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第14話「昇格依頼」

 朝の陽がギルドの表札を照らしていた。

 扉を押し開けたエルドは、昨日とは違う空気を感じる。昨日の湿林の記録報告を終えたあとも、頭の奥にはまだあの巣穴の冷気が残っている。だが、今朝のギルドには、新たな冒険の始まりを告げるような張り詰めた空気が漂っていた。

「あ……エルドくん、おはよう!」


 受付の奥から顔を出したのはリナだった。すでにカウンター周辺には見慣れた顔が数人集まっていた。

 エティア、カタニア、マユリ、トラス──そして数名の見知らぬ冒険者たち。合計八名。他の冒険者達もまた、昇格依頼の開始を待っていた。

「エルドくん、ちょうどよかった。昨日の推薦依頼と、その前の初依頼の報酬を渡しておくわね」


 差し出された封筒には、ギルドの封蝋が押されていた。

「合計で2,900Gよ。初依頼の牙ネズミ四体分で800G、昨日の任務分が2,100G。参加人数や戦闘記録に応じての配分よ」

「……ありがとうございます」


 包みを受け取ったエルドは、その重みに現実感を覚えた。

 近くの宿が300Gで宿泊できるため、食費を考慮するとおおよそ5日分の生活費となる。

 新人冒険者からみると、十分心強い額だ。


「昨日伝えた通り、今日は各ランクの昇格依頼の開始日よ。ギルド推薦枠と、自己推薦枠でそれぞれ参加者がいるから、まずは説明からするわね」


 リナが手元の書類をめくりながら、ギルドホールの中央に張り出されたボードを指さした。

「ギルドの昇格には、大きく分けてふたつの方法があります。ひとつは今回のように、ギルドが推薦する形で個別に昇格依頼を提示する『ギルド推薦』。これは、特に顕著な貢献を見せた冒険者にだけ案内されるものです。つまり、あなたたちは、それに該当するということよ」


 その言葉に、エルドは少し背筋を伸ばした。マユリも表情を引き締め、トラスは腕を組んだまま軽く頷いている。

「もうひとつが『自己推薦』。これは月に一度、昇格希望者が、今のランクよりひとつ上の依頼を受注できる制度。で、その依頼が達成できたら、次回の昇格依頼を受注できるシステムね。ただし、自己推薦は審査が厳しいから、成功例は……多くはないのが現実ね」


