第39話「遺跡調査開始」
陽が高く昇り、空の色が薄く変わり始めた頃。
遺跡前の野営地には、すでに四つの班が整列していた。
午前中の外周調査を終えた彼らは、装備の最終確認を終えると、正午の合図で内部調査へと向かうことになっている。
サリオンと王国の合同任務──古代遺跡調査。
総勢三十五名。
だが内部に入るのは十六名に限られた。
遺跡の構造が狭く、奥に進むほど不安定になるため、熟練の冒険者を中心に少数精鋭の編成が組まれたのだ。
総指揮を務める王国騎士団のフィレーナ・クラウゼンが前に立ち、各班の名を読み上げていく。
その声が澄みきった空気に響くたび、全員の視線が一点に集まる。
──────
【第一班】
「第一班──グランツ・ドレイカー、ミーナ、レクト、マユリ・セレイド。」
槍の柄を軽く打ち鳴らし、王国騎士団のグランツが静かに応える。
長身で、整った金髪。鎧は傷ひとつなく磨かれており、その姿はまさしく“王国騎士”の象徴のようだった。
隣に立つミーナは、腰に二つの短弓を提げた小柄な女性。
その眼光は鋭く、射抜くように周囲を見渡している。
「風の流れ、悪くない。矢は通るわね」
「……お前、毎回言うな、それ」
レクトが棒を肩に担ぎながら苦笑した。筋骨たくましいが、どこか陽気さを残す闘士だ。
最後尾に立つマユリは、落ち着いた声で応じる。
「三人とも前衛寄り。……なら、私は後衛に回るわ。魔力の流れ、できるだけ抑えて進む」
班の呼吸は、すでに整っていた。
──────
【第二班】
「第二班──リオネル・ヴァス、カレン・エルメア、ディラン・グレイアス、トラス・バレック。」
鋭い目つきをした騎士、リオネルが短く頷く。
隣のカレンは王国術士であり、白の外套を揺らしながら杖を構える。
彼女の掌には淡い魔力が灯っていた。
その後方、Aランク冒険者のディランが静かに剣を背に立つ。
無言のまま、気配だけで周囲を制圧するような存在感。
トラスはそんな空気に苦笑しながらも、片手で斧を担ぎ上げた。
「……なあ、空気が固すぎねぇか?」
「黙っていろ。隙を作るな」
リオネルの低い声に、トラスは肩をすくめる。
だが、どこか楽しそうだった。
──────
【第三班】
「第三班──カイ・レーヴン、オルト・ディアス、ノルド・ヴェインターク、ルーク・エステバン。」
王国の若き剣士カイが軽く手を挙げ、前に出る。
まだ若いが、剣の構えに無駄がない。
オルトは長槍を持ち、無言でそれを地面に突き立てた。
鋼の音が、湿った風に響く。
「……やっぱ、騎士団ってのは静かだな」
ルークが苦笑すると、ノルドが肩を竦める。
「静寂は訓練の結果だ。真似できるものじゃない」
「お前も十分静かだろ」
「必要のない音は、感覚を鈍らせる」
「……詩人かよ」
軽口を交わしながらも、彼らの足取りは軽くなっていく。
──────
【第四班】
「第四班──ロイド・バルガス、エルド・クラヴェル、レイナ・モルドリーフ、そして、私フィレーナ・クラウゼンだ」
エルドが一歩前に出て、静かに一礼した。
フィレーナが頷き、全員を見回す。
槍士のロイドは、穏やかな笑みを浮かべる壮年の男。
経験豊富な彼は、仲間の士気を保つ潤滑油のような存在だ。
「……ふむ、面白い組み合わせだな」
レイナが針のケースを確認しながら言う。
「でも悪くないわね。バランスは取れてる」
「罠士の判断を信じよう」
ロイドの声は柔らかいが、内に力を含んでいる。
その隣で、エルドはオルディアの鞘に触れた。
剣が、かすかに震える。
まるで“何か”を感じ取っているかのように。
◇◇◇
やがて四班はそれぞれの入口へと分かれ、遺跡内部へと進む準備を始めた。
正午の光がアーチを照らし、古びた石壁に淡い模様を描く。
その光景は荘厳でありながら、どこか不穏だった。
フィレーナが小さく息を吸い、声を張る。
「ここから先は未知の領域だ。焦らず、油断せず、そして……戻る勇気を忘れるな」
全員が頷く。
エルドは最後にもう一度、遺跡の奥を見た。
空気の奥に、確かに“鼓動”のようなものがある。
石の記憶。
音の残響。
そして、呼びかける声。
