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第25話「術士の形」

 森には柔らかな金の光が差していた。

 クルスファンの群れを討伐し終えた四人は、依頼達成の証として角を回収し、徒歩で王都への帰路を歩んでいた。森道を抜け、土の道に出ると、風が草を撫で、乾いた土埃が僅かに舞い上がる。

「……静かだな」


 エルドが、誰に向けるでもなく呟いた。

 レイナは軽く頷き、後方の荷袋を揺らしながら草を踏みしめている。


 マユリは破損した杖を帯に固定して黙々と歩いており、その表情に疲労と微かな苛立ちが混ざっていた。

 そしてノルドはというと──

 先頭を歩きながら、彼は自身の掌をじっと見つめていた。表情は険しく、目の奥で、何かを問い詰めているようだった。

「……さっきの戦い、見てたわ」


 マユリがぽつりと呟く。

「“グリーヴァイン”に、“レギアグラス”……補助系ばかりのはずのエクシナを、あそこまで攻撃的に転用するなんて。器用、というか、強引だったわね」


 ノルドは立ち止まり、振り返る。

「器用ってのは、お前が言うような“魔力操作がきれい”な奴のことを言うんだろうな」


 そして再び前を向くと、乾いた口調で続けた。

「……俺は、ただ“暴れたい”だけだよ」

「暴れたい……?」

「術ってのはよ──本当は、“撃つ”ためにあるもんだと思ってたんだよ。炎とか地とか、爆ぜて、壊して、圧倒する。そういうのに憧れてた。小さい頃からな」


 歩きながら、ノルドは笑いもせずに語った。

「でも俺が目覚めたのは“エクシナ”。自然だ。支援に向いた属性だって、何度も言われた。攻撃をやりたきゃ、ヴォルナにでも目覚めときゃ良かったな…ってな」


 拳を握り込む。

「……けど、もう遅かった。目覚める属性は一つだけなんだ。だったら、どうするか──使えるものは全部、攻撃に変えるしかないだろ」


 その背に、どこか痛々しいまでの執念が滲んでいた。

 マユリも、レイナも、思わず言葉を失う。

「“グリーヴァイン”も、“レギアグラス”も──本来は拘束や足止めに使う術だ。でも、俺はそれを……伸ばして、叩きつけて、突き刺して使ってる。術の形がどうとか関係ない。相手を倒す手段にする。それだけだ」

「……術を、攻撃のための手段にしてるのね」


 レイナの声に、ノルドはふっと片眉を上げた。

「違うな。術に、俺の“願い”を叩き込んでるだけさ。──どうしようもないくらい、ただの執念だ」

 風が、草原を横切るように吹き抜けた。

 エルドは一歩後ろでそのやり取りを聞きながら、ノルドの歩む背中を見つめていた。


 ──術とは、かくも“個人の形”を帯びるものか。

 彼の戦い方は、確かに“無理矢理”だった。それでも、あの瞬間の術は誰よりも激しく、誰よりも強かった。

「……だったら、俺はどうだ?」


 エルドは心中で呟いた。

 属性に目覚めていない自分。だが、オルディアに宿る“何か”は、果たして──

 そんな想いを、誰も知らないまま、四人は王都への石畳を踏み始めた。


◇◇◇


 宿に戻る前にと、四人は王都ギルドへと立ち寄った。 

「……でっかいわね、ほんとに」


 レイナが目を見張りながら呟く。

「サリオン支部と比べたら、同じ組織とは思えないわね」


 マユリの声にも、さすがにわずかな緊張が混じっていた。

「こう見えても、ギルド制度は統一されてる。王国でも国外でも、冒険者は自由に利用していいからな」


 ノルドがそう説明しながら、木製の扉を押し開けた。

 ──中は、夜にもかかわらず想像以上に活気に満ちていた。


 高い天井に吊られた鉄灯籠が、暖かな光を放つ。広々とした受付カウンターの奥では、複数の係官が忙しなく書類を処理し、掲示板前では屈強な冒険者たちが賑やかに話していた。

 サリオンのような田舎の支部と違い、この王都ギルドは、国境付近での活動や、都市間の護衛、あるいは軍属と連携した任務など、扱う依頼の規模も格段に大きい。

 エルドたち四人が歩みを進めると、自然と周囲の視線が集まった。中には、興味半分、値踏みするような目もある。

「……この雰囲気、慣れないな」


 エルドが苦笑気味に呟いた。

「まぁ、最初は誰でもそうさ。ここじゃ“生き延びる”ために戦ってる連中も多いからな」


 ノルドが言いながら、受付に向かって歩き出した。

 四人は順にギルドカードを提示し、討伐完了の報告を行う。


 クルスファンの証を提出し、依頼報酬の受け渡し手続きを済ませると、若い受付官が軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。問題なく処理いたしました。次回以降も、ギルドカードがあればこちらでの依頼受注・報告が可能です」

