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07.遺物

 

 フレイアルドの自室へと場所を移した二人は同時に椅子に腰を下ろした。

 ラインリヒはそのまま茶卓へとだらしなく突っ伏し声を上げる。


「何が起こってんだかオレには分かんねえよ……」

「説明すると言っただろう」


 そういうフレイアルドも常になく疲れを見せていた。

 彼は昨夜からほぼ眠っていなかったが、眉間の皺は睡眠不足だけが原因ではない。


「そもそも、これは我が家に伝わる遺物が全ての原因だ」


 ーー女神の遺物は、それぞれが不思議な力を持つ。

 神代に地上にあり、国づくりをした八柱の女神達。

 彼女達が使った道具とも、その身を飾った装飾品とも言われるが、真偽は誰も知り得ない。


 時に傷を癒やし、見えぬ壁をつくり、離れた場所で会話ができるそれらは、いまは国と貴族とに占有されている。

 女神の遺物はこの国が存在するよりも遥かに昔からあるが、残念ながら永久に動く代物ではない。

 休眠ーー動きを止めた遺物の数はこの数十年増え続ける一方である。

 

 それゆえに貴族は限られた資源であり宝である遺物を隠し持つようになった。

 フェイルマー侯爵家とて無論例外ではない。

 揺り椅子にまつわることは全て侯爵の実子かつ男子のみが知る最重要機密であった。

 それを、フレイアルドはラインリヒに教えた。

 

 全て聞いたラインリヒはひくり、と頬を引き攣らせる。


「ーーなるほど? あの部屋には実は揺り椅子の形を取った遺物があって、それが見えるからお前が侯爵家を継いだ、と。そして見えた奴に福を齎す遺物から出てきたのがあの子……そういうことだな?」

「理解が早いじゃないか」


 ラインリヒは茶卓をひっくり返してやりたかったが、歯を食いしばってすんでのところで堪えた。


「なんでそんな侯爵家の秘密をオレに話すんだよ!!」


 貴族の秘密とは、則ちその家の弱みである。

 フレイアルドのーーフェイルマー侯爵家の弱みなど握ったところで嬉しくもなんともない。

 むしろ彼を恨む者達からの標的になる可能性だってあるのだ。


 フレイアルドはラインリヒの非難などどこ吹く風である。


「サヨの存在は当面秘密にしたい。だが医者は必要だ」


 小夜の足の骨折は遺物によって数日で治ることだろう。

 しかし、全身の治療はそれよりも時間を要するとフレイアルドは見込んでいた。


「それにおそらくだがーー先ほどの様子を見る限りオレラセアの反発があるうちはサヨが強制的に帰されることはない。私にオレラセアの加護がない以上、お前に頼むしかないんだ」

「あー……そういやなんか透明になってたな」


 フレイアルドは頷く。

 本来ならば小夜は夜明けとともに消え、向こうの世界に帰るはずである。

 しかも昔試した時は離れから出すことすら出来なかった。

 なのに、今回はそのどちらも起きない。


 思い当たる理由は、治療のために着けている遺物くらいしかなかった。


 ラインリヒは大きく息を吐いた。

 オレラセアはーー《再生と結実の女神》は限られた者にしか加護を与えない。

 その一人が自分である以上、親友を助けないわけにはいかなかった。


「分かった、分かったよ。でもほんとに反発のせいなのかちゃんとした検証は必要だと思うぞ」

「それについては、今なんとかする」

「いま?」


 フレイアルドは立ち上がり、部屋の壁に掛けている鏡に触れた。

 指が触れたところから波紋のように鏡面が揺らいでいく。

 揺らぎはだんだんと人の影を形作り、やがて豪奢な金の髪を持つ男の顔が映し出された。

 その映し出された相手を見て、ラインリヒは危うく悲鳴をあげるところだった。


 非常に剣呑な、はっきり言えば苛ついた声が地を這うように部屋の中に響く。


『……其方、今何時だと思っている』

「火急につきご容赦を。時間が取れ次第当家へお越し下さい」

『火急とは何だ』

「この場では何とも。遺物に関係することとしか申し上げられません。お越しくださった時に説明します」

『……明日まで待て』


 不機嫌さを隠しもしない男は、それだけ言うと一方的に通信を切った。

 ふっと影が消え、鏡が元通りに自分を映すようになったのを確認し、フレイアルドは指を離した。

 一方ラインリヒは椅子の上で震えている。


「お、お、お前な!! ちょっとは常識考えろよ!!」

「常識?」


 ラインリヒは、先ほどの発言をみんな撤回して今すぐ裸足で逃げたかった。

 そんなラインリヒをフレイアルドは鼻で笑い飛ばす。

 椅子の上で尊大に足を組み、銀髪の侯爵は言い放った。


「常識とやらがサヨを守れるものか」

「少なくともオレを守ってくれるだろ……」


 二人の会話の区切りが付くのを見計らったかのように扉が叩かれた。


「入れ」

「失礼致します。旦那様、お嬢様がお目覚めになられましたが、お会いにーー」


 フレイアルドはマーサが報告を全て言い終える前に立ち上がる。

 そして驚くマーサの横をすり抜けて部屋から飛び出して行った。

 

