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未来

作者: かもねぎ。

長編の間にまた一つ書きました。

良かったら見て下さい。

 「先輩、さっさと起きて下さいよ!」

野球部マネージャーの加奈子はいつも通り一つ上の先輩を起こしに来ていた。

チャイムを鳴らしても反応は無い。きっとまだ寝ているのだろうと彼女は思っていた。それが日常だったから。

「失礼しまーす」彼女はそう言って扉を開ける。不用心だなと思いつつ、だから助かると謝意も忘れず。先輩の部屋は学生が借りていますよと、絵に書いてあるようなワンルーム。部屋も申し分なく散らかっている。足を踏み入れればすぐに目標を見つける事が出来た。寝ているその影に近づいて体を揺する。

「先輩、もうとっくに練習始まってますから起きて下さい」

しかし、先輩からの反応は無い。だからもう一度、今度はさらに強く揺する。

「早く、起きて下さいってば!」布団が捲れてしまうほど強く揺り動かした。そこでようやく目標が反応する。

「う~ん」まだ鈍い反応だが、彼女は手を止めて声の主の反応を伺う。

「もう、時間なのか?」そう言って先輩は目を開けた。その視界にはマネージャーが映る。

「そうです。もう時間ですから、起きて支度して下さい」彼女はそう言いながら立ち上がった。彼は上半身を起して目を擦りながら時計を見た。時刻は九時半。予定より一時間過ぎていた。

「また、派手に寝ていたなぁ」彼は少し気恥ずかしそうにしていた。加奈子は先輩のその仕草が好きだった。だから、ある意味遅刻してもらえるのが嬉しい。そんな事を思っていたら、先輩の布団の中にまだ寝ている影を見つけた。不審に思う。

「先輩、隣で寝ている人は誰ですか?」加奈子は訊かずにいられなかった。しかし、彼女のその言葉を聞いた途端に先輩の雰囲気が豹変する。(なんだろう、空気が一変に変わってしまった)

「・・・隣?一体何の事を言っているんだ?」先輩の返しは明らかに可笑しかった。誰が見たってまだ布団の中には寝ている者が居る。先輩はとぼけている。と彼女は判断しもう一度聞いた。

「先輩、その横で寝ている女性は誰ですか?」すると、今度は肯定してきた。

「触ってみるといい」そう言っている先輩の笑顔がいつもの笑顔とは全くの別物であることは分かっていた。それでも彼女は促されるままにそれに触れる。それは今まで感じた事の無い感触だった。

(これは一体何なの?)彼女に言い知れぬ不安が舞い降りてきた。まるで知ってはいけないものを知ってしまった時のような。ぷにぷにしている訳ではない。でも硬い感じもしない。とりあえず一つ言える事はこれは人間のそれでは無いということ。彼女は思い切ってそれを掴み上げたみた。それでやっと理解出来た。

「これ、皮じゃないですか?しかも人間の!」すぐに手から投げ落とす。先輩はそれを愛おしそうに拾い上げていた。

「酷いじゃないか。落とすなんて」

「先輩、何をしたんですか?」彼女はその場から逃げ出したかった。でも、もしかしたら先輩に何か事情があったのかもしれない。その感情を上手く処理することが出来なかった。

「何をって、君は一体何を言っているんだ?まだ何もしてないよ。これからするんだ」加奈子はここで悟った。目の前にいるのは先輩の皮を被った誰かなのだと。悟った時にはもう手遅れだったのが彼女の可哀想なところである。

「だって、これは君の未来なんだから」



 加奈子が戻ってくるのが遅い気がする。いつもならもうとっくに先輩を連れて来ていい頃だろう。彼は少し焦っていた。その焦りがプレーにも影響している。今日は凡ミスしすぎだ。

「どうしたんだよ、体調でも悪いのか?」ファーストの田口が声を掛けてきた。

「いや、大丈夫だよ。」彼はそう返す。

「どうせマネージャーの帰りが遅いから心配してるだけだろう?」今度はショートの橘だ。

「うるせぇよ。だって、いつもならもう戻って来ててもいい頃だろう?」

「まぁ、確かにな」田口が同意した。

「そんなに心配する事じゃないって。大体、先輩には彼女いるんだし」

「そうは言ってもな」橘の言葉に咬みつく。その時、

「おい!そこの三人何喋ってやがる。そんな暇があるなら走ってこい!」コーチの檄が飛んだ。

しぶしぶ三人は走り込みに行った。田口は黙々と。橘は彼に愚痴を零しながら。彼はまだ戻ってこない彼女を心配していた。しかし、彼の心配を余所に練習は進められていく。昼前まできてやっと彼女が戻って来ていない事を誰かが今気付いたかのようにコーチに言った。

