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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
二章

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14.親心


 朝食の席に着いた小夜の右手には父となった伯爵が、左手には母となったアマーリエが座った。


 三人の前には朝食とは思えぬ豪華な食事が並んでいる。小夜達だけで食べ切れる量とは到底思えなかった。

 籐のような植物で編まれた籠にはパンに似た食感の主食が山と盛られ、そのどれもが焼きたてだ。

 夫妻には若い侍従が、小夜にはマーサがつき料理を取り分けてくれる。


「これは? マーサ」

「パフタでございます」


 小夜はマーサに料理をとってもらうたび、その名前を聞いた。

 当たり前だが向こうと同じ見た目に見えても食材の名前も料理名も、その味も違う。

 甘そうだと思って食べたら塩辛い、なんてこともよくある。


 今朝は酸味の効いた赤いスープ、カリカリに焼かれたベーコンのような食べ物がメインだ。

 それから夫妻には生の野菜サラダ、小夜には焼かれた野菜が提供される。

 小夜が生の食材を苦手とすることを知っている料理長の配慮だろう。


「サヨ、そなたそれだけで良いのか」


 伯爵は難しい顔をして、隣の小夜の顔と皿を交互に見ている。

 小夜の前にはスープ、焼き野菜、目玉焼き、パフタが一切れ置かれている。

 一方の伯爵の前、もとい周りにはベーコンもどきで一皿、スープは大皿、野菜は山盛り、積み重なる目玉焼き、パフタが一籠と、一人で食せるとは思えぬ量が用意された。

 小夜は頬が引き攣るのを必死に堪えなければならなかった。

 

「はい、これでもう十分です」


 三食食べられるようになったとは言え、長年の食事情から量を食べることは難しい。

 アマーリエも頬に手を当て心配そうにしている。

 母も割と食べる方、らしい。


「無理をする必要はないけれど、あなたはもう少し食べねばなりませんよ。そうだわ、好きな物は何かしら?」


 小夜は好きな物、と聞かれとても悩んだ。

 これまでは食べられる物を食べるしかなかったので、生ものを除けばそれほど好き嫌いはない。

 だが好きな物なんてないと答えれば、突き離したように聞こえてしまうかもしれない。


 悩む小夜は食卓の上の果物カゴを見て、はっとした。

 カゴの中にあった柑橘に似た果物を手に取る。


「えっと……この果物が好きです」

「まあ、ネプルね」


 フレイアルドと市場で食べたあの果物である。

 アマーリエは心得たように頷いた。


「伯爵領にはネプルの木がたくさんありますよ。そのうち連れていきましょうね」

「はい、ありがとうございます」


 小夜はそこで、二人に言わねばならぬことを思い出し、食器を置いた。


「あの、その……伯爵領はとても遠いと聞きました。わたしの為に王都まで来てくださって、本当にありがとうございます」


 聞けば馬車に一日中乗って、それを数日繰り返さねば着かないのだという。

 今の小夜には到底出来ない強行軍だ。

 ラインリヒの両親でもある二人はあまり若いとは言えないのに、そんな長旅をしてきてくれたことに小夜は申し訳なさしかなかった。


 しかし笑顔の夫妻は小夜にたいしたことではない、と言った。


「馬車で数日程度、近いものだ」

「お父様の言うとおりですよ。それに、これからはすぐに会えますからね」


 馬車で数日の距離がすぐ、というアマーリエに小夜は首を傾げた。


「昨夜、侯爵様とお父様が話し合われて、侯爵家と伯爵家を転移の遺物で繋ぐことになりました」


 そう言えば昨日応接室で小夜が醜態を晒す前に、そんな話が交わされていた気がする。

 小夜は不安気に伯爵を見上げた。

 伯爵は口の中の料理を飲み込むと、小夜に向き合う。


「……儂は、そなたとフェイルマー殿の因縁を全て知っているわけではない。父としては、そなたには伯爵領で暮らしてもらいたいが」


 伯爵は一度言葉を切る。

 葛藤の中、口を開き出てきたのは小夜を慮る言葉だった。


「そなたが、儂達よりもあの男と暮らす方が心安らかならば、それでもよい。そなたが暮らしやすい方を、選びなさい」

「父様……」

「だが、まだ嫁にはやらぬ」


 至極真面目にそう言った伯爵に、小夜はぽかんとした。


 父は今なんと言っただろうか?


