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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
二章

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49/85

18.足音


 フレイアルドが侯爵邸を出た頃。

 商家街の一店舗で着せ替え人形と化した小夜は、ぐったりと椅子にもたれていた。


 小夜達が入った店は若い女性向けの衣装を頭のてっぺんからつま先まで、全て注文式で仕立て、揃えてくれる店だ。

 白を基調とした店内は、向こうでいうところのロココ調で可愛らしい。

 小夜と同じくらいの歳の女性達が、一階の見本品を眺めながら楽しそうに会話しているのが目に入る。

 おそらくその見本で、ある程度決めてから注文へ進むのだろう。


 しかし小夜はこちらの服がまだよく分からない。

 普段は全てマーサに任せきりだ。

 だからなのか、入店するとすぐ二階へ案内された。

 採寸部屋という場所で身長から胸囲、腹囲、測れるところは全て測られる。

 この時点で疲労を覚えた小夜だったが、ここからが問題だった。


 伯爵、アマーリエ、仕立て屋間でどんな色、意匠が小夜に似合うのか意見が割れてしまったのである。

 そのため小夜は取っ替え引っ替え見本の服を脱いでは着て、脱いでは着てを繰り返すことになってしまった。


 結論からいうとアマーリエは紫、伯爵は赤、仕立て屋は淡い青を薦めてきた。


「紫はいかん。……とても似合うが、いかん」

「まぁあなた。好きなだけ、とサヨに仰ったではありませんか」

「む……」


 なぜか伯爵は頑なに紫を除けようとした。

 アマーリエはすでに全部注文することを決めたらしく、仕立て屋は心なしか嬉しそうだ。

 中性的な見た目の仕立て屋は、かけた眼鏡をくいっと上げた。


「お嬢様はまだまだご成長されますから、あまり締め付けず、ゆったりとした意匠がよろしいかと」

「そうして下さる?」


 どうやら終わったーーと小夜がほっとしたのも束の間だった。

 アマーリエが次に行く、と言いだしたのである。

 小夜はぞっとした。


「か、母様……もう、もうこれ以上は」

「疲れてしまったかしら?」


 それもあるが、別の理由で小夜は大きく頷いた。

 屋敷に帰れば小夜には専用の衣装部屋があり、すでにそこには収まりきらないほど服と宝飾品がある。

 おそらく一生かかっても全てに袖を通せないほどだ。

 これ以上増やすことは小夜の精神衛生上よろしくない。


 アマーリエは頬に手を当て、申し訳なさそうにしている。


「無理をさせてしまってごめんなさいね。ではまた今度にするとしましょう」


 買わないという選択肢は端からないらしい。

 小夜は内心がっくりと膝をついた。

 

 ***


 仕立て屋は二階層になっており、採寸から注文するまでを階上で、見本の展示を階下で行っている。

 小夜達が階下に降りようとすると、色とりどりの見本の間で、人々がささめいていた。

 来る時に見た女の子達はひとり残らずいなくなっていて、その代わりに男性や老人の姿がある。

 

 身なりのしっかりしたその人達は、おそらく平民でも裕福な者か、貴族だと思われた。

 みな、一様に固く怯えた表情をしている。


 ささめきの中から小夜の耳が拾った単語は「恐ろしい」「残酷な」「王太子」という言葉達だった。

 不穏な気配に伯爵とアマーリエを振り返ると、二人の耳にも届いていたらしい。

 伯爵が前に出て、小夜はアマーリエの後ろに隠される。


「儂が調べてこよう。母上と共に戻りなさい」


 こくんと頷く小夜をアマーリエとシェルカが挟み階段を戻っていく。

 小夜達が戻ってきたのを見た仕立て屋は驚いた顔をしていた。


「こちらでも確認しましょう。一体何だというのでしょうか」


 走らず、しかし急いで出ていく仕立て屋は、採寸部屋の控室に小夜達を通してくれた。

 仕立て屋の女中がお茶を出してくれたので、少し口を付ける。

 侯爵家でよく淹れるものよりも、わずかに甘い気がした。


「シェルカ、扉の外を守りなさい。この店の者とレイナルド以外誰も通してはなりません」

「はっ」


 シェルカが出ていき、小夜と二人きりになったアマーリエは大丈夫と何度も繰り返した。


「何も心配はいりませんよ。あなたのお父様は剣をとらせれば右に出るものはいません。シェルカも貴族院の騎士科を卒業した優秀な騎士です。ここには誰一人入れませんからね」

「母様……」


 じっと連絡を待つ時間は長く感じた。

 アマーリエが時々小夜の手を握ってくれなければ、不安で堪らなかっただろう。

 

