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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
三章

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15.先約

 

 国王が男爵を拷問し、国中の貴族を集めてまで探し求めているのは、遺物を祝福するその方法だ。

 それは小夜の中にある。


「僕としてはこの事態を打開するために、明日明後日のうちにでも公表するのがいいと思う」

「公表? 何をでございますか?」


 伯爵はやや前のめりに皆の気持ちを代弁した。


「サヨと、サヨの祝福の力をだよ」

「何ですと!?」


 それを聞いた途端、伯爵はにわかに立ち上がり大公に掴み掛かろうとした。

 すぐさま立ち上がったバルトリアスとアマーリエが押さえなければ、その長衣の胸倉を掴んでいたかもしれない。


「レイナルド!! 控えよ!!」

「おやめ下さい!! あなた!!」

「何を申される!? 閣下は我が娘を、よもや生贄にすると仰せか!?」


 激憤だった。

 腰に剣があれば抜くほどの勢いでもって、自身を押さえ込む二人を跳ね除けようとする伯爵。それを背後から駆け寄ったラインリヒが羽交締めにする。


「親父!! 落ち着け!!」

「放さんかラインリヒ!! 分からんのか!? サヨをあの国王の前に引きずり出すと言うのだぞ!? おぞましい結果が見えておるわ!!」


 父の吼えるような怒声にびくりと揺れた自分の肩をフレイアルドが支えてくれた。


「ーー大丈夫です」


 そっと耳元で囁かれた声につられて、フレイアルドの服を握りこんだ。


 いよいよマルクスまで伯爵の拘束に手を出したところで、それまで伯爵の憤激に晒されても眉一つ動かさなかった大公が口を開く。


「何も策がないわけじゃない。落ち着きなさい」


 川のせせらぎのような落ち着き払った声だった。膨らみ切った風船の口を開いたように、伯爵から憤りが抜け出ていく。

 しぼんだ伯爵は、我に返ったのだろう。

 ラインリヒが手を離したら長椅子にどさりと座り込んだ。


 まるで魔法のようだった。

 大公は魔法使い、もしくは猛獣使いなのかもしれない。


「レイナルド。君は、その子を本当の娘として遇してくれているんだね」


 小夜と大公は今日初めて会ったはずだ。なのに大公からは、小夜を大切にしている伯爵への感謝の気持ちが見え隠れする。

 すっかりしぼんだ伯爵は、しかしまだ眼光を爛々とさせていた。はっきりと口にした。


「サヨは大切な我が娘です。四十路の男になど誰がくれてやるものか」


 ーー四十路の男。


 きっとその言葉が意味する相手は違うのに、小夜は長い監禁生活の末結婚させられそうになった男のことを言われた気がした。

 伯爵は知るはずなどない。小夜は伯爵夫妻に虐待のことも監禁のことも、そこから逃げ出した経緯も何ひとつ話したことがない。


 けれどあの時に戻って守ってもらえた気がした。

 込み上げる感謝の涙を、手でそっと隠す。

 

「いいかい。もう隠していても、じり貧なんだ。祝福された遺物は国王の手元にある。それを諸侯が見れば何が起きたかは明白だ。兄上が止まれと言っても、もうこの流れは止まらない」


 大公の目線が、目元を拭っている小夜の上を通り過ぎた。


「侯爵。君に頼みがある。きいてくれないか」

「内容によります」


 多分この場で一番落ち着いていたのは大公、次いでフレイアルドだろう。

 大公が、次の言葉を発するまでは。


「今日、なんならこの場でもいい。その子と婚約してくれないかな」


 誰もが時を止めた。




 ***


 一番早く復活したのは、意外なことにラインリヒである。

 けれど衝撃を受けなかった訳ではないらしい。声が震えていた。


「その子って、まさか、サヨ……」

「もちろん」

「はぁあ!?」


 今度はラインリヒを止めなければならなくなった。主にマルクスが。


「ダメだダメだダメだ!! サヨはまだ十八だ!」

「何も結婚して寝てくれって言ってるわけじゃない。婚約だけなんだ。あとで破棄すればいい」

「破棄!? サヨを傷物にする気かあんた!?」


(婚約……)


