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第21話「六つの属性」

 朝のギルドには、昨夜の静寂とは異なる活気が漂っていた。

 昨日、昇格報告会を終えた面々が、再び顔を揃えていた。昇格対象者たちには、それぞれ新たなギルドカードが渡され、昨日までの“記録”は、確かな“証明”へと姿を変えていた。

 木製の机の上に、昨日預けたギルドカードが静かに返される。

「はい、こちらが更新済みのカード。……改めて、おめでとう、エルド君」


 リナが言葉を添えながらカードを差し出す。Eランクの刻印が、以前より深く刻まれていた。

「ありがとう。……なんか、まだ実感がないけど」


 エルドはカードを受け取りながら、小さく笑った。

 カードの受け渡しが一通り終わると、各々が動き始める。

 マユリがふとエルドの方へ歩み寄る。

「昨日の、図書館の件。覚えてる?」

「ああ、もちろん。俺も行きたい。王都の、王立図書館だよね?」


 そのやり取りを耳にしたレイナが、近くで声を上げた。

「王立図書館? ……私も、同行していいですか?」


 驚いたように目を向けたマユリに、レイナは静かに頷く。

「薬品と罠の文献を深めたいんです。針に塗る薬液の知識も、まだまだ足りていないから……行って損はないと思って」


 その口調に迷いはなかった。

 すると──さらにもう一人、ひとつ遠い距離から声が投げられた。

「俺も行く」


 ゆっくりと近づいてきたのは、ノルドだった。肩に術具の杖を担ぎ、少しだけ目を細めながらエルドたちを見る目線は、少し威圧的だった。

「昨日の依頼のときから、少し気になっていたことがあってな。王都の図書館に資料があるかもしれない。どうせ行くなら、今だ」


 その言葉に、一瞬、場の空気が張る。

 マユリは目を逸らさずに言った。

「……別に、構いません。騒がしくしないなら」

「善処するよ、術士マユリ殿」


 ノルドは、皮肉めいた笑みを浮かべて応じた。

「お前、やっぱ性格悪いって……」


 小声でぼやいたのは、カタニアだったが、その口元は少しだけ笑っていた。

 こうして──王都へ向かう一行は、エルド・マユリ・レイナ・ノルドの四人に定まった。

 その様子を見ていたトラスが、靴の革紐を整えながら言った。

「じゃあ、俺は次の依頼の準備でもしておくよ。こっちでも色々あるしな」

「私も。暫くはこのギルドでお世話になるつもり。……またね」


 エティアは簡潔にそう告げて、次の依頼を確認しにいった。

 カタニアはというと、どこか悔しさを押し込めた表情のまま、短く手を振った。

「俺はしばらく基礎を鍛え直すよ。あの昇格依頼、無駄にしないためにもな」


 エルドは、その言葉に頷いた。

 ──そして、ギロムに向き直る。

「そうだ、ギロム。君の手甲……俺が見習いをしてた鍛冶屋に持ち込むといい。昨日のうちに紹介状を書いておいたから」


 そう言って、懐から一枚の封筒を取り出す。

「ベイリク・アルベルって名前。ちょっと無愛想だけど、腕は確かなんだ。師匠って呼ぶには硬すぎるけど──信頼できる人だよ」


 ギロムは一拍置いて、手甲を見下ろした。

「……助かる。ありがとう、エルド。……何かの縁だな。困ってたから、頼らせてもらうよ」


 二人は、力強く手を取り合った。

 そして──

 王都行きの四人は、ギルドを出て並んで歩き出した。

「そういえば、王都ってどうやって行くんだ? 徒歩だと、数日はかかるよな……」


 エルドの疑問に答えたのは、ノルドだった。

「馬車を使おう。手配には慣れている」


 そう言って、ノルドはその場から視線を巡らせ、やがて広場の縁で荷車の整備をしていた男に声をかける。

 交渉は手際よく、短い言葉のやり取りで済んだ。

「準備は整った。出発は一刻後。乗車はあちらの広場だ」


 手際に関しては、誰も文句のつけようがなかった。

 ──次の旅の幕が、静かに上がろうとしていた。


◇◇◇


 馬車が街道を外れ、緩やかな林道に差し掛かっていた。

 背の低い雑木が両脇に続き、足元の土は湿り気を含んで柔らかい。だが、空は晴れており、風が涼やかに車輪を撫でていく。

 荷台の天幕の中、四人の旅人はそれぞれの姿勢で揺れに揺られていた。


 レイナは足を組んで罠具の手入れをしており、マユリは膝の上に開いた薄い冊子──魔術関連の写本をめくっている。ノルドは腕を組み、眠っているようにも見えるが、時折耳だけが微かに動く。