 ***


 ふわりと、洗いたての服の香りがして小夜は目を開けた。


 半覚醒の状態で瞼を開いた小夜は、左右を見回した。

 すると、栗色の髪を後頭部でまとめた女性と目が合う。

 すっと音もなく小夜のそばに腰を下ろした彼女からは、目覚めた時の優しい匂いがした。


 女性は小夜が目覚めたのを見てほっとしたのか小夜に話しかけてきた。


「おはようございます、お嬢様。お辛いところはございませんか?」


 優しく聞かれて小夜はどう答えていいかわからなかった。

 仕方なく首を左右に振る。


 女性は微笑むと、小夜の足の怪我は治療している途中だから、まだ地面に足をつけたり、大きく動かさないようにと念を押した。


「……ケガ?」


 ーーなんで足を怪我したんだっけ。


 ぼうっとする頭を動かす。

 記憶を辿った先でその原因を思い出し、小夜はあっと叫んだ。

 父から逃げる途中、怪我をした。聡一がおぶってくれて、骨董店を見つけて。

 その聡一を、大事な弟を一人置いてきた事実に小夜は体を震わせた。


「ーーかえらなきゃ」

「お嬢様!?」


 寝台から降りようとする小夜を女性が慌てて押し留めた。


「いけません! まだ治っていないのですから、動いては」

「……ここは、ここはどこですか? わたし帰らなきゃならないんです」


 女性はさっと顔を強張らせると穴が開くほど小夜の顔を見た。

 こちらが気の毒になるほど、不安げな様子だった。


「ーーお嬢様は、ここがどこかご存知でいらっしゃらないと? そうおっしゃいますか?」


 小夜はこくんと頷いた。

 記憶通りなら揺り椅子の部屋にいるはずだった。

 しかし、周りにはそれらしき物がない。


「こちらはーーフェイルマー侯爵家本邸の母屋でございます」

「ふぇいるまー?」

「フレイアルド・フェイルマー侯爵閣下のお屋敷ですよ」

 

 小夜はふれいあるどさま、と小さく呟くと目を見開き、きょろきょろと室内を見回した。

 しかし幾度探しても、この部屋に彼らしき人の姿はない。


「フレイアルド様は、……フレイアルド様はお元気なのですか? ほんとに、フレイアルド様がこのお家にいるんですか?」


 身を乗り出して問う小夜に女性はやっと安心したらしい。


「ええ。別室にてお嬢様がお目覚めになるのをお待ちですからご安心ください。お呼びしてよろしゅうございますか?」


 強く頷く小夜に女性は足を動かさぬよう再度念を押して部屋を出て行った。

 小夜はその背中を見送り、一人になると掛布をぎゅっと握りしめた。


 もうすぐフレイアルドがここへ来る。

 ーー胸の中が会いたいような、会うのが怖いような、祈りにも似た気持ちでいっぱいになる。


 彼は、突然こちらへ来なくなった小夜を怒っていないだろうか。

 ほんとは小夜のことなどとうに忘れていたのに、急に現れたりして困っていないだろうか。


 握りしめた手を開くとそこには、小夜が子供の頃好きだった花や鳥の模様。

 緻密に刺繍された花は小夜も知るもの。

 夜の庭でも咲くその花を、小夜はとても好んでいた。


 掛布の皺になってしまった部分を、謝るようにそっと撫でて伸ばす。


 彼が少しでも小夜を覚えていてくれたなら、もうそれだけで満足しなければ。

 もし小夜の存在が彼にとって迷惑になるなら、その時は翻訳だけ渡して帰ればいい。


 そんな風に自分を宥めて過ごしていたら、扉の外がにわかに騒がしくなった。 

 俯いていた小夜は顔を上げる。


 何だろうと身を乗り出していると前触れなく扉が開き、銀髪の男が飛び込んできた。


「ーーサヨ!!」


次話は文字数少なめのため、7/17午後に投稿します。


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