驚くほど柔らかかった。
「……神楽さん、肩凝ってなくない?」
「………凝ってる」
少し間があったような……。気のせいか。
「……そう」
しばらく続けていると、神楽さんが
「もうちょっと強くていいよ」
と言ってきたので、少しだけ力を強める。
「んっ……♡気持ちいい……」
「―――っ!!??」
神楽さんは気持ちよさそうに背中を少し反らせて、吐息を漏らす。
その姿と声が、あまりにも色っぽかったので、俺は慌てて力を弱める。
「兄さん……?」
いきなり力を弱めたせいか、神楽さんは小首を傾げてこちらを覗く。
「い、いや……なんでもない」
俺は、深呼吸をして肩揉みを再開する。
「その、神楽さん……俺のダメなところって………」
「ん〜………あっ、兄さん日向と仲良くしすぎなの。私とも仲良くして」
「……?わかった」
そんなことか?
会話が止まる。
(………そう言えば、顔近っ――!)
一度意識してしまっては、もうもとには戻れない。
長いまつ毛、軽く上気した頬、ぷるぷるとした唇。それらが、すぐ目の前にある。
「………っ」
俺の視線に気づいたのか、神楽さんも俺の方を見てくる。
「「………………」」
お互いの視線が交錯する。神楽さんは何故か目を逸らそうとしない。
「ごめん、神楽さん……」
俺が謝ると、神楽さんは頬を膨らませて俺を覗き込んできた。…………顔が近いっ!
と思っていたら、神楽さんがジトーっとした目で俺を見てきた。
「あの………」
「………な、何?」
「兄さん………この前、私のことは凛って呼んでって言ったよね」
「………っ」
俺が目を逸らそうとすると、神楽さんは俺の両頬を挟んでくる。彼女の両手はほんの少し湿っていた。
「い、いや…………」
「何でもするって……言ったよね?」
「はい言いました」
有無を言わせない笑顔と圧に、俺は縮こまると、過去の自分の発言を後悔した。
「言って、兄さん………」
もう、逃げられない。俺は、彼女の肩から手を離して少し俯く。
「…………っ、―――――凛」
言いきった……!
恥ずかしくて、多分、耳まで赤い。
神楽さ――凛はきっと俺の赤面を見て、くすくすと嘲笑しているのだろう。
多分、凛は俺の恥ずかしがるところが見たくてこんな事を言いだしたんだ。
「―――――っ!?」
しかし、俺が顔を上げると、そこには耳まで真っ赤になっている凛がいた。唇を固く結び、目を丸くしている。
「そ、その…………凛―――」
「まっ、待って……!凛って呼ばないで……!」
「え……?」
「あっ、いや違う……!凛って呼んでほしい………だけどその、心の準備が……」
と言って彼女は手をバタバタと振る。それから両手で顔を隠すと―――
「嬉しすぎてしんじゃう、から…………」
よく分からないが、俺はそこから先の記憶が吹っ飛んでいる。
次回、まさかの更新時期来年の春。不平不満随時募集中。