 ラインリヒが騒ぐのを横目に、大公の発言で涙がひっこんでしまった小夜は、今度は掌に汗をかいていた。自分の水分は忙しいことである。


 どうやら大公はフレイアルドと小夜に婚約して貰いたいようだ。

 ちらりと隣を見れば、指名されたフレイアルドは真顔で硬直してしまっている。今の彼に説明を求めるのは難しいかもしれない。

 大公はまだラインリヒに噛みつかれているし、父母とマルクスはラインリヒを大人しくさせようと必死である。


 必然的に、質問できる相手は一人だけだった。


「あの、わたしのことを公表するのに、どうして婚約する必要があるんでしょうか」


 小夜に質問相手として選ばれてしまったバルトリアスは、眉間に深々と皺を刻んだ。そしてそっぽを向いた。

 今日はあまり自分と目を合わせたくないのだろうか。

 

「……女の自由を最も簡単に奪う方法は、婚姻だ。其方には国王や王太子がそれをするだけの価値がある。だが其方は既にザルトラの者で、大叔父上の後見まである。この上に奴らが手出しできん相手との先約があればそれは防げるだろう」

「フレイアルド様が、その手出しできない相手なのですね」


 母から習ったこの国の貴族構成を小夜は頭に浮かべた。

 上から大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。

 それとは別に騎士と医師はそれ自体が特別な身分として通用するらしい。だからこそ、貴族院の医師科と騎士科を卒業するのは名誉なことなのだと。


 フレイアルドの身分は侯爵だ。

 侯爵家ならば他にもいくつかあるし、その上の公爵家となると確か三家くらいあったはず。

 その更に上の大公家の方は、小夜の目の前にいた。


(侯爵家以上ならってことかな?)


 それならば他にも候補はいそうな気がした。


「もし、フレイアルド様に断られてしまったら、どなたになるのでしょう」


 フレイアルドはいまだに宇宙を旅するような目をして固まったままだ。

 もしかすると、自分と婚約するのは嫌なのかもしれない。

 それならば他の人に頼むしかないのだろう。


 そう思って聞いただけなのに、バルトリアスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「ーー俺だ」


 小夜の肩を抱いたままだったフレイアルドの指がぴくりと動いた。


「俺と大叔父上の派閥の適齢の男で、いまだ正室も婚約者もいないのは俺とフレイアルドだけだ。それ以上に、其方を連れたまま国王派に寝返られては苦労が全て水の泡となる。フレイアルドが断るならば其方を俺の婚約者に仕立て上げるしかあるまい」


 バルトリアスがとても嫌そうな顔をしているので、自分のような女を婚約者にするのは、もしかしなくとも御免被りたいことなのかもしれないと思った。


(それもそっか。面倒ごとの塊みたいなものだもんね)


 しかも貧相で、この国の常識を持たず、貴族なら通って当然の貴族院には入学すらしていない。

 あまり条件の良い婚約相手とは言えないだろう。

 せめてもがザルトラ家が名門だということくらいだが、それすらも血の繋がりはない。


「おい。さっきから嫌に冷静だが、其方、自分自身のことだと分かっているのか? 無理矢理婚約させられるんだぞ。抵抗しないのか」


 小夜はこてりと首を傾げた。


「わたしのような者と婚約させられる方が可哀想だとは、思います」

「は?」

「あの、婚約だけですよね? 後で破棄するのならそこまで難しいことではないのではありませんか?」


 これが結婚してすぐ子を作れと言われたら流石に困ってしまうが、形だけの婚約には然程拒否感はなかった。破棄したところで死ぬわけではない。

 向こうの価値観に則って、そう口にしたのだが。

 これが良くなかった。


「馬鹿者!! 婚約破棄した令嬢がどうなるかも分からんのか!?」


 小夜は久しぶりに、バルトリアスから特大の雷を落とされてしまったのである。




 バルトリアスは長椅子から立ち上がって小夜を見下ろしている。そのあまりの剣幕にラインリヒ達まで静かになっていた。


「婚約破棄などされれば女には傷がつく。もう二度と貴族社会でまともな婚姻は出来ん。せいぜいが側室どまりだ。進んで日陰者になりたいのか!?」


 バルトリアスにとてつもなく怖い顔で凄まれて、小夜はひくりと喉を鳴らした。


「万が一、絶対あり得んが、もしも其方が俺の婚約者におさまるならば、俺は破棄などせん。其方はそのまま俺の正室だ。それが嫌ならフレイアルドに婚約してもらえ。分かったか?」


 あ、とか、う、とかしか返事の出来ない小夜は、攫われるように抱き上げられた。

 急に高くなった視界に硬直する。


「ーーええ。十二分に、分かっております。失礼ながらサヨと少々、話をさせてもらっても?」

「行け。これ以上俺の手間を増やすな」

「感謝します」


 フレイアルドは固まった小夜にふっと、笑いかけた。


 それ以上何も語ることをしない男に運ばれて、小夜は応接室を後にしたのだった。


 

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