 エルドはその空気に圧されるように、少しだけ遠慮がちに声を上げた。

「王立図書館って……どんなところなんだろう?」


 顔を上げたのはマユリだった。

「大きいわよ。わたしも、何度か使ったことがある。術に関する文献はもちろん、記録書や各地の因果史まで揃ってる。門戸は一応、術士以外にも開かれているけど……分類が特殊だから、案内がいないと少し戸惑うかもしれない」


「ふうん……」とエルドが唸ると、横からノルドが薄く目を開けた。

「案内なら俺がする。あそこは配置が厄介でな。魔法書関連の分類は“属性”ごと、さらに“体系”で分かれている。“力”と“意味”の階層も混ざっているから、知らない者はすぐに迷う」

「……やけに詳しいな」

「当然だろう。術学院で、三年通ってた。図書館の使い方も、術士の初歩だ」


 そう言って、ノルドはちらりとマユリを見た。

 マユリは目を逸らさず、静かに返す。

「わたしは学院出身じゃない。けど……祖父が、王国側の術団にいた人で。実地は厳しかったわ」

「ふん……つまり、君は家庭伝承型の術士というわけだ。興味深い構造だな」


 言葉は鋭くとも、完全な蔑みではない。ノルドの声には、興味と探求が滲んでいる。

 エルドがその間に挟まれて小さく息を吐いたとき、レイナが不意に口を挟んだ。

「属性の話……わたし、あんまり詳しくなくて。自然や水、火の他にもあるんですか?」


 マユリが頷く。

「あるわ、六つ。──“エクシナ”(自然)、“ディナレ”(水)、“ヴォルナ”(火)、“クアンタ”(土)、“リクレア”(光)、そして……“ルクロム”(闇)。」


 彼女は言葉を区切りながら続けた。

「一般的には“自然”“水”“火”って呼ばれているけれど、本来はこうして、古くから神々の名を冠した固有の呼び方があるの」


「それぞれの性質は固定だが、表れ方には個体差がある。たとえば同じ“ディナレ”(水)でも、攻撃が得意な者と、回復が得意な者とでは出力も制御もまるで違う」


 ノルドの補足に、マユリも頷いた。


「属性の力に“目覚める”のは、個人差があるの。早い人もいれば、一生目覚めない人もいる。しかも──ひとたび目覚めたら、他の属性には目覚められないって、言われてるわ」

「へぇ……。じゃあ、一度目覚めたら、もう変えられないんだ」


 レイナがぽつりとつぶやくと、しばし沈黙が落ちた。

 ノルドはわずかに目を細め、静かに切り出した。


「ただ一つ……“ルクロム”(闇)だけは──異端とされている」


 その言葉に、レイナが手を止めた。マユリも、言葉を挟まずノルドの説明を待った。


「人の精神に潜み、夢を侵し、時に“禁忌”に触れるとされる。それがルクロム。“闇の術”は、かつて王国の中枢を揺るがす事件に使われたことがある。以後、ほとんどの国で《公的には》認められていない。制度の話だけじゃない。“人々の心”が、闇を拒絶しているんだ」


