第22話「王都ヴェルム」
王都ヴェルム──白の都。
その名の通り、城壁から屋根瓦にいたるまで、明るい石材が敷き詰められた都市は、朝日を受けて白金のように輝いていた。
「……これが、王都……」
馬車の帆布をめくり、顔をのぞかせたエルドは、思わず息を呑んだ。
巨大な門の前には荷馬車の行列が連なり、市場の喧騒が遠くからでも響いてくる。門番の制服には王国騎士団の紋章が刻まれ、街道を見下ろす位置に建つ塔の上では、見張り兵が警戒を続けていた。
「すご……高い建物がこんなに……」
隣でレイナが目を輝かせる。農村出身の彼女にとっては、すべてが新鮮で眩しかったのだろう。
「風が違う。サリオンとはまるで……質が違う」
マユリが小声で言った。術士として敏感な感覚は、空気の層や流れまでも読み取っているのかもしれない。
「ふん、これで驚いてるようじゃ困るな。まだ“入り口”に過ぎない」
馬車の後部で腕を組んでいたノルドが、やや得意げに呟く。
馬車は、王都の門をくぐるとすぐ、城壁沿いに設けられた駐留管理所で簡易な手続きと記録を受けた。ノルドが慣れた調子で職員に応じ、四人分の簡易通行書を提出して、問題なく通過する。
「……まさか、これも用意してたのか」
エルドが小声で尋ねると、ノルドは鼻で笑った。
「王都を使うなら、最低限の段取りは踏んでおけ。それが術学院仕込みってやつだ」
「はいはい。ありがとうね」とレイナが苦笑を洩らす。
やがて馬車は王都中央部に入り、宿屋《月見の棟》と呼ばれる小規模ながら清潔な旅館に到着した。ノルドが手配した部屋は、男女に分かれた二部屋。主に冒険者の短期滞在を想定した造りで、備え付けの収納と湯場がある。
武器や荷物を降ろした四人は、休む間もなく、宿屋の入り口前で王立図書館へ向かう段取りを確認し合う。
「まずは、入館の登録と閲覧資格の確認が必要ね。王都の図書館は、立場や職業によって見られる資料が違うって聞いたことがあるわ。あと、武器の持ち込みは禁止ね」
マユリがそう言いながら、手持ちの古びたメモを取り出す。どうやら、術学院にいた家族からの伝聞か何かのようだった。
「だったら手続きは先に済ませておいた方がいい。俺が交渉してみる」
ノルドが言うと、すでに図書館の場所も把握している様子で、道順を確認している。
四人は再び足を踏み出した。白き都の、知の中枢へ──
◇◇◇
四人は、装備を預けた身軽な姿で、王立図書館の門前に立っていた。
門は二重構造。内側には監視室がある。受付で来訪者カードに記帳し、身分証としてギルドカードを提示すると、白装束の係員が深く頷いた。
「皆さま、ようこそ。こちら王立図書館は、一般閲覧区が開放されています。ここでは、属性系統書庫、補助術資料群などは順次ご利用いただけますが、禁閲域への立ち入りは、所定の許可書類が必要です。ご注意くださいませ」
「……禁閲域?」
エルドが小声で問うと、マユリが首を横に振った。
「いわゆる“術式起源”とか、“帝都時代”の古代記録とか……それらは全部、王家の認可がないと閲覧できないの」
「へえ……」レイナが前髪を撫でた。「さすがに、そう簡単には踏み込めない領域ってわけね」
門が開き、白衣の係官が一歩下がる。
「ようこそ、知の聖域へ──どうぞ、ご自由にお入りください」
図書館の空気は、別格だった。
整った石柱と、一段高い天井に吊られた発光結晶。棚という棚には術式や歴史、戦術や生態研究に関する書籍がびっしりと並んでいる。中には、属性術理に関する最新の解析書もあるらしい。
「……すご……」
最初に言葉を漏らしたのは、レイナだった。
「やれやれ……ようやく、まともな資料に触れられる」
ノルドもまた、周囲を見回しながら低く息を吐いた。
その言葉に、誰より先にマユリが動いた。