 リナは、手元の紙束を一度整理し、カウンター前に集まった冒険者たちに向けて言った。

「それでは、今回の昇格依頼について、全体の説明と参加者の紹介を行います。対象は三つのランク帯──FからE、EからD、そしてDからC」


 そう前置きすると、ギルド内がわずかに引き締まった空気に変わる。今、この場にいる者たちのほとんどは、少なくとも“目に留まった者たち”なのだ。

「まずは、D→Cランクの昇格依頼。参加者は四名です」


 リナの目線が、壁際に寄りかかっていた青年に向く。

「ひとり目──ノルド・ヴェインタークさん。自己推薦による参加となります。王都の術学院出身で、自然属性の術士となります」


 その紹介に、ノルドは何かの確認をするようにリナへ一瞥をくれたあと、他の者たちに向けてわずかに頭を下げた。整った容姿と術衣、ただならぬ知識層の空気をまとっている。

「続いて、マユリ・セレイドさん。水属性術士で、支援と回復を得意とするDランク冒険者。先日の湿林任務での活躍により、ギルド推薦を受けています」

「……はい。頑張ります」マユリはやや緊張した声で、周囲に小さく会釈した。


「次に、トラス・バレックさん。斧使いの闘士。近接での突破力と戦術眼が評価され、ギルド推薦となりました」

 トラスは腕を組んだまま「ああ、よろしく」とだけ返す。表情は変わらないが、全身から確かな重厚さが伝わってくる。


「そして、エティア・ウィンセルさん。弓士として、戦況の支援と偵察能力が非常に高く、ギルド推薦対象となりました」


「よろしく」エティアは簡潔に、それでいて目を逸らさず応じた。

「──以上、D→Cの昇格依頼参加者四名です」


 リナは一度息を整えると、次に目を向けた。

「続いて、E→Dランクの昇格依頼。今回の参加者は、ひとりのみです」


 数名の冒険者たちがざわめく。単独での昇格依頼は珍しい。

「カタニア・ウィンセルさん。剣士の中でも稀な双剣使いであり、前線での対応能力が評価されました。ギルド推薦対象として、単独での昇格依頼に挑みます」

「一人だけか……ちょっと緊張するなあ」


 カタニアは後頭部をぽりぽりと掻きながら、照れくさそうに笑っていたが、目はしっかりと据わっていた。

「──最後に、F→Eランクの昇格依頼。こちらは三名」


 リナの目線が、エルドを含めた三人に向けられる。

「ギロム・サンクロットさん。闘士の家系出身で、大型の手甲ガントレットを用いた近接戦闘を得意とします。柔軟性と接近制圧力に長けた前衛で、ギルド推薦です」

「……よろしく」ギロムは低く、簡潔に応じる。


 リナは続ける。

「レイナ・モルドリーフさん。罠士。山間の猟村で育ち、獣種の動きや地形を読む力に優れており、ギルド推薦です」


 レイナは静かに頷くだけだったが、その立ち姿には芯の強さがあった。

「そして、エルド・クラヴェルさん。剣士。ギルド登録して間もないですが、先日の調査任務での動きと、剣技の将来性から、ギルド推薦となります」


 エルドは静かに一礼した。

 ──いよいよだ。

 この試練を越えなければ、次は見えてこない。

 リナは全体を見渡しながら、言葉を締めくくった。


「以上が、本日の昇格依頼の参加者八名です。それぞれの依頼の詳細、引率者の紹介は、この後すぐ集まって行います。なお──依頼の評価は、ギルド本部へ報告されます。推薦を受けている方は、信頼を裏切らぬよう、自己推薦の方はそれを超える結果を残せるよう、心して挑んでください」


 言葉が落ちたその瞬間──

 それぞれの視線が、静かに交差する。

 ギルド内の空気が、ゆっくりと変化していく。

 全体説明が終わると、リナは背後の扉から数名のギルド関係者を呼び入れ、中央の長机の上にそれぞれの依頼書と支援用具が整然と並べられた。

「では、それぞれの昇格依頼の詳細と、引率者──昇格判定を務める冒険者の紹介を行います」


 リナが一歩下がると、ギルドの奥から静かに三人の男女が姿を現した。全員が、胸元に銀色の“昇格査定徽章”を掲げた者──Bランクの実力者であり、ギルド本部より正式に任命された者たちだ。

「まずは、D→Cの昇格依頼から。引率者は、ベルトラン・ロシュさん。光属性術士であり、王都西部の調査任務に複数回従事した実績を持っています」


 黒髪をきっちり結んだ中年の男性が一歩前に出て、無言で頷いた。その瞳は、すでに何人もの冒険者を見てきたという静かな厳しさを宿していた。


「まず、D→Cの昇格依頼から。“ヴィエラ山麓帯の低級飛行獣『フロウィングス』の排除”です」」


 リナは手元の資料を一瞥し、説明を続けた。

「フロウィングスは、小型の飛行獣種で、翼幅は約2メイル。滑空と滑り込みによる奇襲が主な戦術です。視界が悪い霧の中で活動する傾向が強く、群れではなく単体行動ですが、地形を把握していないと背後を取られやすいです。今回の評価基準は、“予測と連携”になります」


 エティアたち四人は軽く頷いた。トラスが「飛行獣種か……面倒だな」と呟くのが、エルドの耳にも届いた。

「次に、E→Dランク昇格依頼。参加者はカタニアさんのみ。引率は、ナディア・ブレムさん。双剣士で、かつて前衛戦線の隊長を務めていた方です」


 ナディアは鋭い眼差しの女性だった。肩にかかる白銀の髪が、彼女の静かな気迫を引き立てている。

「依頼は、“ボルテ丘陵”での『群棲獣バラグロス』討伐です」

「バラグロスは、四足歩行の獣型獣種で、一体あたりの戦闘力は中級程度ですが、三体以上になると急激に危険度が増します。独立しても行動できますが、鳴き声によって仲間を呼び寄せる性質があるため、単独撃破には慎重な判断が求められます。高低差のある地形での位置取りも重要ね」

「斬って斬って斬り抜けるだけか。わかりやすいな」カタニアが笑いながら肩を回すと、ナディアは微かに口角を上げていた。


「最後に、F→Eランク昇格依頼。引率は、アラン・デュルクさん。闘士の一門出身で、前線での指導経験も豊富なベテランです」


 アランは、どこか日焼けした柔和な笑顔を浮かべた壮年の男性だった。大きな槌を背負い、見るからに重厚な体格。

「F→Eランク昇格依頼は、“旧市街区跡地”での、小型獣種『トルピネ』の掃討よ」


 リナは一枚の資料を掲げ、続けた。

「トルピネは、牙ネズミに似た体型ですが、少し大きいです。──細身で背丈は一メイル前後。ただし、最大の違いは“耳”と“脚”。耳は扇のように大きく、周囲の気配を察知して素早く身をかわす特徴があるわ。脚は跳躍に特化していて、高さ二メイル以上の段差でも飛び乗れる」