 焚き火でも起こしたかのように、その言葉は空気を暖かくも冷たくもした。

「じゃあ……ルクロムに目覚めた人って、どうなるの?」


 レイナがぽつりと問うと、ノルドは短く返した。

「隠して生きるか、故郷を捨てるか、存在を消すか。──そういう属性だ」

「……」


 空気がわずかに沈んだとき、マユリが続ける。

「でも、どんな属性でも、目覚めるかどうかは人次第。一生、術に目覚めない人もいる。術士になるには、“選ばれし者”である必要があるって、よく言われるわ」

「選ばれし、ね……」


 エルドが呟くように口にした。

「じゃあ……剣士や闘士でも、目覚める可能性はあるの?」


 ふと、エルドが自分の胸を見下ろしながら問いかけた。

 マユリは、少しだけ驚いたように彼を見ると、真剣な表情で頷いた。

「可能性はある。術士でなくても、“選ばれし者”であれば──属性に応じて力を得る。だから、記録を調べる価値があると思ったの」


 ノルドも視線を上げた。

「だが、選ばれる理由は不明だ。素質でも、血筋でもない。完全に個体の因果……つまり、“運命”のようなものだとされている」


 ──エルドは、牙ネズミの異常個体と対峙した時を思い出した。調査任務で引率だったフィレーナ・クラウゼンが、火の魔法を使っていた。彼女が“ヴォルナ”(火)の使い手だったと理解する。


 剣の中で震えた“何か”を、彼の中で再び思い出す。

 あの、牙ネズミやトルピネとの戦闘で感じ取った、あの瞬間の感覚。


 ──オルディアは、何を知っている?

 思考の奥で、ひとつの輪郭が浮かんでは消えていく。

 そのとき、馬車が緩やかに停止した。

「今夜はここまでですね」


 御者の声が遠く響き、林道の脇に整えられた野営地が視界に入った。

 簡易の薪場と、水桶。最低限の設備だが、旅路には十分だった。


 四人は荷物を降ろし、火を起こし始めた。

 誰からともなく、丸太に腰を下ろし、焚き火の明かりに頬を染めながら、次なる会話へと沈んでいく。

 知と記憶、そして因果の探求は──明日へと、続いていく。


◇◇◇


 夜の林は静かだった。

 火の粉がぱちりと弾け、薪が崩れる音が淡く耳に届く。野営地の中央、小さな焚き火を囲んで、エルドとレイナはすでに寝具を敷いて横になっていた。軽い警戒の番を買って出たマユリとノルドが、向かい合うようにして火の揺らぎに身を寄せている。


 言葉はしばらくなかった。

 それでも、互いに何かを探るような視線が交錯していた。

「……さっきの話の続き、してもいい?」


 先に口を開いたのは、マユリだった。

「属性の話?」

「うん。……というより、術そのものについて、ずっと思ってることがあって」


 マユリは、そっと焚き火に枝を足しながら続けた。

「わたし、水の術に目覚めてから、治癒術を中心に学んできた。……でもね、どうしても、術そのものが“枷”に感じることがあるの」

「……“枷”?」


 ノルドの声が低くなる。

「選ばれた属性しか、術が扱えない。それは理解してる。生まれ持った何かがあるんだってことも。でも、たとえば……自然属性に目覚めたあなたが、火の術を扱ってみたいと思ったことは?」


 ノルドはその問いにすぐには答えなかった。

 火が跳ね、影がふたりの顔を流れるように横切った。

「あるよ。……何度も」


 ノルドは、口の端を皮肉のように持ち上げた。

「術学院で学んでると、“限界”を思い知らされる。どれだけ知識を積んでも、訓練を重ねても──目覚めた属性以外の術は、一切反応すらしない。説明できない何かが、そこにあるんだろう」

「……だから、違和感がある。わたしもそう」


 マユリは自分の胸に手を当てた。

「才能やきっかけはあるのかもしれない。でも、“選ばれたものにしか扱えない”って、あまりにも不自然じゃない? 知識も、理論も、全部そろっているのに。」

「目覚めるきっかけを引き出すことは、決して出来なくはない。“閉じられてる”んだよ」


 ノルドのその言葉に、マユリは小さく目を見開いた。

「……閉じられてる?」

「それぞれの心の中に、何か“鍵”がある気がしてるんだ。開かない扉じゃない。ただ……まだ鍵穴を見つけてないだけ」


 静かな口調だった。だが、焚き火の揺らぎよりも、確かな熱がその声にはあった。

「だから、王立図書館に行くのね?」

「ああ」


 マユリも、それに静かに頷いた。

 ──術士の違和感は、孤独な旅のように見えて、今、交差していた。

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