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第41話「蠢く骨」

 崩れ落ちた天井の割れ目から、細い陽光が一筋だけ差し込んでいた。

 光は漂う白埃を照らし、その軌跡を黄金色に染める。


 第三班──カイ・レーヴン、オルト・ディアス、ノルド・ヴェインターク、ルーク・エステバン。

 彼ら四人は、遺跡東階層の調査を任され、冷気のこもった石廊を慎重に進んでいた。

「……なぁ、ここの空気、普通じゃねぇぞ。ほら、白い息まで出るし」


 先頭を歩くルークが冗談めかして吐息をこぼすが、その声には僅かな緊張が滲む。

「気を緩めるな。空気が冷えている場所ほど、死気が濃い」


 カイは短く言い、剣を半ば抜いて光を反射させた。

 その瞬間──

 背後の闇の奥で、乾いた骨が擦れ合う音がした。

「来るぞッ!」


 オルトの警告が響くと同時に、壁の陰から五体のスケルトンが飛び出した。

 錆び付いた剣を振りかざし、甲高い金属音が石廊に反響する。


 カイが一歩踏み込み、鋭い銀線を描く。

「せぇぇいッ!」


 ザンッッ!!


 無駄の一切ない精緻な軌道──その一太刀で、スケルトンの首が滑るように飛んだ。


 即座にオルトが続く。

 長槍が風を裂く音と共に突き込まれ、骨の胸郭を貫通する。

 衝撃のあまり、砕けた肋骨が白い粉のように散った。

「ルーク、右側を任せた!」

「おうよ!」


 ルークの大槌が唸りを上げ、重い弧を描く。

 振り抜かれた瞬間、空気が一瞬歪んだ。

「ドゴォォォン!!」


 衝撃波に押し潰されるように、スケルトンが壁ごと粉砕される。

 その後方で、ノルドが静かに詠唱を開始した。

「……芽吹け──《リグラント・ヴァイン》」


 足元の石が脈動し、割れ目から緑の蔦が滑るように伸び出す。

 生命の気配を帯びたその蔦は、砕けた骨片に絡みつき、まるで“死を拒む”かのように動きを封じ込めていく。


 最後のスケルトンが倒れ、骨の落下音が静かに止んだ瞬間──

 石廊は再び、冷たく乾いた沈黙に包まれた。


 静寂が訪れた……ように思えた。

 だが、砕け散った骨片は消えず、震えるように脈動を始める。

 石床の古代文様が淡い光を放ち、黒い瘴気が逆流するように骨へ吸い込まれていった。

 周囲の空気が急速に冷え込み、吐息が白く散った。

「……妙な気配だ。まだ終わってない」


 カイが剣先をわずかに上げながら呟く。

 集まった骨片は螺旋を描くように結合し、鉄片が骨の隙間に滑り込む。

 表面には黒い符文が複数浮かびあがり──

 まるで“兵士”が生まれる過程を逆再生しているようだった。


 やがて、それは立ち上がった。

 ──魔造兵マギア・リブレイス


 スケルトンより一回り大きく、鉄骨のような関節と滑らかな動作。

 眼窩に宿る蒼光は、確かな意志すら感じさせた。

「おいおい、アレってまさか……冗談じゃねぇだろ」

「くっ、構えを崩すな。来る!」


 次の瞬間、魔造兵は金属を引き裂く音とともに疾走した。

 カイが迎え撃つが、剣と剣が噛み合った瞬間、腕に痺れる衝撃が走る。

 ガンッッッ!!!

「──ッぐ!! 重……っ!」


 二体目の魔造兵が壁を駆けるように出現。

 三歩で人間の十歩を詰める異常な速度。

「増えてるぞ!!」

「ノルド、援護を!」

「あぁ、《グラス・アロー》!」


 蔦の光矢が雨のように降り注ぎ、軌跡を穿つ。

 だが魔造兵は痛覚も怯みもないまま跳躍し、天井近くへ。

「ちょ、空中はマズいって!」


 ルークが大槌を構え直し、地を蹴った。

「──来いよッ!」


 魔造兵が落下してくる。

 ルークは大槌を握り込むと、深く息を吸い込んだ。

「……ずっと考えてたんだよ!──俺の力、全部“ぶっ壊す力”に変える技をなァ!!!」


 踏み込みと同時に、大槌の周囲に“圧縮された衝撃”が震えるように集まり、空気が一瞬止まった。

「こいつで決める!!」


 ルークが地を蹴った瞬間、床石が「バチンッ!」と弾けた。

 大槌を構える彼の全身に、練り上げた気流のような圧が集束していく。

「お前ら──見とけよ!」


 大槌を肩に担ぎ、ルークは吠えた。

解放槌技(かいほうついぎ) 第二打 クラッシュ・リベレイション!!」


 ゴウッッ!!

 振り下ろされた大槌が床を叩きつけた瞬間、

 通常の打撃とは明らかに異なる“二重の衝撃” が炸裂した。


 ひとつ目は、槌そのものの破砕力。

 そしてふたつ目──

 ルークが編み出した“溜め撃ち”の解放された衝撃が、地面を通して扇状に広がる。


 ドォォォォン!!!


 低い地響きが遺跡全体を震わせ、

 壁の紋様がビリビリと振動し、塵が滝のように降り注いだ。


 空中に逃れようとしていた魔造兵は、

 その波に真正面から飲まれた。

「ギィ──ッ!?」


 まるで“地面の拳”に殴りつけられたように、

 魔造兵の体が 空中で折れ曲がり、姿勢を失った。


 落下軌道が大きく乱れ──

 ルークの作った“隙”が生まれる。

「カイ!! 今だッ!!」

「任せろ!」


 カイは一歩で地を滑るように前に出た。

 剣を構えた腕の筋肉がきしみ、

 刃が空気を裂く シャッ! という鋭音が響く。


 落下してくる魔造兵の胸部──

 そこに刻まれた濃い符文が、一瞬だけ光を帯びた。


 カイはその光を読み切っていた。

 剣を半身で振り上げ、

 斬撃の角度をピクリと変える。

「──ッ!」


 ガギィィィィン!!


