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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
二章

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12.頑固


 夜半、小夜はぱちりと目を覚ました。


 花と鳥の刺繍が施された掛布が目に入る。

 どうやら珍しく自分の寝台で寝ていたようだ。

 なぜか、眠る前よりも気分がすっきりしている。


 天蓋から下ろされた布の向こうが、ぼんやりと明るい。

 まるで影絵のように人影が布に浮かび上がってみえた。

 そっと覗けば、着替えることなく椅子に座って仕事をするフレイアルドを見つけた。


「フレイアルド様?」


 どのくらい眠っていたか分からないが、多分真夜中だと思われた。

 まさかこの時間まで彼はここで仕事をしていたのだろうか。


「……すみません、起こしてしまいましたか?」


 こちらに気が付いたフレイアルドは、心配そうに小夜の顔を覗き込む。

 影絵の光源はフレイアルドの手元に置いてあるランプらしい。

 フレイアルドと共に影が動き、小夜を隠す。


「まぶしかったわけではないです。急に目が冴えて……」

「日暮れ前から寝ていましたからね。お水を飲みますか?」


 どうやら伯爵夫妻との面会の後からずっと寝ていたらしい。それは夜中に起きるわけである。

 目がしゃっきりしていて、これはもう眠れそうにない。

 フレイアルドが注いでくれたお水をゆっくりと飲んだ。冷たくて、染み入るようだった。


「フレイアルド様、ずっとお仕事をされてたんですか?」


 だとしたら、仕事のしすぎである。


「仕事というほどのものではありませんよ」


 笑って誤魔化す青年に小夜は眉を寄せた。

 フレイアルドはそういうが、何十枚もの書類を読むのは立派な仕事ではないのだろうか。


「お休みにならないんですか?」


 休まなければそのうち倒れてしまう。

 小夜はフレイアルドの顔をじっと見つめた。

 ただでさえ最近は、暑さのためか顔色を悪くしていることが増えたと思う。


「……伯爵ご夫妻がいる間だけです」

「あの、お二人は……」

「しばらく逗留なさるそうです。客室にいらっしゃいますよ」


 夫妻が帰ってしまったわけではないと分かりほっとしたが、小夜には疑問が残る。

 なぜ伯爵夫妻がいるとフレイアルドが寝台で眠れないのだろうか。


「朝までまだ時があります。きちんと寝ないと体を壊しますよ」


 けれどフレイアルドはそれ以上理由を話してくれそうにない。

 小夜は寝台から出ることにした。

 

 その行動に驚いたのはフレイアルドである。


「何をする気ですか?」

「フレイアルド様がお仕事されるのでしたら、わたしもします」


 そう宣言して持ち出してきたのは『かぞくの医学』である。

 椅子ももう一つ持ってきて、向かい合えるように設置した。

 座るとフレイアルドと膝がくっつくほどの距離である。

 腰を下ろしフレイアルドが使っていた灯りの前で本を開く。しかしすぐに手の中から取り上げられてしまった。

 

 見上げると困り顔のフレイアルドがいる。


「サヨ、だめです。寝て下さい」

「……フレイアルド様も休んで下さいますか?」


 じっと見上げると、彼の眉がさらに困ったように下がる。


「私はいいんです」


 小夜は首を左右に振った。

 フレイアルドはすごい人だと思うが、人である以上睡眠は必要だ。


「最近……フレイアルド様、顔色が悪いです。お願いです、休んで下さい」


 ぎゅっとフレイアルドの服の裾を掴むと、数拍おき、溜め息が降ってくる。

 フレイアルドはどさりと向かいの椅子に座った。

 眉間が痛むのか、指で揉んでいる。


「……貴女は、意外に頑固ですね」


 仕方なさそうに微笑むフレイアルドに小夜は言い返した。


「フレイアルド様も、頑固ですよ?」


 フレイアルドに言い返すなど初めてのことだった。

 それがなんだか面白くてくすりと笑うと、フレイアルドもつられて優しい笑みを深めた。

 彼は長い指で小夜の髪を一筋掬い取ると、それを指先で弄ぶ。

 指先に髪の束を巻き付けて解き、また巻き付ける。


「では頑固者同士ですね」

「はい」


 フレイアルドは髪から指を離し立ち上がると、椅子に座っていた小夜を持ち上げた。

 そのまま彼は自分の椅子に腰掛けなおし、小夜は必然的にフレイアルドの膝の上に座ることになった。


 そして、再び書類を読み始めてしまった。

 彼の行動が理解できず、小夜はぎくしゃくと顔を向ける。


「あの……」

「サヨは頑固者ですからね。私はこうするしかありません」

 

 そう言って書類に視線を戻してしまった。

 おそらくこれは、フレイアルドなりの仕返しなのだろう。


 何故か負けん気が湧いてきた小夜は、フレイアルドと共に書類を読むことにした。


(……難しいなぁ。これは、訴状っていうものかな)


