第10話 夜の女子会
お風呂から出ると、床においてあるカゴに着替えが入ってあった。―――のだが
「―――っ!?」
そこにあったのは、自分のとは二回りくらい違うサイズのブラ。ご丁寧に、パンツと色がおそろいになっている。
「あ、神楽さん出た?ドライヤーも使っていいからね〜」
ドアの向こうから橘日向の声が聞こえる。
なんだか屈辱だったので、ゆるゆるの下着をつけて、浴室を後にした。
「神楽さん、どうぞ飲んで」
リビングへ向かうと、橘日向がホットコーヒーをテーブルに並べているところだった。
「………いただきます」
ホットコーヒーは少し苦くて、酸味もあった。温かくて、つい感想が漏れてしまった。
「………美味しい」
「え、そう?……よかった、神楽さんの笑顔が見れて」
私はハッとしてそっぽを向くと、口をとがらせた。これでは橘日向が姉さんみたいになってしまう。
「――あの、橘さん………」
たったの数十分で、私は橘日向に心を許していた。だからだろう。私の口から、悩みがボロボロと溢れていく―――
「私―――――」
「…………っ、神楽さんと瀬川くんが……義兄妹!?」
「…………うん」
私は、兄さんとの関係。そして自分の気持ちも包み隠さずにすべて話した。
「え〜っ!?マジ羨ましいんだけどっ!?」
橘さんは、キラキラと輝かせた目で私に食いついてくる。
「…………橘さんは……や、妬かないの?」
私は、目を逸らして言う。
「私は兄さんのことが好きで、それはあなたも同じでしょ?」
すると彼女はうーん、と一瞬考えて、それから私の目を見ると
「正直、すっごい妬いてる。………けど、それで友達とギクシャクしたくないな、私は」
「……………」
橘さんは、すごく優しかった。私が一方的に妬んでいただけだった。
「だけど、瀬川くんを譲る気はないよ?だから……………これからは、友達兼ライバルってことでっ!」
明るい彼女に、私は思わず笑ってしまった。
「そう、ライバル………ね。………私、絶対に負けない」
「ふふっ、私も負けないよ?………勝ったら瀬川くんの躰を好きにしていいんだよね?」
「――――っ!?す、好きにするって………どういう…………」
「えへっ、そのままの意味だよ………もう高校生なんだし、えっちの一つや二つくらい……大丈夫、でしょ?」
私はその単語に顔を赤く染め上げる。
「ち、ちょっと……!それはまだ早いんじゃない!?」
「え〜?いいじゃ〜ん。あー、早く瀬川くんと気持ちよくなりたいなぁ」
「――――っ!?」
顔を真っ赤にさせる私に、えっちな妄想をしている橘さん。
日が落ちつつある夕方だった。
――――――――――――――――
「ねえ神楽さん、今日………家に泊まっていかない?」
もう帰ろうと、バッグの中身を確認していると、橘さんはそんな事を言ってきた。
「……………え?」
「私、女子会ってやつ一回してみたかったんだよね」
豊かに実った胸の前で両手を合わせて、可愛らしくお願いをする橘さん。
実は少しだけ兄さんと顔を合わせたくなかった私は、ママに連絡すると、了承をもらえた。
「うん、泊まっていく」
「やた〜っ!」
橘さんは跳び上がると、そのまま私に抱きついてくる。柔らかい感触が胸に押しつけられ、少し恥ずかしくなる。
「ちょ……恥ずかしい……………」
「ああ、ごめんねっ」
橘さんはそう言い、抱きつくのをやめると、しばらく考えて、言った。
「神楽さん…………これから、凛って呼んでいいかなっ……!?」
「え……!?……いいけど」
「ありがとうっ!私のことも日向って呼んでねっ!」
いつの間にか、心の奥に潜んでいた敵意は静かに消え去っていた。
「じゃあ私お風呂入ってくるから、部屋でゆっくりしてていいよ〜」
日向の作った美味しい夜ご飯を食べ終えると、彼女の部屋に布団を敷く。布団は二人分あったので床で寝ることは免れた。
日向がドアを閉めると、部屋には私一人だけになる。
「――――ん、何あれ………?」
なんとなく部屋を見渡していると、ふと勉強机の上においてある何かに気づく。近づくと、それはとある写真だった。
「―――体育祭の時の……………っ!?」
それは、日向と兄さんのツーショットだった。二人は笑みを浮かべて仲良さそうにしている。
「―――――私も負けてられない……」
しばらくすると、お風呂上がりの日向が部屋に戻ってきた。そして私が手に持っていた写真を見ると、慌てて言った。
「ああっ、その写真……!ごめん、見せつける気はなかったの!」
「ううん、そんなこと思ってないよ。私の方こそ勝手に見てごめん」
「本当?………よかったぁ………」
日向はその写真を大事そうにしまうと、私の隣に座った。
「じゃあ…………始めよっか」
「何を?」
私が聞くと、日向はふっふっふ〜、と人差し指を振ってから私の目を見る。
「何って、恋バナに決まってるじゃん!」
「こ、恋バナ……………」
―――――――――――――――――
「で、凛は瀬川くんのどこが好きなの?」
唐突に、日向はそんな事を聞いてきた。
「優しくて………些細なことでも気づいてくれるところとか、あと顔もカッコいいし背も高いし―――――――」
「ちょっ、ストップストップっ!凛、目にハートのハイライトが入ってるよっ!」
………まだ数十個くらい残ってたのに。
「……凛も瀬川くんのこと、マジで大好きなんだね」
「うん大好き」
それから、兄さんのカッコいい仕草や、兄さんの口癖などについて話し合い、気づけば深夜になっていた。
「瀬川くん、筋肉も結構あるんだよ?凛、知ってた?」
「え、そうなの……!?」
「うん。この前、偶然触っちゃって………」
「ええっ……!私も触りたいな………!」
この前までの私であれば、日向が兄さんに触れたと知れば、呪い殺していたと思うが、もう私たちは友達なので、そんな感情にはならない。
「は〜………もう本当に大好き……♡」
「私も………!」
私は、決心した。
「明日、兄さんとしっかり話す」
「うん。それがいいよ」
―――――――――――――――――
「あぁ、どうしよう…………」
神楽さんを怒らせてしまった。
原因はよく分からないが、俺が悪いということだけは分かる。
「今日は、友達の家に泊まるって義母さんが言ってたし………」
普段クールで感情なんて全く見せないような彼女を、あんなに感情的にさせてしまった。
もうすでに、俺への好感度は0だろう。
「なんでだろう………それは嫌だな」
しかし、それならばまだ積み重ねられる。
好感度というメーターがあるとするならば、まだ大丈夫。もう一度、始めればいい。
俺は、決心した。
いつかそのメーターが上がることを信じて。
そのために―――
「明日、謝ろう」
次回、プロローグ的なやつの最終話的なやつ。