 刃が符文の中心を正確に貫き、

 紋様が裂けてその光が霧散する。


 符文が砕けた瞬間、

 魔造兵の体は支えを失い、

 金属の塊が崩落するように ガラガラッ! と崩れ落ちた。


 静寂。

 ルークが大槌を肩に担ぎ直し、鼻で笑う。

「へっ……どうよ。俺の“解放砕撃”、効くだろ?」

「……ああ。今の一撃、普通の衝撃じゃなかった」


 カイが頷く。

「圧を“溜めて”“爆ぜさせた”のか。随分凝った技を作ったな」


 ルークは照れくさそうに鼻をこすった。

「ひたすら……叩いて、考えて、また叩いて……やっと形になったんだよ。ったく、魔造兵相手に初お披露目になるとはな」


 カイは刃についた粉塵を払いつつ、

 短く、しかし確かな評価を返した。

「最高の隙が生まれた。……見事だ、ルーク」


 そのやりとりの後、

 周囲の骨音が再びざわめき始める──


 まだ一体──

 奥の闇の底で、重金属が軋む「ギリ……ギリ……」という音が響く。


 床に刻まれた古代語の紋が、まるで心臓が拍動するように ドクン、ドクン と脈動し、

 第二の魔造兵が石粉をまといながら立ち上がった。


 胸部に埋め込まれた“樹皮色の符”が、

 先程の個体よりもはるかに濃い光の揺らぎを放っている。


 ノルドは細めた目でその“鼓動”を読み取った。

「……制御核が強化されてる。符文の層が二枚以上あるな。真正面から割るのは無理だ」


 オルトは剣を引き、体重を低く落とす。

「壊すための“道”を作ってくれりゃいい。俺はそこを斬る」

「あぁ、任せろ。まだまだ術は出せる」


 魔造兵の脚部が深く沈み──

 ギュルルルッ! と駆動音を鳴らしながら突進してくる。


 その刹那。

 ノルドの足元からふっと翠光が咲いた。

「掴め──《グリーヴァイン》!!」


 バキバキバキッ!!


 床石を裂いて伸び出した蔦が、

 獣のような速度で魔造兵の足へ喰らいつく。


 まるで“生き物”が牙を立てたかのように、

 金属の脚部を ギィイッ! と軋ませながら引き倒した。


 だがノルドは、そこからさらに魔力を込める。

「まだ……終わらせねぇよ。──喰らい込めッ!!」


 絡んだ蔦が一気に太く変質する。

 節の間から生える硬質な木皮が甲殻のように膨張し、

 魔造兵の膝関節・駆動軸へ無理やり食い込む。


 ガギンッ!


 魔造兵の重心が止まった。

 ほんの、一瞬。

「オルト!!」

「任された!」


 オルトは影のように滑り込み、

 剣を引きながら呼吸を止めた。

「──ぜぇぇぇぇいッ!!」


 ギャリィィィンッ!!


 ノルドの蔦が露出させた“継ぎ目”へ、

 正確無比な一閃が突き刺さる。

 内部の符文核が露わになった。

「ノルド──!!」

「仕上げは任せろ!」


 ノルドが両手を大きく開き、

 自然属性エクシナの魔力を一点に凝縮させる。


 地面から無数の“小枝の魔力線”が走り、

 核へ向かって槍のように伸びた。

「──《リグリード・ヴァイン》!!!」


 それは爆発ではなく、

 内部から植物が“急速成長する圧力”そのもの。


 ボゴォォォォンッ!!


 符文核が耐えきれず破裂し、

 胸部に巨大な亀裂が走る。

 蒼光が暴発し、金属の体内で乱反射した。


 オルトは余波を読み切って後方へ跳び退き、

 光の奔流を紙一重で躱す。


 魔造兵は膝から崩れ──

 ガシャアァァン…… と重い音を残して沈黙した。

 粉塵の中で、大槌を担いだルークが苦笑する。

「……自然属性ってもっと優しいもんだと思ってたんだけどな。お前のは容赦ねぇな、マジで」


 ノルドは肩を竦めた。

「自然はサポートだけじゃねぇよ。縛るのも、裂くのも、膨らませて壊すのも──全部“生きてる力”だ」


 オルトは剣先を払うと、小さく頷いた。

「ふぅ、終わりだ。……次へ進むぞ」


 その背後で、ルークが自分の大槌を一度握り直す。

 先ほどの必殺技の余波──床にまだ残る“揺れ”を感じ取りながら、

 彼は少しだけ笑った。

「……にしても、二体目でこれかよ。こりゃ、体力がいくらあっても足りねぇな」


 オルトが残骸を調べ、唸る。

「しかし……硬すぎる。骨ではなく、鉄と術が混ざっている……これは誰かが造ったものだ」


 ノルドは、崩れた魔造兵から漂う瘴気を見つめた。

「造られただけじゃない。“今も稼働している術式”があった。誰かが意図的に“動かしていた”ハズだ」


 カイは静かに剣を収め、闇の奥を見た。

「ならば、奥へ進むしかない」


 ルークが肩を回し、大槌を担いだ。

「よし……次の相手は、もっと強くてもいいぜ。俺の新技、もう一回ぶち込む準備はできてる!」


 その陽気さが、張り詰めた空気を少し和らげた。


 だが遺跡のさらに奥で──

 何かが、静かに目を覚ましつつあった。

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