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第26話「次への一歩」

 林帯に吹き込む風が、木々の枝葉をわずかに揺らした。

 五体の〈クルスファン〉──そのうち残る二体が、慎重に距離を詰めてくる。


 獣種としての力は中程度。だが、その俊敏さと連携力から、侮れない存在であることは四人には分かっていた。

「右側、もう一体潜んでる。エルド、目の前に囮を投げるわ」

「任せた。俺が正面を引きつける」


 レイナの投擲針が低く飛び、音を立てて茂みへ落ちた瞬間──

 クルスファンの一体がそちらに向かって猛突進を始める。それを牽制しながら、エルドが刃を構え、対峙する獣へと突っ込んだ。

「──ッ!」


 草を割って斬り込んだエルドの剣閃が、獣の爪とぶつかり合う。その間隙を突いて、レイナの補助針が後方から撃ち込まれ、もう一体のクルスファンが痙攣して動きを鈍らせる。

「一体ずつ、確実に──」


 ノルドが呟き、術式を展開した。

 彼の足元から、淡く輝く陣が広がる。

「“グリーヴァイン”──!」


 足元から地面を這うようにして蔦が飛び出し、動きを鈍らせたクルスファンの脚を強打した。縛るというよりは、打つ。ノルドならではの使い方。力業で攻撃へと変換する、“歪な使い方”だった。

 その術の飛び方は、明らかに戦術的だった。

 蔦が再び振り下ろされる。その一撃に、痺れていたクルスファンが動きを止め、倒れ伏す。


 その様子を、マユリは新たな武器──腕輪型の導具に手を添えながら見ていた。

「……私も」


 低く、集中した声で詠唱を行う。

「“メディウス”──」


 掌から溢れた淡い水の光が、前線のエルドとノルドの傷口を包み、癒していく。ディナレ(水)の回復術は、静かだが確実に体力を戻す。

「もう一つ──補助展開」

「“フルーヴァ”」


 彼女の周囲に浮かび上がった水の紋様が、術式の気流をわずかに操作し、エルドとノルドの踏み込み速度を補助する。

「ありがたい」


 ノルドが、無言で礼のように顎を引いた。

 術の後押しを受けたエルドの一閃が、残る一体のクルスファンの胴を裂き、戦いは終結を迎える。


 静かに、風が吹いた。

「……これで五体。全討伐、確認っと」


 レイナが短針を回収しながら言った。

「危なげなかったわね。昨日よりも、かなりスムーズだったと思う」

「そうね。けど──」マユリが静かに視線を落とす。「次は……少しだけ、上を目指してみてもいいかもしれない」

「俺もそう思ってた」


 ノルドが頷く。

「連携も取れてるし、戦術の幅も広がってる。そろそろ次の段階に進んでもいい頃だ」

「でも……エルドとレイナのランクがまだEのままじゃ?」

「二人とも特例昇格してるから、王都でも昇格審査はすぐに受けられるはずよ」


 マユリが軽く言う。

「ギルドに戻って報告したら、そのまま申請してみましょう?」

「うん。やってみる」


 エルドが小さく頷いた。

 それは、王都に来てからの確かな“歩み”だった。


 武器を選び、術を変え、戦術を重ねる。

 それぞれの“術士”としての輪郭が、確かに形になりつつあった。


 ◇◇◇


 昼下がりの光が王都ヴェルムの石畳を照らしていた。

 白の都の中心部に佇む王都ギルドは、今日も活気に満ちていた。


 四人がその玄関をくぐると、すぐに耳へ届くのは喧噪と談笑、紙をめくる音に金属のぶつかる音。依頼掲示板の前には、剣を背負った者、魔具を抱えた者が集まり、手元の依頼書とにらめっこしていた。