「儂だ。戻った」


 戻ってきた父はシェルカを扉の護衛にしたまま、小夜とアマーリエに向き合った。


「……どうやら北東の大広場に王太子とその側室が来るらしい。それでしばらくは、警備のため大広場に繋がる全ての道への馬車の出入りが規制されるようだ。ここから出んほうがいいだろう」

「まぁ……!」


 アマーリエがなぜ嫌悪感を示したのか小夜にはよく分からない。

 はっきり分かったのはその人達が帰らない限り、小夜達はここから動けないということだ。

 伯爵はそれだけ言うと、踵を返した。


「念の為、脱出経路を確認してくるとしよう。サヨ、母上から離れるでない」

「はい」


 そう返事はしたが、小夜は理由が分からず混乱していた。

 王太子というのは、もしかしなくても危険な人間なのだろうか。

 人々が逃げてくるほどに。


 小夜は硬い表情で唇を引き結ぶアマーリエに問いかけた。

 

「母様、あの、王太子とはどんな方ですか? バルトリアス殿下のように優しい方ではないんですか?」


 小夜の言葉に、アマーリエは意外そうな顔をした。


「まぁ、あなたの中では、バルトリアス殿下はお優しい方なのね?」


 小夜は自分で言っておいてそれはどうだろうと思った。

 世間一般的な優しさの物差しで測ることは難しいのではないだろうか。


「すぐわたしのことを馬鹿者、とお叱りになりますが……会うと必ず体調を気にして下さるところとか、質問したら必ず教えて下さるところは、お優しいと思います」


 すぐ舌打ちするし、睨むし、命令口調だが、それらを取り払ったバルトリアスは意外と親切な人間だと思っている。

 小夜が思うまま伝えると、アマーリエは何だか複雑そうだった。


「……そうね。バルトリアス殿下は分かりにくい方ですが、臣下を想い民を想う、素晴らしい方に相違ありません。しかし、その父君たる王太子殿下はそうではない、と言っておきましょう」


 小夜はこの時初めて、バルトリアスが王太子の息子という事実を知った。


「外でははっきり口に出来ませんが、あの方は全貴族女性の敵と申し上げるべき方なのです。あなたも、絶対に接触してはなりません」


 この言い方ではっきり言えないとは王太子はどんな事をしてきたのか。

 何となく嫌な想像が出来てしまい、小夜は身震いする。二の腕には鳥肌が立ってしまった。

 その鳥肌は伯爵が帰ってくるまでおさまらなかった。


 伯爵はシェルカと共に戻ってきて、小夜の護衛をシェルカに頼んだ。

 伯爵の表情は厳しいものだった。


「儂らは少し話がある。この部屋のすぐ外にいるが、そなたは決して部屋から出てはならん」


 小夜の返答を待つ余裕すらないのだろう。

 伯爵はアマーリエを連れて部屋を出ていく。

 

 シェルカは小夜をどこからでも護れるように剣に手をかけたまま控えている。

 小夜は不安からワンピースをぎゅっと握った。


 ***


 アマーリエは情報を集めてきた夫が不穏な気配を漂わせているのに気づいていた。


「……サヨを襲った痴れ者の処刑を、これから北東大広場で行うようだ。元は毒杯と決まっていたものを……どうやら王太子から側室への贈り物らしいが」

「……なんてこと……」


 夫が顔を歪めているわけである。

 国民の庇護者、貴族の模範たるべき王族のすることではない。


「処刑が終わり、王太子が去るまではここから出んほうがいいだろう」

「裏から出ることは」


 アマーリエは一刻も早く小夜を連れて侯爵邸へ帰りたかった。

 小夜がエマヌエルの処刑を見ることも、王太子の視界に入ることも絶対に避けたいことだからだ。

 しかし伯爵は難しい顔をした。


「裏口から通じる道があるにはある。しかし、まだ王太子の親衛隊が彷徨いておる」

「表は」


 伯爵は重々しく首を振る。


「処刑の話がすでに広まっているのか民衆が押し寄せていて、通りはサヨでなくとも身動きできん。無論馬車も入れん」

「ーーっ」


 民衆にとって、処刑とは数少ない娯楽の一つである。

 アマーリエはそれを良い事とは思わない。

 しかし長らく続いた戦争による鬱屈と、遺物の休眠に端を発した貧困は彼等の中に(おり)のように溜まっている。

 それを発散する数少ない機会が処刑なのである。


 だがこんな急に決まった処刑を見るために、通りが埋まるほどの平民が集まるのも奇妙だった。

 今は調べることもできないが。


「なに、終われば人は引く。ここで待つとしよう」

「……それしかありませんね」


 アマーリエは何事もなく帰れますように、と己の信ずる女神に祈るのだった。



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