「父様? いま、なんと」

「まだ嫁にはやらぬ」


 てっきり自分の聞き間違いだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 伯爵はきっと何か勘違いしている。

 自分とフレイアルドはそのような関係ではないのだから。

 

 アマーリエに助けを求めようと左を向くが、伯爵に賛同するよう頷くだけだった。


「せめて成人までは我慢して頂きましょう」

「うむ」


 強い決意で頷き合う二人に、家族初心者の小夜が口を挟むなんて、出来るはずもない。


 待っていればいずれ誤解も解けるはずだ。

 小夜は皮を剥いたネプルを黙って口に運んだのだった。


 ***


 食べ切れるはずがないと思った食事のほとんどは、伯爵の胃に消えた。

 伯爵の食欲に小夜は終始驚きっぱなしだったが、アマーリエは平然としていたので、普段からこうなのだろう。

 朝食会の最後に戻ってきた料理長が喜色満面になるほどの健啖家ぶりだった。

 急な朝食会で迷惑をかけたと気にしていた小夜には何よりの慰めである。


 小夜が食後にマーサから習った通り「貴重なお時間をありがとうございました」と礼をすると、夫妻はそんな水臭い挨拶はいらない、自然にして欲しいと小夜に頼んだ。


「親子ですもの。これからはなるべく一緒に食事をとりましょうね」

「……はい」


 一生自分が得るはずはないと思っていたものを与えられて、小夜ははにかんだ笑みを浮かべた。

 その笑顔を見た伯爵と夫人の動きが、ぴたりと縫い止められたように止まる。

 

「……まぁ」

「ううむ……」


 アマーリエは口に手をあてたまま目を見開き、伯爵は眉を寄せて唸る。

 小夜が首を傾げると、二人は顔を見合わせた。

 アマーリエが咳払いをして小夜にそっと囁く。


「サヨ。実はね、近いうちにあなたに、その、こちらの文化について教育の時間を取ろうと思っていたのよ。あなたが伯爵領に来た時にと考えていたのだけれど……」


 アマーリエは伯爵と視線を交わす。

 伯爵は真一文字に口を引き締めたまま首を振った。

 

「早い方がよろしいわ。今夜にでも始めましょう」

「は、はいっ」

 

 こちらの文化についての教育というのも気になったが、夫妻の深刻そうな顔はもっと気になる。

 もしかすると自分は知らぬ間にこちらで禁忌を侵していたのかもしれない。

 焦った小夜は躊躇わずに頷いた。


 小夜の返答に胸を撫で下ろした夫妻は、小夜を外出に誘った。

 なんと王都見物に行こうというのである。


「私達も王都は久しぶりだし、あなたはあまり外に出ていないのでしょう? 良ければどうかしら?」


 小夜はこくこくと頷く。

 嬉しくて咄嗟に言葉が出ないくらいだ。


 両親とお出掛けするのは小夜の夢の一つだった。

 アマーリエが小夜を見つめる目は、微笑ましいものを見る目だ。


「護衛はお父様とシェルカで十分でしょう。あら? そう言えばあなたの護衛は? まだいないのかしら」


 母の指摘の通り、小夜に護衛はいない。

 この屋敷から出ることがほぼない上に、出かけるとなれば必ずフレイアルドかラインリヒが付き添ってくれていたからだ。

 小夜自身も護衛なんて大それたものは自分にはいらないだろうと思っていた。


 伯爵はそれに対して、否を唱えた。


「護衛は絶対に必要だ。せめて儂と渡り合う程度に強い者で、あの侯爵にものを言えて、そなたに心より仕えられる者を早急に探してやろう」


 それは非常に厳しい求人条件だと思われた。

 実際、隣で聞いているマーサは顔を引き攣らせている。

 アマーリエはこほん、と咳払いした。


「あなた。もう一つ重要な条件がありましてよ。女性騎士であることは必須です!」

「おお! そうだな。これ以上そなたに悪い虫がついては敵わん」


 それを皮切りに夫妻はどんな護衛がいいだの、いっそ伯爵領で選考会を開くだの、小夜を置いて大いに盛り上がっていく。

 小夜とマーサは顔を見合わせて、お互い苦笑を浮かべた。

 やはりこの二人はラインリヒの両親である。


「父様母様、わたしはほとんどこのお屋敷から出ません。そんなに強い方をわたしの専属にするなんて、もったいないです」


 小夜がそっと申し出ると、夫妻は揃って目を見開いた。


「屋敷の中にも危険はある! 現にーー」

「あなた!!」


 伯爵がなにか言いかけたのをアマーリエが慌てて止める。

 止められた伯爵もはっとして、己の口を押さえた。

 

「父様?」


 唐突に冷水を浴びせられたように静かになった二人に、小夜は言いようのない不安を覚えた。

 父は一体何を言いかけたのだろうかーーと。


「……げ、現に、そなたはバルトリアス殿下を狙った襲撃に巻き込まれたのだ。屋敷の中とはいえ護衛は必要だ」


 それで小夜は自分が意識不明になるほどの怪我を負ったことをやっと思い出した。

 起きた時には大部分が治っていたのもあり、危険な目にあった自覚が薄いのである。


 二人をこれ以上興奮させるのもあまり良くないだろう。そう考え、一旦は二人の意見を受け入れることにした。


「わかりました……でも、侯爵家にずっといて下さる方ならば、フレイアルド様にもお伺いしてからで、よろしいでしょうか?」

「う、うむ。無論」


 喉に痰が絡んだような伯爵の返事に小夜は違和感を覚えつつも、それ以上追求しようとは思わなかった。



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