 受付前には報告を待つ一組が並び、奥の談話卓では古参らしき冒険者たちが笑い声を上げている。

「……活気が違うな。あいつらみたいに騒ぐ気にはなれんが」


 ノルドがぼそりと呟きつつ、慣れた足取りでカウンターへ向かう。

 四人は横一列に並び、応対に現れた女性職員に軽く頭を下げた。

「依頼の報告です。Eランク、対象は《クルスファン》の群れ。討伐完了です」


 レイナが淡々と答え、証拠部位を包んだ布袋を差し出す。

 女性職員はそれを丁寧に受け取り、確認用の端末へ流した。

「……確認します。五体のクルスファン、討伐済み。被害報告と件数も一致しています。問題なく、依頼完遂と認定いたします」

「ふむ、予定通りだな」


 ノルドが腕を組みながら呟き、他の三人も一息つくように頷いた。

 その流れで、エルドが一歩前に出た。

「それと…俺たち二人、サリオン支部で特例昇格を受けたんです。王都でも昇格依頼を受けたいんですが、手続きはできますか?」

「ええ、もちろんです」


 女性職員はやわらかく微笑みながら、端末を操作した。

「お名前とギルドカードを確認……エルド・クラヴェルさん、レイナ・モルドリーフさん。確かにサリオン支部から特例昇格が登録されています。手続き上、ここでも改めて昇格試験をご案内する形となります」

「次の試験は、いつになりますか?」


 レイナの問いに、職員は事務的に答えた。

「次回のE→D昇格試験は、二日後を予定しております。基本的に単独試験ですが、今回は複数名の申請者がいるため、集団参加形式になる可能性があります」

「へぇ、他にもいるのか」


 エルドが興味深そうに眉を上げた。

「はい。お二人を含めますと、参加者は三名、もしくは四名を想定しています。詳細は前日に改めてお知らせいたします」

「……なら、明日は自由時間ってことか」


 ノルドが小さく呟くと、マユリが頷いた。

「装備の調整や、術の情報収集にも使えるわね」


 受付官が昇格申請の書類を差し出すと、エルドとレイナはそれぞれに署名し、ギルドカードに印字された記録が更新された。

「では、お二人には明後日、昇格依頼をご案内いたします。健闘をお祈りいたしますね」


 その言葉に、エルドとレイナが静かに頷いた。

 白の都、王都ギルドにて──

 次なる一歩が、確かに記された。


◇◇◇


「ふたりは図書館、エルドは小規模依頼ね。……じゃ、私もちょっと行ってくる」


 ギルド前の石畳の路地で、レイナは軽く手を振ると、他の三人と別れた。

 昼下がりの王都。陽は高く、白壁の建物がまぶしく光を返す。背後でノルドが何か言っていたが、もう聞こえなかった。


 レイナは一人、風の通り抜ける路地を進んでいた。

 目的は、薬品──それも、即席の罠に応用可能なものだ。


 王都中心部から、少し東寄りの道具通り。両脇には古びた木看板の薬舗や、技師の営む細工屋が並び、冒険者や職人たちで賑わっていた。

「……なるほど、いい匂い」


 香草を煮詰める香炉の煙が、通りの風に乗って流れてくる。店の軒下には乾燥させた薬草や毒草が吊るされ、棚には瓶詰めの溶剤や、蒸留された油脂が並ぶ。


 ──サリオンじゃ、まず見ない代物ね。

 レイナは手際よく店を選び、いくつかの品を吟味する。

「これ、いけるかも」

 ガラス瓶の中に沈む、青緑の粘性液体。毒ではないが、麻痺作用のある触媒として有用。罠の針に仕込めば、神経伝達を阻害して相手の動きを鈍らせる。

「これも。あと……こっちの、乾燥ヒソクも使えるわね。分量と反応時間の計算は──ま、夜にでも」


 細かく精製された粉末や濃縮液、少量の毒針用金具、調合に使うミニチュアの乳鉢──必要なものを一通り揃え、軽く包んでもらう。

「お嬢さん、随分と見る目があるね。冒険者さんかい?」


 年嵩の店主が声をかける。

「まあ、そんなとこ」


 レイナは曖昧に微笑み、会計を済ませると店を出た。

 そのまま数軒先の工具屋にも立ち寄り、小型のワイヤースプリングや特殊金属のピン、弾性のある樹脂片などを追加購入。素材を見て、構造を想像し、罠の仕組みを頭の中で何通りも組み上げる。