「ん?言われてみるとそうだったな。まぁ、あいつが今日はよっぽど駄々を捏ねているんじゃないか?」とさして心配はしていなかった様だけど。

そのまま、昼食の時間も過ぎ午後の練習に入る。正直彼は今すぐにでも先輩の家に突撃したかった。

「やっぱり絶対可笑しいよ」彼は気が気じゃなかった。

「まぁ落ち着けって。今日は多分先輩の気が乗らないんだよ」橘は自分でも擁護出来ていないのは分かっていた。でも、このまま彼を放っておくわけにもいかない。

「それならそれで、彼女はさっさと帰ってくれば良いだけの話だろう?こんなに時間が掛かる事は無いはずだ」彼の物言いは至極当然で、誰も彼に良い言い訳を与えることが出来なかった。

それからも練習は進んでいき、陽が少し傾き始めようかという時に彼女はグラウンドに戻ってきた。彼は彼女の姿を見つけた瞬間に安堵と共に違和感を覚える。先輩の姿が見えなかったからだ。こんなに時間を掛けて彼女は何をしていたのだろう?しかし、その姿が近づいてくるにつれそんな事はもうどうでも良かった。とにかく彼女が戻ってきたというのが大事だったからだ。

「良かったな。戻ってきて」田口も何処かで心配していたのだろう。その顔には笑みがこぼれていた。

「な、だから言っただろう?心配し過ぎなんだよ」橘も小突いてくる。そんな二人の反応に彼は返した。

「ああ。どうやらお前らの言った通りだったな。俺の心配し過ぎだったらしい」彼も笑った。

マネージャーはまずコーチの所に行き何やら話している。次に選手、つまり彼らの所に寄って来たのだが、彼は彼女に畏怖した。近寄ってきたものが彼女じゃないのは明らかだったからだ。周りの皆がそれを感じているのかは彼には分からなかったが、少なくとも彼にはその違いを理解することが出来た。彼女は皆に向けて話し始める。

「こんなに遅くなってごめんなさい。先輩は今日はもう来ないから、皆はこのまま練習を続けてね」彼女は満面の笑みを見せる。彼はそんな彼女に聞いていた。

「お前は一体誰なんだ?」

彼の問いにざわめきが起こる。やっぱり皆気づいていなかったようだ。彼女はこんな事を聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。彼をまっすぐ捉え、見開かれていた瞳を縮小して答える。

「なんで?」

先輩の声がした。それが何より一番怖かった。彼は震える体を抑える事が出来なかった。どうしてなんだ?彼にはそんな言葉しか浮かばずただ震えていた。すると、目の前にいた彼女の姿がどんどん萎んでいく。まるでセミが羽化しているかの様で、その場にいた全員が固唾を飲んで見守っていた。初めての非現実。それは彼に衝撃というものでは語り尽くせない感情を巻き起こし、奪っていった。彼女の皮から先輩が出てくる。脱いだ皮はそのまま地面に落ち、まるで何も無かったかのように先輩は喋った。

「悪い、遅刻した」



 彼女のお通夜は粛々と行われた。何せ燃やすものが何も無い、と言うよりも入れるものが何も無かったから違う行事に成り変っていた。彼はきっと涙を流せない自分を責めているかもしれない。先輩はあの後警察に捕まったが、手錠を付けられたところで先輩の皮すら脱皮して何かが逃げたらしい。多分その何かが捕まることは今後一切無いだろう。ただこの日起こった非現実があのグラウンドに居た人達に大きな歪みを生じさせた事は言うまでもなかった。



 ある晴れた日曜日今日も野球の練習が始まった。

「またあいつは来ていないのか」コーチがいつもの様に声を洩らす。その声を聞いて彼女、加奈子はコーチへ言った。

「じゃあ、私が先輩を起こしに行ってきますよ」これもいつも通りだった。

ただ一つ違うことはここで彼が言う言葉だろう。

「俺も付いて行きますよ」

「ハァ?何言ってるんだ?」橘が驚きの声を上げる。

「いや、そろそろガツンと一回言わないとさ」彼は拳を作って見せた。

「いや、でも練習しないとマズイでしょ?良いよ、私一人で行くから」彼女の言葉は冷たい。

「確かに、そろそろ一回ぐらいシめても罰は当たらないだろう。よし、お前も行ってこい」

コーチの一言で全てが決まった。彼は心の奥で決意を固めて、練習の位置へ向かう自分に手を振った。

(大丈夫。ちゃんとまだ手の中にあるんだ)


未来は彼の中にある。


読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だかとても難解な作品でしたね。 読んでるうちに時間の概念が曖昧になってきました。 でも、面白かったです!
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