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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
三章

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21.協力


 今朝の王宮はこの数日の中でもっとも慌ただしいように思えた。


 王太子の執務室には男が一人いた。

 窓の外を見下ろすその男は誰であろう、イェラカンである。


 窓から見える風景はいつもと大きく違う。王宮の周りに巡らせた堀に沿うように馬車が並び、いつになれば入れるのかという苛立ちがここまで伝わってくるようだ。

 その馬車に乗る貴族達は、いずれも国王派か王太子派の貴族である。彼等は、早い者では朝の一の鐘から登城するために並んでいた。


 いよいよである。

 王太子の執務室にいてもそれを感じ取っていたイェラカンは血が騒いでいた。


 この美麗な王宮は複数の建物からなっている。

 国王の住まいと政治の場である本宮が最も大きいのは当然として、その周辺には他の成人王族が住まう宮や、離宮が点在している。また訪れる者の目を楽しませるため、いたる所にあるのは季節毎に違う表情を見せる庭園であり、東屋である。それら全てを含む広大な敷地には、無論近衛の宿舎や厩も備わっていた。

 一つの町ほどある敷地をぐるりと囲うのは、王都に流れる運河に繋がった堀と、城壁である。


 もし貴族街から本宮に入ろうとする者があればまずこの堀にかかった橋を通らなければならない。堀には複数の橋がかかり、身分によって通れる橋が決まっていた。

 このうち、伯爵家以下の者が使える橋は一本のみ。

 その隣に架かる高位貴族が使う橋は閑散としていて今日に限っては誰も通る様子がなかった。


 たとえ貴族といえども王宮に入るにはいくつか手順を踏まねばならない。高位貴族であるほどそれらは省かれる傾向が強いが、今日集まっているのはせいぜいが伯爵家までだろう。

 彼らは橋を渡る前に一度、堀の内側に(そび)え立つ堅固な城壁を潜る前にもう一度、そして馬車を降り本宮に入る前の計三度にわたって身元を確認される。


 身元の不確かな者は決して入り込む隙などないはずだった。


「面白いものでもお有りですかな。イェラカン殿」


 ざらついた紙を撫でた時のような声に、イェラカンは振り向いた。

 そこには灰色の髪を隙なく撫でつけた壮年の男が立っている。いつの間に入ってきたのかとは、あえて問わない。


 イェラカンが答えないでいると、男はその視線の先を勝手に覗き込んで、大袈裟に頷いた。


「今日は彼等の日でしたな。そろそろ一人か二人、釣れても良さそうなものです」

「いると思われますか」


 壮年の男は口元だけ、笑みの形をつくる。


「いて欲しいものです。それが陛下のお望みですから」


 この男こそが国王派の重鎮、シリューシャにたった三つしかない公爵家の一角。その当主。

 そして自身の主人である王太子の側室、アドリエーヌの父である。

 男の名を、バラモント公爵といった。

 公爵の口癖は「それが陛下のお望みです」だった。


 公爵は、その一見すると人の良さそうな顔をかげらせた。


「しかしいまだに信じられない。枯れかけた遺物を再び祝福で満たす方法があるなど……」


 その意見には全くの同感だった。

 イェラカンもそれを王太子から聞かされた時は、主はとうとう気が狂ったのかと思ったほどだ。


「お探しになるならば、バルトリアス派を最初から呼び出せば良いのに、陛下はなぜそうなさらないのでしょうか」


 遺物を再び祝福で満たす方法があると発覚したきっかけは、イェラカンが男爵家の遺物を使って治療をしたことだ。


 国王が召し上げた遺物は、一度も使われたことがないほど祝福に満ちていた。腕が良いとはお世辞にも言えない医者のもとでイェラカンが助かったのはそのおかげでもある。

 元の持ち主のサフォルナ男爵自身は、取り立てて目立たない人物である。だが男爵はバルトリアス派だった。

 イェラカンの疑念は王太子の疑念でもある。


「バルトリアス派を最初から締め上げればよろしいのに……」


 公爵は苦笑する。


「陛下はこの機にバルトリアス派を一網打尽になさりたいのですよ。その為にはまず足場を固める必要がある。袋小路に鼠を追い詰めたのに、捕らえた籠に穴が空いていては意味がありませんから」


 バラモント公爵の答えは明瞭で、まるで教師が生徒に解法を教えるかのようだ。実際、この公爵は高位貴族には珍しく、貴族院で年に何度か教壇に立つこともあるらしい。

 この親からあの馬鹿なアドリエーヌが生まれるとは、女神の差配はかくも残酷なものである。


「そうそう。今日はお望みのものをお持ちしたのでした」


 公爵がイェラカンに向かって差し出したのは、くるりと巻かれた一枚の書状。

 それがなんであるかは、すぐに分かった。


「感謝いたします……!」


 わざとらしく、大仰に喜んで見せると公爵も悪い気はしていないようだった。


「いえいえ。イェラカン殿は、王太子殿下の一の臣下でいらっしゃる。このくらいは何とでも」


 書状を巻いていた紐を解いて中を検めれば、それはイェラカンが、喉から手が出るほど欲しかったもの。

 各家の家系図を閲覧する遺物の使用許可証だ。

 国王しか発行できぬこの許可証があればもう一度ザルトラの家系図が確認できる。


「しかし、何故家系図などご覧になりたいのかな?」


 本当のことを言おうか、イェラカンは迷った。


 自分の目的がシェルカという女騎士を探し出して痛めつけることだとはとても言えない。

 一方の主人は黒髪の娘のことなどたった二、三日で忘れたのか、追いかけることに飽きたのか。今は国王にくっついて裏切り者の貴族を詮議するのを楽しみにしている。


 やはり真実は胸にしまっておくことにした。


「……殿下の御為です」

「これは野暮でしたか」


 そう言えば、公爵は勝手に王太子の悪癖が出たのだと納得してくれたらしい。

 困ったものだと言いたげな表情を隠さない。


「しかし王太子殿下には、そろそろ女遊びは控えめに、早く我が娘を正室に迎えていただきたい。アドリエーヌは女盛りで、あんなに美しいのに、一体何がご不満なのか……」


 性格だと思います、とは言わない。


 この公爵の唯一の欠点はこれだった。


「今後もイェラカン殿に助力は惜しみません。ですからなるべく、我が娘に殿下の足が向くように、それとなく……」

「ええもちろん。アドリエーヌ様ほど、ご正室に相応しい姫君はいらっしゃいませんから」


 決して嘘ではない。血筋、後ろ盾、見た目の華やかさからいってアドリエーヌが最も正室にちょうどいいのは間違いない。

 ただ主人の妻として、そしていずれ国王の妃として仰ぐには、やや人格的に物足りないと思ってしまうのが側近の本音だ。


「我らは協力関係です。共にこの国を良くしていきましょう」

「はい」


 この国を良くする。

 誰にとっての国なのか。それがお互い違うことは、今更擦り合わせずとも理解していた。




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