 ──仕掛ける場所と、敵の動き。そして“効率”。ただ仕掛けりゃいいってもんじゃない。

 街路を歩きながら、レイナは脳内でいくつもの試作案を構築しては、破棄し、再構築した。

「……この街、思ってたより奥が深い」


 ぼそりと呟いた声が、風にさらわれる。

 自分の強みは、武力でも術でもない。仲間に比べれば、“地味”だとすら思っていた。


 だが──今は違う。

 彼らにはない視点で、勝機を掴む力がある。そう、王都で得た知識も、手にした素材も、自分だけの“牙”になる。

「よし。あとは実戦ね」


 戦闘で披露するつもりはあっても、それを事前に言うつもりはなかった。

 仲間にも、まだ話していない。


 何ができるか、ではない。何を見せるか、が大事だ。

 だから──

「……ふふ。みんな、びっくりするかな」


 小さな笑みをこぼすと、レイナは袋を抱えたまま、白壁の建物が連なる夕暮れの路地をゆっくりと歩き出した。


◇◇◇


 王立図書館──白と青の石造りの回廊を抜け、重厚な扉の奥へとふたりは足を踏み入れた。

 館内は、外の喧騒が嘘のように静かだった。吹き抜けの中心に配置された螺旋階段の周囲には、研究者らしき者たちが黙々と書物をめくっている。

「こっちに属性理論の最新解析が出てる。術の内部循環に関する記録が整理されたみたいだ」


 ノルドが指先で棚の金属ラベルを弾いた。無骨な調子だが、目の奥には興味の光がある。

「へえ……循環ってことは、術の“制御経路”も関係するかも。無詠唱に関する理論、どこかに載ってないかしら」


 マユリが真剣な眼差しで書架を巡る。彼女が王立図書館に来た真の目的──それは、術の発動に必要な“詠唱”を省略するための理論が存在するかを確かめること。図書館で見つけた過去の断片を、もっと深く知りたいと願っていた。

 二人は別々の書架へと歩を進め、それぞれの道を辿る。

「……やっぱり、あるにはあるのね」


 しばらくして、マユリが分厚い資料集から顔を上げた。

 彼女の手元には、術技伝承に関する古い記録が数冊積み重ねられている。その一節には、確かに“詠唱なしで術を発動した術士”の記録がいくつか残されていた。

「ただし──条件が、あまりに難しい……」


 文献には、こう書かれていた。

〈詠唱とは、術者が術理と自身の属性とを結びつけるための接続過程であり、それを省略するには、“術理構造の完全把握”と“属性への絶対適合”が不可欠である〉


 また別の書にはこうもあった。

〈極限の集中と意識の統合、そして何より術への“信念”がある者に限って、詠唱を省く術式の“直結発動”が可能となる〉

「理論上は……可能。でも、“できる人間”がどれほどいるかって話ね」


 マユリは苦く笑った。

 だがその中で、ある言葉が印象に残る。

 ──術への信念。

 たしかに、母は昔、何も言わずに小さな術を起こしていた。指先の水滴を揺らすだけの、ささやかな術だったが……あれも、無詠唱と呼べるものだったのかもしれない。


 一方その頃──

 ノルドは、やや分厚いファイル型の記録群を前に、眉間に皺を寄せていた。

「……ない。やっぱり、この図書館には“それ”がない」


 彼の指先が追っていたのは、兄が遺した“沈黙の三世紀”という言葉を起点とした索引群だ。だが、あれほど広い資料群にも関わらず──それに類する語はどこにも見つからない。

「兄貴は……これを何処で知ったんだ」


 思わず、椅子の背にもたれる。視線の先には、堅牢な書架が果てしなく続く。

 あまりに静かな空間が、彼に問いかけてくるようだった。


 ──本当に、そんな時代は存在したのか?

 ──記録されていないだけで、何かが消されたのか?


 その時、ふと視線を落とした先に、一枚の資料カードが滑り落ちていた。

「……あ?」


 拾い上げて目を通すと、それは“閲覧不能指定”の一覧だった。王族の署名と印章──明らかに、禁閲域の中でも上位に属する“永久封印指定群”の名称だった。

 沈黙の三世紀。そこにも、やはり記されていない。

「つまり……存在すら、認識されていない」


 ノルドは小さく息を吐いた。

 ──思い過ごしか。

 だが、そう簡単に割り切れるものでもない。兄の遺した言葉が、脳裏に焼きついたままだ。

 その横顔を、マユリが静かに見つめていた。

「……何か、見つかった?」

「いや。むしろ、“見つからない”ことが……収穫だったかもな」


 ノルドは立ち上がり、椅子を引いた。

「さ、帰るぞ。今の俺たちにとっての答えは──まだ、先にある」

「……ええ」


 二人は並んで歩き出した。吹き抜けから差し込む光が、背後の資料棚に長く影を落としていた。

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