第13話「次の一手」
任務を終えて戻った冒険者たちは、各々の報告と記録処理を終え、すでに半数がギルドを後にしていた。
残ったのは、あの湿林の奥──異常個体と正面から対峙した弓士のエティアと、巣の正面入り口からの調査班だった双剣士のカタニア、斧を背負う闘士のトラス、魔導杖を携える術士のマユリ。
そして、大きな剣を背負い立つ、エルド・クラヴェル。
部屋の窓からは夕光が差し込み、木製の机を橙に染めていた。
「……まあ、こうやって生きて戻ったんだ。名くらい知っておくか」
最初に口を開いたのは、トラスだった。重い声に、他の面々が振り向く。
「トラス・バレック。Dランク。斧使いの闘士。得意なのは、突っ込んで叩くこと。今回は随分と骨が折れたが……悪くなかったぜ」
太い腕で後頭部をかきながら、どこか照れたように笑う。
その横で、ローブの裾を整えていた女性が、控えめに立ち上がった。
「マユリ・セレイド。Dランク、術士です。水属性の支援と回復魔法を主に扱っています。……まだまだ未熟ですが、精一杯動くつもりです」
その声にエルドは自然と背筋を伸ばした。
(水の使い手──支援魔法、か)
次に立ち上がったのは、やや幼さの残る顔立ちの少年。
「カタニア・ウィンセル。Eランクの剣士。武器はこの、長さと大きさの違う二本の剣。前線で動き回るのが得意……っていうか、それしかできないけど。よろしくね、みんな」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらも、言葉には熱がある。
その言葉を受け取るように、隣にいた女性が立った。
「エティア・ウィンセル。Dランクの弓士。遠距離支援と偵察任務を得意としています。……今回は、的確な判断と連携をありがとう」
言葉は簡潔ながら、視線は真っすぐエルドに向いていた。
そして──自然と皆の目が、彼に集まる。
椅子に座っていたエルドは一呼吸置き、立ち上がった。
「エルド・クラヴェル。Fランクです。武器は……この剣。冒険者になって、まだ間もないですが……できることを一つずつ、見つけていきたいと思ってます」
その瞳には、確かな熱と覚悟が宿っていた。
「……まあ、いいんじゃねえか。新しい奴が来ねえと、古株ばっかで湿気るしな」
トラスが笑い、カタニアも「エルド君、今後もよろしく」と手を伸ばす。
短く、だが確かな、ひとつの輪がそこに生まれた。
一通りの名乗りが終わると、ギルドの空気はわずかに和らいだ。重く、澱んでいた疲労感は、言葉を交わしたことで少しだけ解けたようにも思えた。
トラスが丸椅子に深く腰掛け直し、腕を組む。
「それにしても、ありゃあ想定外だったな。まさか牙ネズミの巣かと思ったら、奥にあんなもんがあるとはな」
「……まるで地下実験場。誰が何のために、あんなものを」
エティアが呟くように言う。眉根はわずかに寄っていたが、声に焦りはなかった。むしろ、何かを確かめるような硬質さがあった。
「博士って人が言ってたんだよな。〈結社シーフレット〉とか、なんとか」
カタニアが椅子の肘掛けにもたれかかりながら、ぽつりと補足した。姉とは対照的に、どこか軽い口調──けれどその眼は、真剣だった。
「結社シーフレット……都市伝説に近いとされてきたが、まさか現場で遭遇するとは。ギルド本部も黙っていないだろうな」
低く呟いたのは、会議室に後から入ってきたギルド支部運営官──ダナス・ミールだった。
木扉を閉じて、彼は窓際に立つ。腰に下げた書類鞄を一度も置かずに、そのまま言葉を続けた。
「今の話は、君たちからの“口頭報告”という扱いにする。調査記録と合わせて、後ほど文書化するつもりだ。……それまでは、迂闊な口外は避けてくれ。よほど信頼できる相手以外にはな」
全員が頷いた。
すると、ダナスは机の角に手を置き、視線を巡らせる。
「──今回の任務、お前たち五人の働きは、非常に優秀だったと報告されている。王国側の記録官ともすでに連絡を取っていて、近くギルド本部を通して王国からの“推薦依頼”が正式に届くだろう。届いた際には、君たち宛に個別の推薦要請が入るはずだ」
それが何を意味するのか、全員がすぐに理解したわけではなかった。
だが、エルドの心はざわついていた。
──王国から、評価された?