 どこそこ村の誰々が隣村の誰々と喧嘩をした、どちらの主張が正しいか領主に裁いてほしいーーそんな内容だと思われた。


「フレイアルド様は裁判もするんですか?」

「……裁判? えぇまあ、領内の犯罪や揉め事に対処するのも領主の仕事ではありますね」


 どうやら小夜が読んで理解しているとは思っていなかったらしい。驚いている。

 フレイアルドは何かを考え込み、その何十枚とある書類のうちの一枚を小夜に手渡した。


「読んでみて、貴女ならどうするかだけ教えて下さい」

「えっ」


 小夜は手の中の書類をみて、慌てる。

 こちらの法律も何も知らない小夜にどうするかなんて訊かれても困ってしまう。

 しかしフレイアルドは面白そうだった。


「貴女の国ならどうするのか、どうしてきたのか。それを知りたいだけです。正解があるわけではありませんから」

「わたしの国でなら……?」


 小夜は少し悩み、とりあえず読んでみることにした。

 フレイアルドが知りたいというなら、小夜に出来ることはしたいと思ったのである。


 二人はそのまま夜明けまで訴状の読み込みと意見交換をしていた。


 その結果、朝の早いマーサにこんな時間まで何をしているのかと、二人並べて怒られたのだった。


 ***


 まだぷりぷりと怒るマーサから逃げるようにフレイアルドが去り、小夜は着替えを手伝ってもらっていた。


 今日は首元から裾へかけて、色が黄色から若草色にだんだん濃くなるワンピースだ。


 そこへ少し肩を落としたフロルが朝の挨拶と共に現れる。

 昨日まではとても元気だったのに、今日は全く覇気がない。

 小夜は我慢できず声をかけてしまった。


「フロル、具合が悪いのですか?」

「サヨ様……」


 小夜と目があったフロルは、くしゃりと顔を歪める。

 まるで今にも泣き出しそうな侍女に小夜は仰天した。

 

「フロル!」


 マーサはフロルのその表情を咎めるが、小夜が首を振ると黙っていてくれた。

 小夜はフロルにそっと話しかける。


「フロル、どうしたの? 何かありましたか?」

「サヨ様、私……昨日とんでもない失敗をしてしまったのです。本当に、本当に申し訳なくて……」


 小夜は首を傾げる。フロルのいう失敗に心当たりがないからだ。

 マーサに視線で問いかけても、首を振るだけだ。


「詳しくは申せませんが、バルトリアス殿下にもお叱りをいただき……」

「バルトリアス殿下に?」


 フロルがバルトリアス殿下とお会いする機会などあったのだろうか、と謎は深まったが詳しくは話せないらしい。

 小夜はそれ以上聞くのをやめた。


 それに失敗なら、昨日自分もしてしまった。

 フロルの気持ちが痛いほどわかるから、叱るなんてことは頭に思い浮かばなかった。


「フロル。わたしも昨日、父様と母様になってくださる方に大変な失礼をしてしまいました。……だからお揃いですよ」

「サヨ様が……?」


 こくりと頷く小夜が微笑んでいたからか、フロルはきゅっと唇を噛んだ。

 そして泣きそうだった顔が、何かを思いついたようにぱっと明るくなる。


「ーーそうですわ! サヨ様、よろしければ伯爵ご夫妻と朝食を一緒にされてはいかがでしょうか?」


 フロルの提案に小夜は目を見開いた。


「……朝食を?」

「まあ! それは妙案ですよフロル!」


 それまで眉を顰めながらも静観していたマーサが、手を合わせて喜ぶ。

 小夜は戸惑っていた。

 こちらに来てから、朝食の時間はほぼ一人だったからだ。

 稀に小夜が食べているところをフレイアルドが見守ることはあっても、一緒に食べることはなかった。


 だからそんなことをしていいのか、と戸惑う。

 その間にも二人はあちらの侍女に連絡して用意を、と盛り上がっている。

 口を挟むのも躊躇われたが、小夜はまた間違ってしまったら……と訊かずにはいられなかった。


「いいの、ですか?」

「サヨ様?」


 母娘は小夜の浮かない顔にぴたりと動きを止める。


「……あの、ご飯って……一緒に食べても、大丈夫なもの……ですか?」


 俯き、着替えたワンピースのスカートをぎゅっと握りしめた。


 マーサが小夜の前に膝をつく。

 小夜の俯いた顔を慈母のような眼差しで見上げている。


「もちろんでございます。サヨ様がお嫌でなければ……」


 嫌なわけがなかった。

 ただーー家族と一緒に食卓を囲むなんてことをこれまでにしたことがないから、上手く出来る自信がない。


 それをマーサに伝えると、大丈夫ですよと何度も励まされる。

 小夜の不安は消えなかったが、マーサの言葉を信じることにした。


 その後すぐに夫妻側へ朝食会の誘いをマーサがしに行き、是という返事を貰ってきた。


 こうして小夜と夫妻の朝食は、急遽、客室近くの食堂に用意されることとなったのである。



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