第34話「ルーク・エステバンの秘密」
支部長室の中は、普段の昇格発表とは違う静けさが広がっていた。
今日は三人だけが支部長室に呼ばれている。期待されている──そんな空気が自然と肩に力を込めさせた。
ガイラスは負傷した肩を包帯で押さえつつ、静かに室内に入る。支部長はガイラスに柔らかく頷いた。
「よし、では昇格判定を行う」
ガイラスの声は穏やかだが、冒険者としての眼差しは鋭い。
「君たち三名の戦績は、昇格試験としても申し分ない」
ガイラスは一人ひとりを見つめ、詳細を語り始めた。
「ルーク・エステバン。仲間を鼓舞し、敵への第一手を自ら引き受ける積極性を示した。戦況の流れを読み取り、前線を切り開いたことは称賛に値する」
「レイナ・モルドリーフ。罠と針を駆使して仲間を守り、敵の動きを縛った。その冷静さと正確さが、戦いを安定させた」
「そして、エルド・クラヴェル。グルマルの群れとボスに対して、冷静に罠の擬態を見抜き、最善の行動を選んだこと。それが勝利の鍵となった」
ガイラスは一呼吸置き、言葉を強める。
「さらに、試験外の敵──ガルドラス。三人で前を向き、諦めずに戦い抜いたことで生まれた一瞬の隙を、エルドが最大限に活かした。この戦いぶりも、高く評価に値する」
室内には静かな緊張と、達成感が入り混じる空気が漂った。
ガイラスは微笑を浮かべ、三人を順に見つめる。
「よって、エルド・クラヴェル、ルーク・エステバン、レイナ・モルドリーフ──君たちはDランクへの昇格を認める」
三人は静かに息を呑む。ルークとレイナは互いに目を見合わせ、誇りを胸に刻む。
エルドはオルディアを軽く背負い直し、静かに頷いた。
支部長は最後に、穏やかな口調で告げた。
「三人とも、昇格おめでとう。新しいギルドカードは一階で受け取るといい。君たちの名前は、正式に刻まれている」
意味ありげに三人を見つめ、微かに笑う。
ガイラスは三人に軽く頷き、励ますように言った。
「これからも互いを支え合え。恐れることはない」
三人は静かに頷き、昨夜の戦いと互いの絆、そしてこれからの冒険への決意を胸に、支部長室を後にした。
◇◇◇
三人が新しいギルドカードを手に、昇格の余韻に浸っていると、後ろから落ち着いた声がかかった。
「昇格おめでとう。きっと君たちなら上手くいくと思っていたわ」
振り返ると、マユリが微笑みを浮かべて立っていた。
「実力も申し分ないことは分かっていた。よほどヘマをしない限り、昇格できると確信していたぞ」
ノルドも落ち着いた声で続ける。
エルドとレイナは揃って頭を下げる。
「マユリ、ノルド、来てくれてありがとう」
「ええ、ありがとう」
と二人が短く返す。
「あっ、ルーク! 紹介するね」
エルドがそう言って、傍らの二人を手で示した。
「俺とレイナが今パーティーを組んでる仲間で、サリオンから王都まで一緒に来た縁もあるんだ。術士のマユリとノルド。二人ともCランクの実力者だよ。」
一歩前に進み、少女が小さく会釈する。
「マユリ・セレイドといいます。水の術士です。よろしくお願いします。」
続いて、無造作に腕を組んでいた青年が名乗る。
「ノルド・ヴェインターク。自然の術士だ。面倒はごめんだけど、まあ一応よろしくな。」
柔らかな挨拶と素っ気ない一言。その温度差に、ルークは目を瞬かせつつも、すぐに笑顔を返した。
「ルーク・エステバンです。俺はまだDランクになったばかりです…よろしくお願いします!」
そのにこやかな調子に、場の空気が少し和らいだ。
普段通りの気さくな調子。礼儀も欠かさず、柔らかい笑顔が印象的だった。
しかし、ノルドの瞳が鋭く光る。小さく笑みを浮かべ、低い声で呟いた。
「待て……エステバンって……まさか、あの……」
ルークの表情が一瞬、わずかに強張る。
「え……えっと……な、なんのことでしょう……」