それだけで、胸の奥に何かが灯るような感覚があった。
「ただし──」
ダナスは指を一本、机の上に立てた。
「君たちに、もうひとつやってもらいたいことがある。それは“昇格依頼”だ」
「昇格……依頼?」
エルドが思わず問い返す。
ダナスはうなずきながら、窓際へと歩み寄った。
「実力を測るための、いわば“試験依頼”のようなものだ。ランク内で規定の水準に達していれば、依頼を完遂することでランクを一段階上げることができる。もちろん、失敗しても失格とはならないが──推薦に対する信頼度は下がる」
エティアが小さく息を吸う。
「つまり……王国への推薦とは“別軸”で、ギルドの内部評価も伴ってくる、と」
「そうだ」
ダナスは短く肯定した。
「お前たちは、今回の任務で実力を見せた。だが、それが“偶然”と思われるか、“実力”として記録されるか──それは、次の一手にかかっている」
彼の視線が、自然とエルドへ向いた。
「昇格依頼は、明日受けることもできる。王国からの次回の推薦が入る前に、できるだけ実績を積んでおくといい。君たちが“ただの駆け出し”ではないと、本部や他支部にも印象付ける機会になる」
エルドは、無言で頷いた。
オルディアの重みが、静かに背を押してくれている気がした。
「……はい。やってみます」
その言葉に、トラスが唇を釣り上げる。
「いいじゃねぇか。ちょっと前まで“剣を抜くのも怖い”って顔だった奴が、ずいぶん様になってきたな」
「……うるさいです」
エルドの照れたような返答に、皆が小さく笑った。
夕陽が、ギルドの窓を橙に染めていた。
ギルド支部から出て、エルドとウィンセル姉弟は並んで石畳の道を歩いていた。道端には屋台の明かりが灯り始め、子どもたちのはしゃぐ声がかすかに聞こえる。
「……昇格依頼、受けるんだよね?」
ふいに投げかけられた言葉に、エルドは横を見た。カタニアは前を向いたままだが、どこか不安そうな口調だった。
「ああ、受けるつもりだよ。……まだ、実感は薄いけど」
「そっか。……なら、僕も受けようかな。ね、なんか不安でさ。昇格って、いざ目の前に来ると緊張するよね」
その言葉に、エルドは笑った。
「カタニアがそんな風に言うなんて、意外だね」
「ん? ああ、意外? うーん、僕たちさ、出身が“辺境”だから……なんていうか、こういう場に慣れてないだけだよ」
「……そっか」
それ以上は語らなかった。だが、その“辺境”という言葉に込められた何かを、エルドは確かに感じていた。
二人はそのまま宿へと向かう角を曲がる。黄昏の影が石壁に伸び、歩みは自然と緩やかになる。
「明日の昇格依頼、何が来るんだろうな」
「聞いた話では、内容は“受ける直前”まで知らされないんだって。実力を試すための任務だから、想定される敵種や地形もばらばららしい」
「……そのほうが、確かに“本物”が見えるってことか」
「うん。でも、君ならやれるよ、エルド」
その言葉に、エルドは少し驚いたように横を見る。だが、カタニアは真剣な顔をしていた。
「この前の戦いを見て思った。君、確かに未熟なところはある。でも──あの剣と向き合ってた。あれって、簡単なことじゃないよ」
エルドは目を伏せる。あの“異常個体”との戦い。背中のオルディアはいまだに重く、静かに沈黙している。
(あれが──俺の“始まり”だった)
「……そうだな。明日、昇格依頼を受けて、その先に進む。それが今の、俺の道だ」
呟いた声には、かつてよりも少し強さがあった。
そのまま宿の明かりが見えてきた頃、カタニアがふと思い出したように言った。
「そういえば、さっきマユリが言ってたんだ。王立図書館に、ちょっと変わった資料があるって」
「……資料?」
「うん。魔力とか、属性の素質とか──そういう話。マユリ、術士の家系なんだって。自分の力のこと、もっと知りたいって」
エルドは一瞬、足を止めた。
「……属性、か」
異常個体のあの“歪み”。エルドの剣が響いたあの“震え”。それらの意味は、まだ彼の中で繋がってはいない。
「俺も……気になるな。何か、知っておくべきことがある気がする」
「だったら、明後日、一緒に行ってきたら? マユリ、明日は昇格依頼を受けて、その翌日には王都に向かうつもりらしいよ」
「……うん。行ってみたい」
二人は小さく頷きあい、そのまま歩を進めた。
明日──“昇格依頼”が待っている。
そして、その先には、知らなかった世界が広がっている。
それを知るために、歩む。
ただ、それだけを胸に。