「行きましょう。私たちに必要なのは、“属性”に関する情報。ここで何か、引っかかるものがあるはずです」
四人は、書架の合間に姿を消すように──知の迷宮へと、静かに歩を踏み出した。
第二階層へ続く階段は、石と鉄で組まれ、中心の吹き抜けを取り巻くようにゆるやかな円を描いていた。
四人は言葉少なに書架の間を歩き、次の棚へと足を運んでいた。
「……ここは“術史群”だな。各地の記録と、歴代の術者に関する文献が集められてるらしい」
ノルドが壁の案内を見上げて呟いた。
エルドの視線も、自然とその棚に吸い寄せられる。
各々が本を手に取り、言葉を発さず夢中になっていた。
ノルドは、分厚い術理研究書の一冊を手に取り、興味深そうに項を繰っていた。革表紙に銀の刻印が入ったそれは、王立術学院の古文体系に属する専門技術録らしい。
暫くすると彼はあるページに目を留め、指先で記述をなぞると、やや声を落として言った。
「……やはり、そうか。術というのは、単に継承されるだけのものではないらしい」
エルドとレイナが視線を向ける中、彼は淡々と続けた。
「ここにはこうある。術は属性の枠内で発動されるものだが、“使用者の練度”と“目覚めの深度”によって、その規模や変化の幅は拡張される。基礎術でも、それが見せる表現は一様ではない──」
彼は一例として、エクシナ(自然)の基礎攻撃呪文を挙げた。
「たとえば、“グリーヴァイン”。蔦を喚起する術だが、術者によっては細い一本しか出せないこともあれば、樹木のように太く多方向に伸びる蔦を扱う者もいる」
「ディナレ(水)の支援魔法も同じです」
と、マユリがそっと補足した。
「“メディウス”──傷を癒す術も、使う人によって癒える範囲が違います。私の母は、かなりの範囲を同時に癒せたって聞きました」
「だが──」
ノルドは次の段落に指を滑らせ、低く告げた。
「ここからが興味深い。“一定の条件下において、術者の精神構造、願い、経験が重なるとき──既存の術理の外で、独自の術が形成されることがある”」
マユリが目を見開いた。
「創造……ってことですか?」
「そうだ。例として、かつて“治癒不能”とされた疫病を、ある水属性術士が“独自の癒し”によって克服したという記録がある。術典にも記されていない、その人だけの術。だが、それは確かに効果を持った、と」
ノルドの声には、静かな興奮があった。
「……術は、学ぶだけのものじゃない。生まれるものでもある。俺は……そう思う」
その時だった。
「──見て。これ……すごい」
マユリの声に全員の視線が移る。
彼女は別の一冊を手にしていた。革表紙の厚い記録書──時代を感じさせる古びた文字が並んでいる。
「これ、たぶん……古代の伝承記録。だいぶ昔のものみたい。書体が古語で、完全には読めないけど……ここ、“空”って書いてある」
「空……?」
ノルドが眉をひそめ、近づいてページを覗き込む。
「空の属性に目覚めた、かつての術士の記録です。“その者は、空の力にて、雷を纏い──雷神を創造した”って……」
「……創造した?」
レイナが小さく息を呑んだ。
「雷神、って……術で、ですか?」
「ここに書かれてるのは、そう……らしい。でも、あくまで“伝説”として語られてる。実在したかどうかまでは、記録されていない」
ノルドはそのページをしばらく黙って見つめていたが、やがて口を開いた。
「あくまでも古代の伝承記録。おとぎ話のようなものだが、創造神話と結びつくほどの術が、本当にあったのだとしたら──」
そこまで言って、言葉を濁した。
エルドはふと、自分の胸の奥にある“感覚”を思い出していた。あの、剣が震えた瞬間の──閃き。
だが、それはまだ、どこにも形を成していない。今はまだ、伝説はただの記録に過ぎなかった。