 リナは続ける。

「さらに、“群れ”で動かず、単体で獲物を追い込む習性があるため、連携を崩された瞬間に突破される可能性が高いです。今回の掃討依頼は、こうした地形+跳躍+察知能力を持つ個体に対して、三人が息を合わせて対応できるかが合格基準になります。牙ネズミよりも身体は華奢だけど、跳躍力と反応速度は上。慎重に動いてくださいね」


 その言葉に、エルドの胸に微かな緊張が走った。昨日、あの“異常個体”と対峙したことを、誰も知らないはずなのに──剣は、静かに鞘の中でその気配を記憶しているかのように感じられた。


 リナが最後に言った。

「すべての昇格依頼は、今朝中に出発となります。目的地へはそれぞれ馬車が手配されていますので、集合指示に従って行動してください。達成状況に関わらず、夕刻には戻ってくるようにしてください。すでに準備が済んでいる方は、カウンターに寄ってください」


 その場に少しざわめきが広がり、各々が動き始めた。

 エルドがカタニアと軽く言葉を交わしたあと、マユリの方へと歩み寄る。

「マユリさん」

「……あ、うん。おはよう」

「王立図書館の件、カタニアから聞きました。この依頼が終わったら、一緒に行ってもいいですか?」


 マユリは少しだけ驚いたように目を見開いたあと、すぐに笑みを浮かべた。

「もちろん。私も……ちょうど、そうしようと思ってたから」

「ありがとう。じゃあ……お互い、ちゃんと戻ってきましょう」

「……うん、必ず」


 二人の間に交わされたその短い言葉は、約束のように静かに心に刻まれていた。

 ギルド前には、三方向へと向かう馬車があった。

 それぞれ、ヴィエラ山麓、ボルテ丘陵、そして旧市街区跡地へ。

 朝の陽がすでに傾き始め、空には薄く雲が流れていた。

「──では、それぞれの昇格依頼、出発してください。到着次第、すぐ任務に入ってもらいます」


 リナの声が、冒険者たちの背に届く。

「D→C班、こちら」


 最初に動いたのは、ヴィエラ山麓。マユリ、トラス、エティア、そしてノルドの四人だ。リナが渡した封筒を手に、それぞれが軽く頷き合う。

「じゃあ、みんな。またギルドで」マユリが静かに言い、少しだけ振り返る。

「うん。気をつけて」エルドは自然と手を上げた。


 その言葉に、マユリははにかむように頷いた。

 その脇では、ノルドが術衣の袖を正しながらエティアと何やら言葉を交わしている。だが、エティアは特に興味なさそうに歩き出した。

「……あのノルドって奴、性格に難ありだね」


 カタニアがぼそりと呟いたが、エルドはそれに返す言葉を見つけられなかった。

「──よし、次は俺の番か。E→D組、いってきます」


 カタニアが、いつもの調子で軽く声を上げる。

「お互い、気をつけてな」エルドが言うと、

「平気平気。双剣の“目”はふたつあるし──それに、ちゃんと見てるから」


 軽口に混じるほんのわずかな真剣さが、エルドを少し驚かせた。

「エルドも、変なケガすんなよ。じゃ、また夕刻に!」


 そう言って、カタニアは手をひらひらと振り、丘陵方面へ向かって馬車が揺れていった。

 残るのは──エルド、ギロム、レイナの三名。

「では、F→Eの昇格依頼組も、出発してください。目的地は、旧市街区跡地周辺の廃屋群。現在、封鎖処理が進められていますが、小型獣種“トルピネ”の確認が相次いでいます」


 エルドは一歩、ギルドの階段を下りる。その肩を追うように、ギロムとレイナが続いた。

「ふう……行こうか。あの跳ねる獣、早くて厄介そうだし。騒がなければ、音で逃げないと思う」

 レイナが静かに言った。


 エルドは小さく笑って頷く。

 街道を三人が歩き出す。その背に、リナが静かに声をかけた。

「──皆さん、気をつけて。昇格、期待しています」


 その言葉は風に乗って、三方向へと分かれていく影に、それぞれ届いた。

 昇格という名の、ひとつの試練。

 そして、また新たな物語の始まりでもあった。

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