気さくさを保とうとするが、僅かに動揺しているのが見て取れる。
エルドはルークをじっと見つめる。普段と変わらぬ軽やかな口調だが、その瞳の奥に微かな緊張が走ったことに気づく。
レイナも眉をひそめ、ルークの仕草に普段見えないものを感じ取る。
マユリは軽く首を傾げながら、状況を整理しようとしている。
ノルドはさらに低く、落ち着いた声で続ける。
「ヴェルム王国で、鉱山産業を統治しているのが公爵家・エステバン家だ。あの振る舞いや服装……間違いなく、ただの冒険者ではない」
ルークは一歩後ろに下がり、手を軽く振りながら照れ笑いを浮かべる。
「まあまあ、俺はただの冒険者ですし、何かの間違いではないでしょうかね…」
笑顔の裏には、自らの家柄や立場を冒険者としての道に持ち込ませまいとする、微かな決意がにじんでいた。
三人の視線はルークに注がれる。
エルドは少しだけ目を細め、慎重に観察する。普段の調子とは裏腹に、何か奥底に秘められた力や背景を感じ取る。
レイナは小さく息を呑む。いつも気さくで明るいルークが、ほんの一瞬だけ影を見せたその瞬間、読めない存在に感じられた。
マユリもまた、知的な瞳を細めてルークを見つめる。普段通りの振る舞いと、ノルドの言葉が示す裏側の事実のギャップに、心のどこかで戦慄を覚えた。
ノルドは、ふと微笑を深めながら、軽く頷いた。
「なるほど……なるほどな……偶然ではないな」
ルークは少しだけ肩をすくめ、目線を逸らすことなく、にこやかな表情をつくる。
普段の陽気さの奥に、並々ならぬ背景が潜んでいることを、誰もが確信せずにはいられなかった。
ノルドは一歩踏み出し、真剣な眼差しをルークに向けた。
「……頼む。エステバン家──いや……ルーク、お前の力を借りたいことがある」
その声音は、いつもの皮肉めいた軽口を完全に削ぎ落としたものだった。
場の空気がわずかに張り詰める。
ルークは苦笑を浮かべ、軽く手を振る。
「いやいや、何を言ってるんですか。俺はただの冒険者ですよ。そんな大それた……」
言葉は軽い。だが、笑顔は少し固かった。
ノルドの眼差しを受け止めながらも、冗談で押し切れる雰囲気ではないことを、本人が一番理解していた。
沈黙が落ちる。
エルドは言葉を挟まず、ただじっと見ていた。
レイナは息を呑み、マユリは首を傾げたまま、ふたりのやりとりに耳を澄ませる。
ルークは肩を竦め、困ったように頭をかく。
「……まいったな。ノルドさん、あんた目が鋭すぎる。……分かりましたよ…いや、何をするかよく分からないけど、少しだけ」
真剣な眼差しから逃げられないと悟ったのだろう。
彼はふっと笑みを薄め、声を落とした。
「ただ、俺はエステバン家の三男です。ヴェルム王国の鉱山を取り仕切ってる公爵家──そう言えば聞こえは立派でしょうけど、俺自身は……末席ですよ」
言葉を区切るたび、陽気な仮面が剥がれていく。
「爵位の継承には興味なんてないし、正直、家の中で顔が利くわけでもない。父も母も、上の兄貴二人につきっきりで……俺はいつも付人と過ごす時間のほうが長かった。だからこそ、自由な立場で…冒険者として自分の目で世界を見て回りたいんです」
ルークは小さく笑い、肩を落とした。
「家族と仲が悪いわけじゃないんですよ。ただ……俺は“選ばれなかった側”ってやつで。まあ、冒険者登録の保証人に父親が署名してくれたのは……唯一の繋がり、ですかね」
その告白に、場の空気が変わった。
普段は明るく場を和ませる青年が、初めて見せる素顔。
誰も軽口を返せなかった。
ノルドの瞳はなお真剣で、しかしそこに責める色はなく、静かな決意を湛えていた。
ルークはその視線を正面から受け止め、わずかに息を吐く。
その告白に、場の空気が僅かに沈む。
軽やかに振る舞っていたルークが初めて見せた、家の重みと孤独。
誰もが言葉を失ったまま、その横顔を見つめていた。