「どこの支部でも通じるって話、本当だったのね……」


 レイナが感心したように呟く。

「ギルド制度の“肝”はそこにある。冒険者が国境を越えて活動できる自由。それを支えるのが、このカードの信用だ」


 ノルドの説明に、マユリも小さく頷いた。

「便利ね。あとは……」


 その時だった。

「……そうだ、マユリ」


 ノルドが急に彼女の名を呼び、真面目な顔で続ける。

「さっきの戦い。お前の杖──だいぶヤバいんじゃないか?」


 マユリは、帯から裂けた杖の断面を引き出して見せた。

「そうね。内側の導晶が砕けてる。術の流れがうまく制御できてなかったのかも。そもそも……これ、見習いの頃に祖父の家から勝手に持ってきたものだから」

「ふむ。それなら納得だ。出力にも限界がある」


 ノルドは顎に手を当て、何か思案するように言った。

「俺の知り合いが、術学院の裏手で術具の店をやってる。専門性の高い店だ。術士用の装具を探すなら、そこに行ってみるといい」

「へえ。そういうのあるんだ」


 レイナが横から興味を示す。

「王都でしか扱ってないような品も多い。俺も久しぶりに顔を出してみたい」

「じゃあ、明日行ってみましょうか」


 マユリの声に、エルドとレイナも頷く。

「そろそろ、俺たちも“装備と向き合う”時期に来てるのかもな」


 エルドが言うと、ノルドは肩をすくめながら言った。

「そいつはいい判断だ。“装備と向き合う”ってことは、自分と向き合うってことだからな」


 ──そして、夜の王都が訪れる。

 四人は宿屋《月見の棟》へ戻り、それぞれの部屋で束の間の疲れを癒した。


 その静かな夜、エルドは月を見上げながら、小さくつぶやいた。

「向き合う、か……」


 背負った剣が、夜の静寂の中で、微かに震えているような気がした。


◇◇◇


 翌朝。王都の裏通り──“白霧の小路はくむのこみち”と呼ばれる一角には、早朝にもかかわらず微かな術光が流れていた。


 表通りに比べて細く入り組んだこの路地には、大小さまざまな職人工房が立ち並んでおり、なかでも目立たない木造の一軒の店が、ノルドの足を止めさせた。


《術具工房 カレドワ》


「ここだ。術学院時代の先輩が働いてる店でな。術士用の装備なら、かなりマニアックな品まで揃ってる」


 扉を開くと、澄んだ鈴の音が鳴った。

「いらっしゃいませ──」


 迎えたのは、ノルドと似た歳の女性職人。髪を後ろで結び、前掛けに工具を挿した手際の良い身なり。彼女はノルドの顔を見るなり、目を細めた。

「やっぱり、ノルドじゃない。……一年ぶり、かしら」

「まだ働いてたのか、リゼ。師匠は?」

「奥で修繕中。けど、見てってよ。術士の品なら、今はなかなか面白いのが揃ってるから」


 案内されて通された棚は、まるで術の秘密を詰め込んだ宝箱のようだった。

 一般の武器屋では見かけない、精密に加工された杖、導晶を嵌め込んだ装飾品、そして──形状すら“杖”とはかけ離れたものまである。

「……これ、全部“術士用”なの?」


 マユリがぽつりと呟く。

 リゼは軽く笑って言った。

「そうよ。術士って言ってもね、いまは“杖”だけじゃないの。というか、杖にもいろいろ種類があるし、それ以外もある。少し紹介するわ」


 彼女は陳列棚を指差しながら語り出す。

大杖たいじょう──これは最も一般的な形。出力が安定しやすく、術の制御にも向いてる。ただし、サイズが大きくて携帯性には欠けるわね」

「今の私の……と同じくらいのか」


 マユリが自分の折れた杖を思い出して呟いた。

小杖しょうじょうは、逆にサイズ重視。短杖とかスティックとも呼ばれるけど、主に“補助術”や“限定範囲術”で使う人が多い。持ち替えも楽だし、戦闘中の動作が早い。ただ、威力や制御に難があるから初心者には向かない」


中杖ちゅうじょうは、その中間。扱いやすく、術にもよるけど、拡張性が高い。カスタムもできるし、最近はこれが主流かもね」


「それから、こっち──」


 リゼは棚の上段から、銀の輪を取り出した。

「指輪式術具。指にはめるタイプで、精密な術の操作が得意。ただし、術式容量が極端に少ないから、持続系の術や広範囲には不向き」

「……これも“武器”なの?」

「正確には“術導具”。制御と起動の媒体ね。これはどちらかというと、補助型の術士向き。戦闘向きではないけど、使いこなせば面白いわよ」


「腕輪型もあるわ。こっちは、指輪よりも容量が多くて、術の通りが“杖に近い”。だけど……癖が強いのよね。扱う術者との相性がかなり問われる」


 そのときだった。

 マユリの視線が、一つの腕輪に吸い寄せられた。

 それは銀鉄の輪をベースに、表面に緑金の細工が施され、宝玉のような小さな導晶が三つ埋め込まれたものだった。どこか柔らかい気配を持ちながらも、重さを感じさせる存在感があった。

「……これ。触ってもいい?」

「もちろん。補助や回復術との親和性が高いけど、出力の波が術者の感情に左右されやすいわ。少しでも“迷い”があると、術の制御が乱れる。だから、初心者には絶対おすすめしない代物」


 だがマユリは、その言葉を聞いても手を引かなかった。

 腕輪を手に取った瞬間、彼女は一瞬目を閉じ──静かに指を通す。

 感触は、重いのに軽く感じた。


 違和感は、ない。

 むしろ、ようやく──

「……通った、って感じがする」


 彼女の呟きに、リゼはわずかに驚いたような顔をした。

「なるほどね。あんた、たぶん“杖”が合ってなかったんだわ。無理に“型”に合わせてたのかも」


 マユリは笑った。

「今までずっと、“術士なら杖”って思ってた。でも、昨日の戦闘で、あの杖が割れたとき……何か違う、って感じたの」


 ──術は、形にとらわれるものではない。

 術士としての“型”があるのではなく、“術士ごとにかたちがある”。


 マユリは、少しだけ前に進めた気がした。

 エルドとノルド、レイナもその様子を静かに見守っていた。

 術士が術士であるということ。その“輪郭”が、今、この場で少しずつ定まりつつある。

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