──オルディアが、低く鳴いた。
それが、調査開始の合図のように響いた。
◇◇◇
第一班──グランツ、ミーナ、レクト、マユリ。
彼らの担当は、遺跡の西階層。崩れた通路の奥から、さらに下へと続く階段を進む。
遺跡内部は、まるで生きているかのようだった。
壁や床の石は常に微かに脈打ち、歩けば低く鈍い音を返す。
マユリが掌を壁に当てると、淡く青い魔力の波が伝い、まるで呼吸を感じるようだった。
「……やっぱり、建物そのものが“生きてる”みたいね」
「意思がある建物、か」グランツが槍を構えながら言う。「嫌な響きだな」
「そうでもないぜ。こういう場所の方が“当たり”が出やすい」
軽口を叩くのはレクト。棒術士の彼は、腰より少し長い黒鉄の棒を肩に担いでいた。
「お前、前回もそう言って罠踏んだだろ」
ミーナが弓を構え、冷ややかに言い返す。
「……反省はしてる」
「その顔、してない」
そんなやり取りに、グランツが短く笑う。
「まぁいい。今回も前衛はレクト、支援射撃はミーナ。俺が中央を固める。マユリは後衛で指示だ」
「了解」
「任せて」
足場を確認しつつ、彼らはゆっくりと下層へ降りていく。
湿気が濃く、靴底がぬかるむ。
しばらく進んだその時だった。
──ギィ……。
金属を軋ませるような音が、どこかで響いた。
マユリが立ち止まり、周囲を見渡す。
「……この音。何かが“動いてる”」
その言葉の直後、通路の先の闇が“うねった”。
四人の目に映ったのは、四足の獣影。
黒灰の体毛に、ところどころ光を帯びる結晶が浮かぶ。
目は爛々と輝き、口から漏れる息が白い霧をつくる。
「バルガス……!」ミーナが声を上げる。「古代遺跡の魔素を吸って、形を保ってる!」
「生態系すらねじ曲がってるってことか。面倒だな!」
レクトが棒を回しながら笑う。
魔獣は低く唸り声を上げ、床を砕いて突進してきた。
グランツが即座に前へ出る。
「全員、構えろッ!」
金属と肉がぶつかるような衝撃音。
グランツの槍が、獣の突進を受け止め、滑るように流す。
その隙を突いて、レクトが横から棒を叩き込んだ。
「ふっ!」
鈍い音と共に、獣の脚がよろめく。
体表を覆う黒灰色の鱗は魔素を帯びており、斬撃をある程度まで弾く。
だが、一瞬の隙を逃さず、ミーナの矢が飛ぶ。
正確無比。矢は獣の結晶部を撃ち抜き、火花を散らした。
──が、獣は倒れない。
むしろ傷口から紫色の魔素が漏れ、それが空気に溶けて広がる。
マユリの顔が険しくなる。
「空間に魔素が滞留してる……! 長引けば不利ね」
彼女はすぐに腕を掲げた。
「アクル・サイト──動体視力強化、全員に付与!」
透明な水の輪が四人を包み、瞳に淡い光を灯す。
視界が一気に研ぎ澄まされ、獣の動きがスローモーションのように見える。
「マユリ、ナイスだ!」レクトが叫ぶ。
「支援が的確だな。無駄がない」グランツも短く褒めた。
「視える……! ミーナ、左肩!」
「了解」
ミーナが矢を二本同時に放つ。片方は陽動、もう一方が確実に急所を射抜く。
レクトが棒で獣の顎を打ち上げ、グランツが槍で胴を貫いた。
魔獣が呻き声を上げて崩れる。
結晶が砕ける音が響き、霧が晴れていく。
静寂。
彼らは息を整えながら、互いに目を合わせた。
ミーナが肩をすくめる。
「やっぱり息が合ってるわね、私たち」
「当然だろ。もう百件は一緒にやってる」レクトが笑う。
「ふたりとも、調子に乗るな。まだ先がある」
グランツが前を指す。
通路の先、地面が崩れたような空間が広がっていた。
そこから、冷たい風が吹き上がってくる。
暗く、底の見えない穴。
「下の階層に通じてる……か」
「降りる?」
「降りるしかないだろ。指定エリアの最深部だ」
グランツが頷き、槍を背にかける。
マユリは最後に、崩れた壁を見上げた。
そこには微かに光る紋章。
それは、まるで彼女たちの侵入を“見ている”ようだった。
──遺跡は、何かを守っている。
誰も口にしなかったが、その確信が全員の胸に残った。
そして、彼らはゆっくりと下層へ降りていく。
その奥で、別の班もまた、同じ気配に気づき始めていた。




